女が三人集まった時の会話は結構えげつない
敦子は、私達の地元が田舎であることを考慮するとそこそこ大きな病院の医療事務に勤めており、それこそ男との出会いくらい沢山ありそうなものなのに、恋愛経験皆無の彼女にはハードルが高いらしい。
美穂は自称動画クリエイターで、在宅ワーカーと言えば聞こえは良いが、早い話がただの引きこもりだ。とはいえ、敦子と私の年収を足しても彼女の稼ぎには到底届かないという、なんとも不思議な世の中だ。例に漏れず、美穂も恋愛経験皆無である。
「美穂、お誕生日おめでとう! 乾杯〜」
「三十路の世界へようこそ〜」
「やかましいわ」
薄暗くなった午後七時。すっぴん三十路女の集会がスタートしたのだった。
ここの居酒屋にとっての私達三人はもはや常連と呼ぶには似つかわしくなく、ほとんど親戚のような感覚で二杯目のビールを店主に注文した。
「そう言えばさ。奈津希って来月で契約切れるんじゃなかったっけ?」
私が話を切り出すまでもなく、敦子が焼き鳥を頬張りながら聞いてきた。
「そうなのよ! その話をしようと思ってたの! 更新願い出すか迷っててさー」
「いやいや。契約更新できるならするべきでしょ。奈津希、警察の事務だったよね? ぶっちゃけ楽でしょ。ほとんど公務員だし」
「そりゃまあ。定時には絶対帰れるし、給料も実家暮らしだからそこまで気にしなくていいし」
「実家暮らしは別にしてもお金の使い途ないでしょ」
「それよ。服だってもう数年買ってないわ−−って、そんなの話はどうでもいいのよ。なんかね〜、面白味がないというかなんというか」
「でも警察ってイケメン多そうじゃない?」
「現実は違うんだっての。実際、経理事務担当の私と話するやつなんて出世コースから外れたおっさんばかりよ。それか暇な新人の女子。わかる? お肌ぱつんぱつんの二十代前半の女から上司の愚痴とか聞かされるのよ? 何の嫌がらせよ」
「おっさんとギャルか〜」
「ちょっと美穂〜、今時ギャルって言う?」
「あははは。これじゃ私がおっさんか」
「そうよ。おっさんよ。知ってる? おっさんてマジで加齢臭するからね? どこからその臭い発してるの? って感じの、超不快な臭さだから」
「うえ〜。食欲失せる〜」
「とか言いながら枝豆食ってんじゃねーよ」
「あはは、うるせえ」
「しかしまあ、奈津希も苦労してるのね〜」
「敦子、どういう意味よ」
「だって、この中で一番モテそうなの奈津希じゃない? 実際恋愛したことあるの奈津希だけだし」
敦子の言葉に、ビールのジョッキに付いた水滴をおしぼりで拭きながら美穂が目を輝かせた。
また始まった。と私は溜息をついた。
女三人集まれば、愚痴か誰かの噂話か、あるいは恋愛話になるのは世の常だ。
「奈津希って高校の時すごい格好いい先輩と付き合ってたんだよね?」
敦子は私と同じ高校なので当時のことを直接知っているが、そうではない美穂は決まってこの話が大好きだった。
「いやすごいわ奈津希。しかも先輩でしょ? どうやったら高校の時に先輩と付き合えるわけよ。やっぱアレ? 色仕掛け的なやつが大事だったりするわけ?」
「んなわけあるか」
「だよね〜。奈津希、ぺったんこだし」
「今どこ見て言った?」
「冗談冗談。それじゃあ何? やっぱり女は愛嬌ってやつ?」
これまでも、何度となく繰り返してきた会話だろうが、美穂の質問は終わりを知らないらしい。
「奈津希に愛嬌があると思う?」
「うわ。敦子ひどい」
「いやまあ。実際、奈津希って高校の時もすごくサバサバしてたじゃない。潤先輩、なんで奈津希と付き合ってたんだろう」
「出た! 出たよ、潤先輩! 名前からイケメンオーラ隠しきれてないよ!」
あー。美穂がヒートアップしてきたようだ。
「奈津希はその潤先輩とどこまでいったの!? ヤッた? ヤッちゃった?」
「ぶっ!」
「奈津希ってば汚い〜」
「美穂が変なこと言うから!」
「本当に気持ちいいってなるの? どんな感じなの?」
「ヤッた前提で話を進めるな」
「教えてよ〜。コレばっかりは奈津希しか経験してない話なんだから。ね〜敦子」
「それは私も気になってた」
「敦子まで……」
「ほらほら。私の三十回目の誕生日プレゼントだと思って教えてよ」
「そういえば、今日は美穂の誕生日ってことで集まったんだったわね」
「ひどっ! 集合かけたの奈津希じゃない!」
「あはは。ごめんごめん」
「お詫びにヤッた感想を教えてよ!」
「だからヤッた前提で話をしない!」
「いやいやいや。高校生くらいの男子なんて性欲オバケのお猿さんだよ? いくら完璧イケメン超人の先輩だったとしてもヤリたくてヤリたくて仕方ないに決まってるじゃん。いくら当時の奈津希が胸ぺったんこのまな板高校生だったとしてもさ」
「美穂。あんた偏った漫画の読み過ぎよ。あと、まな板で悪かったな」
「めんごめんご。じゃあキスは? キスくらいは流石にしたでしょ」
キス。その言葉に一瞬怯んでしまった。
「やっぱキスって甘いの? 実際どうなの? 味するの?」
「知らない!」
「あー、くすくす。奈津希、顔赤いぞ〜。まだビール二杯目なのに〜」
「許さん」
「あはは。でもよく考えるとさ、他人の唾液が自分の口の中に入ってくると思うと、キスって案外グロくない?」
「うわ。なんかそんな気してきた」
「でしょでしょ? そんなことも知らずに今この瞬間も世界のどこかにはキスしてる人達がいると思うと、独り身でよかった〜ってなるよね」
「なるな……なるなる!」
「いや、ならねえよ」
「……はあ」
そんな会話の後、三人とも同時に溜息をついたのだった。
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