第21話 お茶会への誘い

「貴女がサーシャ・ガルシア子爵令嬢ね」


美しい銀色の髪とハシバミ色の瞳を見て、それが誰かなのかはすぐに分かった。アーサーの婚約者であるソフィー・コベール侯爵令嬢がサーシャの目の前に立っている。彼女の背後にはユーゴの婚約者であるアヴリル・モンタニエ伯爵令嬢の姿があった。


「お初にお目にかかります、ソフィー様」


声を掛けてきたソフィーに略式の礼をすると、周りに控える令嬢が聞こえよがしな陰口を叩く。


「ソフィー様に対してあの態度。何て礼儀を弁えない娘なんでしょう」

「平民出身はこれだから。学園の品位が下がりますわ」


その学園の方針に従わないほうが間違っているのだと思うサーシャは、背筋を伸ばしてソフィーの出方を窺う。

ソフィーはサーシャとまっすぐ視線を合わせたあと、近くにいた令嬢に軽く頷いて見せると、令嬢は慌てて一通の封筒を取り出し、サーシャへと差し出した。


「お茶会の招待状よ。そのほうが貴女とゆっくりお話ができると思ったから。急で申し訳ないけれど、参加してくれるわね?」


お茶会の席でどんな目に遭うか分かったものではないが、断れば角が立つだろう。前向きに考えれば、学年が異なるソフィーやアヴリルと接触できる機会などそうあるものではない。ならばサーシャの答えは一つだ。


「お誘いいただき光栄です。喜んで参加させていただきます」


新学期早々面倒なことになったと思いつつも、表情を変えないままサーシャはお茶会への誘いを受けることにした。



翌日の放課後、サーシャは指定された会場である女子寮の特別室に向かった。

寮内の最上階にあるこの部屋は、特別な時の打ち合わせに使用されるとのことだったが、豪奢な内装から想像するに高貴な方々のサロンとして利用されているのかもしれない。


約束した時間の5分前だったが、既に全員揃っているらしくサーシャが席に着くなりお茶会が始まった。ソフィー・コベール侯爵令嬢、アヴリル・モンタニエ伯爵令嬢、それから名前も知らない令嬢が二人。誰もサーシャに自己紹介をするわけでもないので、知っていて当然の家柄なのだろう。


(まあソフィー様とアヴリル様以外の方は、正直興味がないのだけれど)


そっと様子を窺うと二人の令嬢は一生懸命ソフィーたちの身なりや外見を褒めちぎっている。貴族のお茶会は初めてだが、情報収集と有力者との関係性を築く人脈づくりという点であれば、彼女たちの行動は正当なものだ。


出された紅茶を一口飲むと上品な香りと芳醇な味わいが口の中に広がっていく。間違いなく今まで飲んだ紅茶の中で断トツに美味しく、品質もさることながら丁寧に入れられたことが良く分かる。


(何種類の茶葉をブレンドしているのかしら?お互いの良さを引き立てるバランスが絶妙だわ)


「お口にあったかしら?」


紅茶に集中しすぎていたサーシャはソフィーからの呼びかけで我に返った。


「ええ、とても美味しくて感動いたしました。調和のとれた素晴らしい配合ですね」


みっともない、卑しいなどという聞こえよがしな陰口も一向に気にならない程感銘を受けていたのだ。そんな心境もあったサーシャは用意した物をソフィーに差し出すのに、何の躊躇いも覚えなかった。


「ラズベリー入りのケーキを焼いて参りました。よろしければお召し上がりください」


お茶会の作法が分からず手土産を持参すべきかどうか迷っていた。何も持たずに行って非常識だと思われるのも癪だし、不要であっても翌日友達と食べればいいと考えて一口サイズのお菓子を作ったのだ。


ミレーヌ達に聞けば悩まずに済んだが、心配を掛けたくないしシモンやジョルジュに伝わるのは避けたかった。うっかり攻略対象に知られれば、面倒なことになる予感がしたのだ。

向こうにどういう意図があるか分かるまでは大事にしたくないし、何よりこれはイベントである可能性も視野に入れてサーシャは慎重に行動していた。


「やだ、そんな貧乏くさい物をソフィー様が召し上がるわけないじゃない」


そう言って取り巻きの令嬢はサーシャの手にあるカゴを乱暴に払い除けた。予想していたことではあったので、両手に力を入れてしっかりと掴んでいたカゴは落下は免れたが、それが癇に障ったようだ。

令嬢二人は声高にサーシャを糾弾し始めた。


「まさかそんなもので殿下の気を引こうとしてるんじゃないでしょうね」

「ちょっと珍しいから声を掛けただけでしょうに勘違いするなんて図々しいわ」


徐々に熱が入ってくる令嬢たちの誹謗中傷だが、サーシャは気にすることなく聞き流していた。それとなくソフィーとアヴリルの様子を窺えば二人とも沈黙を貫いているものの、その態度にサーシャは何となく感じ取るものがあった。


(これはもしかして――)


「聞いているの?!貴女なんてこの学園にすらふさわしくないのだから、さっさと出て行きなさいよ!」


「まったく聞くに堪えない言葉だな。一体どちらがふさわしくないのやら」

突然聞こえた男性の声に全員の視線がドアの方に向いた。


「――殿下、ノックもなしに失礼ではありませんか?」

冷静な指摘をしたのはソフィーだ。


「おや、邪魔をしては悪いと遠慮して控えめにノックしてしまったから聞こえなかったのかもしれないね」


平然と返すアーサーにサーシャは嘘だと直感した。狼狽している令嬢たちをよそにアーサーはサーシャに笑顔で話しかけてくる。


「やあ、美味しそうな物を持っているね。ちょうど小腹が空いていたのだけど、もらっても?」


「……殿下が召し上がるような物ではありません」

今しがた手作りの菓子で釣るなと言われたばかりで、はいどうぞと渡せる訳がない。


「心配しなくても毒見ならヒューがするから大丈夫だ」


いつのまにかヒューがそばに立っていて、ケーキを手に取り躊躇いもなく口に入れると問題ないとあっさり告げた。

にこにこと嘘くさい笑みを浮かべるアーサーから顔をそらし、ソフィーに視線を向けると仕方ないといった表情で微かに頷いた。


「ところで君たちはいつまでいるの?」


アーサーの問いかけに取り巻きの令嬢は声を詰まらせながら、言い訳を始めた。


「わ、私たちはソフィー様のことを思って…」

「随分とご立腹なご様子でしたので、仕方なく…」


その責任を逃れようとする姿勢に少なからず腹が立ったので、つい余計なことを口にしてしまった。


「まあ、それにしては随分と楽しそうでしたわね?」

「「!!」」」


それを聞いた令嬢たちはサーシャを睨みつけたあと、挨拶もそこそこに慌てて部屋から出て行った。


「ははっ、サーシャ嬢もなかなか言うな。まあ疚しいことがあるから逃げ出したのだろう」


当然のように空いた席に座るアーサーとヒューの前に、さりげない動作で部屋の端にいた侍女が新しい紅茶を注いだ。

侍女の洗練された動きは無駄がなく、サーシャは思わず見とれていたのだが――。


「うん、酸味もしっかり残っていて甘過ぎなくて食べやすいな。――ところでソフィー、さっきの振る舞いは未来の王族としてふさわしいものだっただろうか?」


アーサーは柔らかな口調と態度を崩さなかったが、後半のセリフにより室内はたちまち緊張感に包まれた。

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