第52話 糾弾

その晩はソフィーの部屋で過ごすことになった。アヴリルやミレーヌ、レイチェルも招かれて夜遅くまでおしゃべりに興じた。おかげで襲われたショックを引きずることなく、サーシャは友人たちの気遣いに感謝してもしきれない。


「サーシャさんは少し表情が柔らかくなりましたね」

アヴリルの指摘に驚くが、サーシャ以外の全員が頷いている。


「やっぱり、それってシュバルツ王太子殿下が関係していますの?」


興味津々といった様子のミレーヌに何と返していいものか。他国の王族に関することなので深入りさせないよう、友人たちには事情があるとしか伝えていない。


「エリ…、シュバルツ王太子殿下とは少し行き違いがあっただけで、私のことを想っているわけではありませんわ」


番の効果が薄れている今、エリアスが自分に固執する理由はない。それなのに事情を知っているはずのソフィーは躊躇いなく踏み込んでくる。


「王太子殿下のことはさておいて、サーシャ自身はどうなの?」


(私の気持ちと言われても、答えようがないわ)


最初こそ苦手だったが、番の本能のせいだと分かれば同情に似た気持ちを抱いた。サーシャが体験した強制力と似ていることもエリアスに協力的な理由の一つだった。寄せられる好意に本人の意思が含まれていないなら、どれだけ情熱的な言葉でも心が動かない、そう思っていたのに――。


最近のエリアスは穏やかな態度で傍にいても心地よいし、サーシャの軽率な行動をした際にはきちんと叱り、自身の心に向き合えるよう諭してくれた。


(危険な状況に駆け付けてくれる王子様。まるでヒロインになった気分だったわ)


エリアスの言葉も行動もとても嬉しかったし、感謝している。――だからそれ以上は望んではいけない。


「とても素敵な方ですから、幸せになって頂きたいと思っています……っふぇ」


ソフィーが突然サーシャの頬を軽くつねったため、痛いと思うよりも驚いて変な声が出た。


「シュバルツ王太子殿下が平民でも同じことを言うの?」

わざと怖い顔を作って睨んでくるソフィーに、サーシャは思わず苦笑した。


(ソフィー様には敵わないわ…)


心配そうな友人たちの顔を見てサーシャは気づいた。いつも一人で抱え込んでしまう自分を見守ってくれていたことに。


「私は……エリアス殿下をお慕いしています」


言葉にするとじわりと温かい気持ちが全身に広がる。

エリアスの愛情が番に向けられていると分かっていたのに、いつの間にか好きになっていた。自分を見て欲しいと思うことなど分不相応だと思ったから、諦められなくなる前に早く離れようと体質改善に熱心に取り組んだ。


「サーシャは心配性の上に考えすぎなのよ。たまには素直に甘えてもいいのに」


「そこがサーシャさんの良いところでもありますから。ソフィーも他人のこと言えないでしょう?」


含み笑いを浮かべるアヴリルと不貞腐れたようなソフィーに笑い声が上がった。


「人を好きになるのは自由ですわ。サーシャが誰かを好きになったこと、それはとても素晴らしいことだと思います」


たとえこの気持ちが届かなくても、こんな風に誰かを想えたことはかけがえのない宝物になるだろう。

ミレーヌの言葉にサーシャは素直にうなずいて、心の中に芽生えた気持ちを愛しく思った。



サーシャが襲われたことから臨時集会が開かれることになった。傷害事件に発展する可能性が明らかになった今、ただの噂と放置しておけない。ましてや将来王家に仕える可能性が高い貴族子女が噂に惑わされるなど看過出来ることではなかった。


本来は会長であるシモンが代表として立つ壇上に、アーサーが姿を現わしたことでざわめきが起こる。

今回の議題は学園内に蔓延する噂についてだ。ただの噂を王族であるアーサーが否定することに意味があった。


「魔女の存在について否定する要素はないが、同様にその存在についても肯定する証拠はない。おとぎ話を信じるのは自由だが、他者を巻き込むことは許されない行為だ」


アーサーの発言に同意する者、懐疑的な者と反応と分かれる。


想定内の反応だったため番についての説明を行うことになっている。魔女の存在を打ち消すためにはエリアスの事情を明らかにすることが不可欠だ。シュバルツ国内では知られていることであるため、特に問題ないとエリアスから許可が出ていた。


頃合いを見計らい、アーサーがそのことに触れようとする前に1人の女子生徒の手が上がる。無視できない存在にアーサーは発言を許可した。


「魔女の証明は可能です」


どよめきの声が上がる周囲をよそにエマは嫣然と微笑んでいた。



「エマ嬢、学園内の噂の影響を鑑みて君の発言は軽視できるものではない。正当な理由がない場合、むやみに混乱を招く言動は処罰の対応になる。それを理解した上での発言なら許可しよう」


「勿論です。私、怖くてなかなか言えなかったことを後悔しているんです。これ以上魔女の、サーシャ・ガルシア令嬢の悪行を見過ごすことなんてできません」


躊躇いなくエマがサーシャの名前を口にすると、先ほどよりも大きな騒めきが起こる。


講堂の脇に控えていたサーシャはエマの発言に不安を感じていた。アーサーが番について説明したあと、エリアス本人から番がサーシャであることを宣言して魔女の噂を否定する予定だったのだ。


サーシャが魔女であることを証明できなければ処罰の対象となると明言されても、エマは自信のある態度を見せている。

騒ぎを無視できなくなったアーサーがエマを壇上へと促す。


予定とは異なるが、サーシャが姿を見せなければ疑念と混乱を招く。このままエリアスとともにエマの元へ向かうしかない。


「サーシャ、大丈夫だ」


安心させるようにエリアスが微笑んでくれたが、不安は消えない。もし本当にエマがヒロインならばサーシャは断罪される悪役令嬢だ。


(そうなれば私はエリアス殿下にも糾弾される…)


優しい微笑みが冷たい拒絶に変わると思うと怖くてたまらない。


「必ず守るから、俺を信じてくれないか」


冷たい指先が温かい手に包まれて、サーシャは自分が震えていたことに気づいた。力強い言葉に頷いて、その手を握り返すと気持ちが落ち着いてくる。強制力が働いても未来が確定していたとしても、今この瞬間の温もりと彼の想いは現実のものだ。


(もう大丈夫。たとえ断罪されようと私が魔女でないことを私は知っているもの)


しっかりとした足取りでサーシャはエマと対峙するために壇上へ向かった。

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