第51話 自己防衛と思惑

「……申し訳ございませんでした」


涙が止まり落ち着きを取り戻した頃には、自分の非礼を自覚するとともに恥ずかしさが込み上げてくる。

背中を撫でていた手が止まり、エリアスはサーシャを抱えてソファーに下ろす。


「落ち着いたか?……サーシャ、俺は怒っているんだ」


静かだが重さを感じる口調に、サーシャはびくりと肩を震わせた。


「何故こんな呼び出しに応じた?誰にも相談しなかった?」


誤魔化しを許さないように問い詰める言葉とは裏腹にエリアスの表情は悲しそうに揺れていた。


「軽率な行動を取ってご迷惑ををお掛けしました。申し訳―」

「謝罪は必要ない。理由を教えてくれ」


遮られたサーシャは困惑しながらもエリアスが本気で怒っていることを悟った。


「……噂のせいで、他の方にまでご迷惑をかけてしまっているので、何とか出来ないかと思ったのです」


「他人に頼ることが迷惑だと思っているのか?」


「……それは、私が原因ですので」


エリアスが大きな嘆息をつくのが聞こえて、呆れられただろうかと不安になる。あれだけたくさん泣いたのに、また涙が込み上げてきた。


「大丈夫だ、もう怒ってない。サーシャは大切な者が自分のことを想っているのが分からないわけではないだろう?他者が傷つくことには敏感なのに、自分を犠牲にすることに躊躇わないのは側にいて辛い」


かつてソフィーに言われた言葉を思い出す。エリアスは優しく諭すように言った。


「義兄殿もソフィー嬢も皆サーシャのことが好きだ。サーシャが役に立たなくても、迷惑を掛けても変わらないから、一人で抱え込まないでくれ。彼らもきっと寂しがっているぞ」


無意識の行動を言い当てられて、恥ずかしさと動揺から涙があふれた。

前世の記憶と生みの親であるアンナとの別れが、サーシャを臆病にさせていた。好意を寄せられても失うことを恐れて、深く関わらないように遠ざけたのは自己防衛のため。見せかけの自己犠牲は自分が傷つかないようにするためのごまかしでしかない。


頭を撫でるエリアスの手の温もりが大丈夫だと言ってくれているようだった。




泣き止んだサーシャを生徒会室に連れていけば、シモンをはじめ全員がサーシャの手当てに動いた。目が合ったサーシャは照れくさそうだが、その表情は明るく僅かに微笑みを浮かべている。


(間に合って、本当に良かった)


付けていた影からの報告で図書館に駆け付けた時には息が止まるかと思った。視界を奪われ両手を拘束されたサーシャの姿。衣服に乱れはないものの、複数の男から押さえつけられていることに耐えがたい不快感に襲われた。

影に命じて追い払い、サーシャを保護すると身体を震わせて泣き出した。いつも落ち着いた態度を見せるサーシャがしがみついて子供のように泣くぐらいだから、よほど怖かったのだろう。


レイチェルやソフィーが打ち付けた膝に濡らしたタオルを当て、シモンが大量の傷薬を準備している間にエリアスはアーサーに目で合図を送った。


「関わった連中は全員処分したいのだが、いいだろう」


「……エリアス殿、さすがにそれは貴方ではなく私たちが決めることです」

呆れるアーサーにエリアスは例を出して確認する。


「襲われたのがソフィー嬢だったらどうする?」

「もちろん全て排除しますよ。はあ、体裁は整える必要があるので少々時間をください」


「大方の流れは出来ている。あとで打ち合わせを頼む」


たかが噂に踊らされる連中など不要だろう。注目される原因が自分にあるとしても、勝手に羨み嫉妬したのは当人たちだ。

事前に取り除けなかった自分に対して腹は立つが、二度と同じような真似はさせない。


(サーシャを泣かせ、傷つけた相応の報いは受けてもらおう)


冷たい笑みを浮かべるエリアスを見て、レンは愚か者たちの末路を思って僅かに同情の念を抱いた。




「上手くいかなかったのね。ねえ、やっぱり貴方が手伝ってくれなかったからじゃない?」


エマは部屋の隅に控えるジョルジュに声を掛けた。


「可哀そうなレイチェル様。婚約者が他の女性を優先した結果、救われないなんて―」


「っ、ちゃんと言われたものは用意しただろう!レイチェルに手を出すな!」


怒りを露わにするジョルジュとは対照的に冷ややかな目で見下すエマ。


「ひどいわ。私が別に何かするわけじゃないのに、傷ついちゃう」


優越感を浮かべた笑みにジョルジュは拳を強く握りしめる。そんなところが可愛くもあるが、単純すぎてエマが攻略したいキャラではない。


「魔女だと証明されれば貴族から平民に落とされる。それはサーシャ様の希望通りでしょう?私もジョルジュ様もみんな幸せになれるのだから、そんなに怖い顔しないでちょうだい。あと少しで終わるわ」


安心させるような言葉を掛けて、ジョルジュを下がらせる。


仕掛けも準備も整ったのだから、あとは舞台を用意するだけだ。アーサールートが王道だったが、王子妃など面倒くさい役職はご免だった。だからこそ家柄もそこそこで優秀なシモンに狙いをつけるつもりだったが、隠しキャラのエリアスがいるなら話は別だ。

番だというだけで溺愛ルート、面倒な仕来りも身分も一切問われないベストポジションにヒロインである自分が選ばれないのはおかしい。


「少し設定が変わっていても、イベントもほとんどそのままだったし、バグか何か知らないけどヒロイン以外がエリアスと結ばれるなんてあり得ないわ」


誰もいない室内で勝ち誇ったようなエマの声が響いて消えた。

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