第22話 在り方と目的
「私は何もしておりませんわ」
「それが問題だということが分からない君ではないだろう。目の前で虐げられている者がいるのに静観することが正しいとでも?」
ソフィーとアーサーと交わす会話は淡々としているが、部屋の空気はどんどん重くなっていく。
(この状況、もはやソフィー様とアヴリル様と話ができそうもないわ。……帰りたい)
「人の痛みが分からないようでは王族以前に人としての在り方が問われるだろう。アヴリル嬢、貴女もただ黙って見ていたように思うがいかがかな?」
アーサーの矛先はアヴリルにも向けられ、キャラメル色の瞳が落ち着きなく揺れている。
「……申し訳ございません」
か細い声で謝罪の言葉が漏れた。
「私にではなくサーシャ嬢に詫びるべきだ。この件はユーゴ殿にも伝えておこう」
びくりと肩を震わせたアヴリルの顔は蒼白で今にも倒れてしまいそうなほどだ。サーシャとしてもその発言は他人事ではなく、意を決して口を開いた。
「殿下、発言してもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
サーシャの言葉が意外だったのか、アーサーは僅かに眉を上げたが鷹揚に頷いた。
「ソフィー様、アヴリル様に謝罪を求めることはお止めくださいませ。ソフィー様がおっしゃるように私は何もされておりません。先ほどのご令嬢方の発言については、お二方が責を負うべきことではございませんわ」
「……茶会の主催者としての役割を果たせなかったのだ。ソフィーに責任の一端はある」
不満そうな顔をしているのは、良かれと思って庇ったのにサーシャの発言に責めるような響きを感じ取ってしまったせいだろう。
「私が真実困っていたのならば、ソフィー様もきっと対応してくださったことと存じます。そもそもご令嬢方の発言についても気にしておりませんわ」
アーサーは目を瞬かせて困惑した表情でサーシャとソフィーに視線を送る。
「一部の方々から自分がどういう風に見られているか確認できましたし、根拠のない妄言などは聞き流しておりましたので」
実際にそんなことを気にするよりも紅茶に気を取られていたのだ。アーサーの対応はか弱い令嬢相手なら適切だったが、サーシャにとっては的外れなでしかない。
「一方的な考えや思い込みのもとに糾弾するのは良い結果を生みません。公平な視点と意見を得るために、ソフィー様はあえて静観されていたのだと愚考いたします」
サーシャの言葉にアーサーは一瞬目を見張って、考え込むように視線を彷徨わせた。
(少し言い過ぎたかもしれない…)
当てこすりのつもりはなかったが、一方的な思い込みはアーサーに対しても言えることだった。
「……少々出過ぎた真似をしたようだ。茶会の邪魔をしたな」
いつもより平坦な口調で告げると、アーサーはヒューを連れて特別室から出て行った。
「私たちを庇ったつもりかしら?」
冷ややかな口調でソフィーが口を開いた。
「いえ、私は事実をお伝えしたのみです。それにお話があるとのことでしたし、せっかくの機会を失いたくありませんでしたので」
「放置していたのは多少思うところがあったからなのだけど、やっぱり全然気にしてなかったのね。――おまけに殿下にあれだけの口を叩いたのは、アヴリルのためなんでしょう?」
正確にいえばユーゴとの関わりを避けるためだったが、説明するわけにもいかず黙秘することにした。それを肯定と捉えたのか、ソフィーはそのまま話を続けた。
「殿下のことは偶然でもユーゴ様の件はアヴリルが気にしているの」
「……ユーゴ様は貴女に会いにガルシア領を訪問されたと聞きました」
躊躇いがちに口を開いたアヴリルは不安そうな表情で、だがサーシャから目を逸らさずにに見つめていた。その儚い雰囲気と華奢な体躯は庇護欲を掻き立てられ、守ってあげたくなる。おそらくはソフィーも同じように思っているに違いない。
今回の茶会の目的がようやく見えてきた。
「ユーゴ様とは幼少の頃に一度お会いしたことがありました。詳細はユーゴ様の許可なくお伝えすることはできませんが、その時のことでユーゴ様は責任を感じていらっしゃったようです」
ここで下手に嘘を吐いてしまうと後々ややこしいことになりかねないと判断したサーシャは正直に伝えることにした。
「それなら過去のことについては聞かないけれど、貴女自身はユーゴ様のことをどう思っているのよ」
ソフィーの発言にアヴリルが胸を押えて、サーシャとソフィーを交互に表情を窺う。
(ソフィー様、なかなか率直な物言いをされる方なのね)
近寄りがたいほどの美貌に吊り上がった目元で、ザ・悪役令嬢の見た目をしているが、腹黒さもなくさっぱりとした理性的な女性のようだ。
「何とも思っておりませんわ。強いていうならば昔会ったことがある顔見知りぐらいの間柄でしょうか?」
「ユーゴ様は侯爵令息で次期宰相候補とも言われているわ。ユーゴ様が貴女に好意を抱いたとしても、同じ台詞を言えるのかしら?」
アヴリルを思っての発言なのだろうが、先ほどからアヴリルの表情が落ち着かずこちらのほうが冷や冷やしてしまう。
「はい。私、貴族に嫁ぐつもりはありませんので」
「「えっ?」」
さらりと告げたサーシャの言葉にソフィーとアヴリルは同時に驚きの声を上げた。貴族の娘として生まれたからには、なるべく将来の利がある相手との婚姻が最重要事項だ。責務ともいうべきそれをあっさり否定するサーシャのほうがおかしいのだ。
「将来は市井で平民として職を得たいと考えておりますの。貴族令嬢としての教養を身につけるために学園に通わせていただいておりますが、家では侍女の真似事をしております」
外聞が悪いので出来れば内密にと、サーシャが付け加えるとソフィーは呆れたような表情を浮かべたが、その表情から鋭さが消えていた。
「……だからあんなに紅茶や私の侍女に興味を示していたのね」
「サーシャ様、誤解してごめんなさい。……話してくれてありがとうございます」
はにかんだような笑みを浮かべるアヴリルは妖精のように愛らしい。
「ねえ、さっきのお菓子いただける?」
そんなソフィーの一言から殺伐としたお茶会が気づけば和やかなものに変わり、サーシャは楽しいひと時を過ごすこととなった。
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