第35話 生徒会の手伝い
「まあ、エマ様が?」
憂鬱な表情で登校したレイチェルの話によると、昨日エマが生徒会室に訪れて手伝いを申し出てきたというのだ。先日のテストの結果でレイチェルを抜いて首位に躍り出たエマは確かに優秀なようだ。
『少しでもお忙しい皆さまのお役に立てればと思って。2年間しか学園で過ごせないから、色々と頑張りたいんです』
そうシモンに直談判したらしい。
常に首位をキープしていたからこそ生徒会の一員となったレイチェルとしては、自分よりも良い成績を修めたエマに対して何も言うことが出来なかった。
生徒会としても繁忙期は猫の手も借りたいぐらい忙しいので、人手は確保しておきたい。結局、少し様子を見てからという条件付きではあったものの、エマは生徒会室の出入りを許可された。
「ソフィー様はちょっと面白くなかったようですが、会長の決めたことに反論することもなく了承されました。でも殿下が、笑顔でしたのに……何だかちょっと怖かったです」
サーシャは内心納得した。先日はソフィーに手作りランチを作ってもらうために、エマとの会話を利用したが大事な婚約者への態度を許してはいないだろう。これから起きるであろういざこざが容易に想像できた。
「ということで、サーシャ嬢も手伝ってくれませんか?」
下校前のサーシャを呼び止めたヒューからそんな言葉を掛けられた。
脈絡のない問いかけに意味が分からないと断ろうとしたが、「サーシャ嬢なら状況は把握しているでしょう?」と軽くいなされる。
さすがアーサーの侍従だと感心しながら無駄な抵抗を止めた。断っても最終的に結果が同じなら早々に受け入れたほうが効率的だし、衛生面にも優しい。
「本当に話が早くて助かります」
珍しく笑みを浮かべるヒューに、サーシャは嫌な予感を覚えた。
「シモン様~、これってどういう意味ですかぁ?」
生徒会室に入った途端、甘ったるい声で身を寄せるエマの姿が目に入った。
「ああ、これは貴族の礼節についての説明だよ。サーシャ、ちょうど良かった。エマ嬢に教えてあげてくれるかい?」
さりげなく距離を置くシモンの態度に安堵を覚えつつも、室内の空気は正直このまま帰りたいぐらいだ。
自分にも他人にも厳しいソフィーはエマの態度に苛立ちを覚えているし、アーサーは我関せずの姿勢を貫き、そんな様子にレイチェルは居たたまれない様子で落ち着きをなくしている。おまけに当のエマ本人からも邪魔をするなと睨まれる始末だ。
恨みがましい視線をヒューに向けるが、涼しい表情で受け流される。厄介事を押し付けられたサーシャはため息を押し殺してシモンから書類を受け取った。
義兄が面倒見の良い性格であることは承知している。妹が2人いる上に頼りにならない父親の代わりに母親のサポートを行っていたし、婚約者も年下で何かと頼られることが多い。本人もそれを苦に思うより励みにすることが出来るタイプなので、出仕すれば重宝されること間違いない人材だが――。
(それでも時と場合によっては変えてほしい)
そう思うのはサーシャの身勝手な願望でしかないのだが、ミレーヌが生徒会メンバーでないことが救いのように思えてくる。今日もエマは手伝いというよりも邪魔をしているのではないかと思うぐらい、シモンに甘えていた。
アーサーとソフィーが何も言わないのは、それぐらい自分で対応できなければ上に立つ資格がないという判断からだ。
『優しいばかりでは将来部下や使用人を律することなんてできないのよ』
そう言い放ったソフィーの言葉は重く、恐らく経験則によるものだと察した。
それゆえにサーシャも雰囲気の緩和としてお菓子を差し入れるぐらいに留めて、あとは黙々と作業を手伝っている。ちなみに本日の作業は回収されたアンケートの仕分けだ。
「失礼します。会長、予算について齟齬があったらしく副学長が確認したいとのことです」
生徒会室に向かう途中でヒューは教師から伝言を頼まれたらしい。
「先日提出した書類に間違いはなかったと思うけれど。ソフィー嬢、一緒に来てくれますか?」
「予算関連なら私もいたほうがいいだろう」
ソフィーが承諾し席を立てば、アーサーも同行を申し出た。あとにはサーシャとエマが残され、気まずく思いながらも作業に没頭するふりをする。
(レイチェル様、早く来てくれないかな)
教師に備品確認の手伝いを頼まれていたので、終わり次第生徒会室に来てくれるはずだ。
「貴族って大変ですね。好きでもない人と婚約だなんて私だったら耐えられません」
「そうですか」
突然の振られた話題の意図が分からず、とりあえず受け流すとエマはサーシャを睨みつけてくる。
「手伝いを口実に婚約者に付き纏われるなんてシモン様が可哀想です」
(はい?この子私をお義兄様の婚約者だと勘違いしているの?)
「それは誤解ですわ。私は――」
「ふふっ、随分自信があるんですね。シモン様は優しいから勘違いしちゃうのも無理はないでしょうけど」
勝ち誇ったようなエマの表情に不快感と怒りを覚える。こんな言葉をミレーヌが聞けば悲しむ。
「それは貴女のことでしょう」
「やーん、怖いです。残念ですけど私とシモン様は運命で結ばれているんですよ。証明してあげましょうか?」
エマはそういうなりサーシャが使っている机を乱暴に押しのけた。せっかく分けた書類が宙に舞い、床へと散らばる。
「きゃあああ!!」
甲高い声を上げてエマは床にうずくまった。
突然の一人芝居に呆気に取られていると、慌てた様子でシモンが部屋に入ってきた。
「今の悲鳴は——何があったんだ!」
「ひっく、シモン様〜。サーシャ様が急に私を突き飛ばして…」
「は?……サーシャ、怪我はない?」
ポロポロと涙を流すエマには目もくれず、シモンはサーシャの元に駆け寄り心配そうに見つめている。
「え?……シモン様、私よりサーシャ様を心配するんですか?」
「当然だ」
即答されて弱々しく震えていたエマの身体がぴたりと止まった。
「どうして?サーシャ様は嫉妬して私を突き飛ばし——」
「サーシャが嫉妬?意味が分からないな。それよりさっさと出て行ってくれ。生徒会室には今後立入禁止だから」
いつもの穏やかな笑みはなく、冷ややかな視線と平坦な口調が相まって非常に恐ろしい。
(お義兄様、ヤンデレ出てます!それ、かなり怖いですから!)
目を瞠ったエマが怯えたように肩を震わせたのは演技ではないだろう。
「僕の妹に二度と妙な真似しないでくれ。もしも次何かあれば容赦しない」
緩慢な動作でようやく身体を起こしたエマの背に向けて、シモンは鋭く警告する。
「え、妹?」
思わず振り返ったエマの表情は心底訳が分からないといったような顔だ。
「……何で、そんな設定知らない」
その言葉で彼女が転生者でゲームの知識を得ていることを確信した。
シモンが戻ってくるタイミングからしてヒロインが同じような嫌がらせを受けるシーンがあったに違いない。
「本当にごめんね。サーシャと同じクラスだし平民出身だから気にかけるよう学長から言われていたんだ」
エマが立ち去ると、シモンが申し訳なさそうな顔で謝罪した。
「それなら出入り禁止にして良かったのですか?」
「どんなに優秀でも性格に難があり過ぎる。彼女の素行も耳に届いているから、これ以上面倒を見る必要はないよ」
甘過ぎると思っていたのはちゃんと理由があったらしい。まだまだ考えが至らない自分を反省する。
「エマ様は私のことを婚約者と勘違いしていたようですわ。本物の婚約者であるミレーヌ様に被害がなくて良かったです」
サーシャの言葉に、シモンは再び眉をひそめて鋭い目つきに変わった。
何故と疑問に思うより先にシモンが距離を詰めてきて、サーシャは思わず後退りかけたが、壁に背中が当たり追い詰められたような恰好だ。
「ミレーヌ嬢のことも大事だが、サーシャも大切な義妹だよ。嫌がらせを受けたのが自分で良かっただなんて二度と言わないで欲しい」
「すみません、お義兄様。そんなつもりではなかったのですが、不快な思いをさせて申し訳ございません」
自分の失言に気づいてサーシャは慌てて謝った。
それでもシモンはどこか沈痛な表情を浮かべている。そんなシモンの様子に身動きが取れずそのままの状態が続いたが、先に視線を逸らしたのはシモンだった。ため息をついてサーシャの頭を軽くたたくと、普段の穏やかな表情に戻っていた。
シモンの心情が分からず困っていたが、レイチェルたちが戻ってきたため作業の続きに取り掛かることになった。
シモンがその時何を考えていたのか、サーシャが気づいたのはそれからずっと先のことだった。
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