第34話 エマと友人たち
翌日、教室に入ると既に席についていたレイチェルが、サーシャの姿を見るなり駆け寄ってきた。
「サーシャ様!昨日は本当にご迷惑をおかけしました」
泣きそうな顔のレイチェルを見て、あの後部屋にいたメンバーに何か言われたのかと不安になり尋ねると勢いよく首を横に振って否定された。
「私、前にひどいことを言ったのにあんな風に庇ってくださって……自分が恥ずかしいです」
苦しそうに告げるレイチェルは自己嫌悪に陥っているようだ。
「私のほうこそレイチェル様の気持ちを考えずに無神経な発言だったと反省しております」
「そんなことありません!サーシャ様は私のことを考えてアドバイスしてくださっただけなのに……。もしサーシャ様がよろしければまたお友達になっていただけないでしょうか?」
「勿論です。ありがとうございます、レイチェル様」
昨日こそ話ができなかったが、こうやって仲直りできたことはとても嬉しい。
(お義兄様やソフィー様に早くお伝えしたいわ)
喜んでくれる義兄や友人たちの姿を思い浮かべて、サーシャは静かに喜びをかみしめていた。
お昼休みにレイチェルと一緒に中庭へと歩いていた。アーサーとソフィーがガゼボで昼食を摂る予定だと話していたそうだ。婚約者同士の時間を邪魔して良いか迷ったが、意外にもレイチェルが大丈夫だと太鼓判を押してくれた。昨日お茶会に参加せず、様子がおかしかったサーシャのことを気にしていたらしい。
遠目に二人の姿が映った時、反対側から見慣れたピンクブロンドが視界に入り思わずレイチェルと顔を見合わせた。
レイチェルも驚いたような表情を浮かべたが、声にすることなく二人は自然にガゼボへと足を速めていた。
「わあ、美味しそうなお弁当ですね。どなたが作ったのですか?」
無邪気そうな笑顔を浮かべて尋ねるエマにソフィーは仏頂面でそっぽを向く。
「ありがとう。これは私がソフィーのために作ったんだ」
「えー、すごいです!王子様なのにお料理もできるんですね!ソフィー様は作ってくれないんですか?」
貴族令嬢の嗜みの中に料理は含まれていない。そもそも使用人の領分である家事全般に手を出すこと自体、仕事を奪うことになるため褒められた行為ではないからだ。
あまりの物言いにソフィーを擁護するため声を掛けようとしたが、傍に控えていたヒューが無言で小さく首を振る。どうやら余計なことをするなということらしい。
「ソフィーに作ってもらったことはないな」
「そんなのアーサー様が可哀そうですよ。そうだ、私料理は得意なんです。ソフィー様の代わりに私が作りましょうか?」
親切めいた言葉の中に含まれた優越感にサーシャのほうが肝を冷やす。アーサーのいつもの王子様スマイルに黒さが加味されたような気がする。
「――私だってこれぐらい作れるわ!」
羞恥に顔を染めたソフィーが反射的に返すと、アーサーの口元がさらに弧を描き優しい眼差しに変わった。
「ふふ、私のために作ってくれるなんて嬉しいな。楽しみにしているよ。ああ、悪いけどこれでも王族だから専用の料理人か身内の料理以外は安全のため口にしないことにしているから」
後半のセリフはエマに向けられており、突き放すような冷たさが混じっていた。
呆気に取られるエマをよそにアーサーは手ずからサンドイッチをつまんで、ソフィーの口元に運ぶ。その様子はまるで恋人同士のようで政略のための婚約者に対する態度ではない。それ以上二人の間に入ることが不可能だと悟ったエマは無言でその場から去っていった。
(これは邪魔しないほうがいいわよね)
レイチェルと目で合図してそっと背中を向けたサーシャにソフィーから声が掛かった。
「サーシャ、レイチェル、待ちなさい!」
顔を真っ赤にして制止するソフィーの声が聞こえたものの、先ほどのアーサーの笑みが思い出しそのまま足を止めないことに決めた。アーサーはエマを利用してソフィーに昼食を作ってもらえるよう会話を誘導しており、腹黒い時のアーサーに関わることは危険だ。
放課後、お茶会に呼び出されてソフィーから説教されるはめになったが、正しい判断だったとサーシャは思っている。
「サーシャさんのクラスに変わった子がいると聞いたけど、大丈夫ですか?」
心配そうなアヴリルにサーシャは何と答えていいか言葉につまった。その様子にミレーヌやリリー、ベスの全員がサーシャに同情的な視線を向ける。
新しいクラスや環境に慣れ始めた頃、アヴリルにお茶会に誘われた。いつもはソフィーから声が掛かるのだが、今回は生徒会の仕事が多忙だからという理由で欠席だという。
しかしアヴリルの質問を聞いて、エマについて詳しく話を聞くためにあえて時期を見計らって声を掛けられたのかもしれないとサーシャは思った。
「何だかサーシャ様が気を遣っているようだとシモン様もおっしゃっていましたわ」
「お友達からもちょっと距離感がつかめない方だと伺ったことがあります」
エマはクラスの同級生から少し距離を置かれている。特に令嬢たちは意図的に関わりを避けている節があるのだが、それを何と説明したらよいだろう。
迂闊に声を掛ければ高圧的だと捉えられ、異性との距離感についてやんわり注意をすれば苛められたと瞳を潤ませるエマと、距離を置きたくなるのも仕方がない。
一部の令息たちが面白がってちょっかいを掛けているが、エマ自身はそれを喜んでいる様子で、はしたないと眉を顰める令嬢もいる。
苦手意識もあるためそのまま説明すれば、先入観を与えてしまいそうでサーシャは考え込んでしまった。
それを見たアヴリルたちはサーシャが困っていると思ったのだろう。
「クラスも学年も違いますが、何か力になれることがあればいつでも言ってくださいね」
「同じクラスのエリーゼ様は頼りになる方ですわ。困った時はご相談してみてください」
口々に慰めやフォローの言葉を掛けてくれる友人たちの存在に心が軽くなる。幸い、あれ以降エマはサーシャの存在を無視するように、関わることはなくなった。
このまま距離を保ったままいたいと願うが、強制力のせいかエマの行動力のせいか、サーシャは関わりを余儀なくされることになる。
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