第97話 姉の友人に壁ドンされる
夜道を歩いていく。
車のライトが眩しいので何となく脇道へ行く。
最近気温が高くなっているせいか、家に居るよりか外の方が涼しい気がする。
扇風機を使うほどの暑さでもないので、こうして街中へと逃げ出したのだが、
「おっ」
真横から投げられた声に、俺は足を止める。
上下ジャージで、腕にはドラゴンの刺繍が入っている。
メリケンサックみたいな指輪をしていて、髪をかき上げ紐で縛っている彼女はいつもと雰囲気がまるで違う。
生徒会副会長であり、ライカさんの友達である早乙女先輩。
彼女は大きく口を開けて白い歯を見せる。
「よう。ライカの弟。奇遇だな」
「今晩は。こんな時間に何を――」
俺は目を見開いた。
早乙女先輩は手を伸ばしていたが、電柱が丁度死角になっていて何をしているのか分からなかった。
近づいて死角が無くなって分かったが、早乙女先輩は男の人の胸倉を掴んでいた。
「本当に何しているですか!?」
早乙女先輩が手を離すと、流血している男が悪態をつく。
「クソ女あっ!!」
「何? まだ何か教えて欲しいことでもあんの?」
「うっ……!」
たじろぐ男以外にも、三人の男達が呻きながらアスファルトを這っている。
全員、早乙女先輩がやったんだろうか。
男達は二十代を超えて居そうな見た目で柄が悪く、喧嘩が強そうだ。
早乙女先輩に助太刀してくれそうな人はいなさそうだ。
喧嘩慣れしていそう連中を一人で相手にしたのは確かみたいだ。
「拳でなら、もっと教えてあげることもあるけど?」
「……い、いくぞぉ、こいつぅ、頭おかしいぃ!!」
「誰が頭おかしいだっ、誰がっ!!」
「さ、早乙女先輩、落ち着いて!!」
せっかく逃げてくれている男達を追いかけようした早乙女先輩を、後ろから羽交い絞めにして止めた。
「あ、あの人達は?」
「さあ。さっき会った連中、ずっと絡んできてさ。『いい店あったら教えてくれない? 知らないなら、知り合いの店行く? 奢るよ。お小遣いもあげようか?』みたいなことを、酔いながらずっと言っててさあ。無視しても、肩を強引に掴まれるし、視線がずっと身体を舐めまわす視線だっし、胸を触ろうとするし、何より声かけがしつこくて面倒だったから、力尽くでどこかに行ってもらったってわけ」
「そ、そうですか……」
顔が赤かったし、呂律が少し回っていなかったから酔ってみたいだったな。
酒を飲んでハイになってしまったんだろうな。
「その、手の傷、大丈夫ですか?」
早乙女先輩の手の甲が血に染まっていた。
さっきのいざこざで怪我をしてしまったんだろう。
かなり出血しているように見える。
「ああ、大丈夫。ただの返り血だから」
「どこが大丈夫なんですか!?」
返り血って、さっきの男の人達の血か。
早乙女先輩は無傷ってことなのかな。
それはそれで怖いんだけど。
「心配しなくていいって。傷は浅い。人って結構簡単に血が出るもんなんだよ。特に鼻血は、少しの小競り合いで出るもんだから」
「それで良かったもう解決です。……とはならないんですよ」
相手の人が可哀想だ。
確かに、相手の鼻を殴って鼻血出させると、止まらなくてビックリすること多いもんな。
俺も以前、鼻血を流されて、相当重傷を負わせてしまったと焦ったことがある。
だけど、早乙女先輩は全くビビっていない。
この人、相当喧嘩慣れしているんだろうな。
ただ、喧嘩が強いから安心とはならない。
そもそも、この時間帯に一人で街中を高校生がブラつくのは危険だ。
男の俺でもたまに身の危険を感じることだってあるのだから。
「……あんまり夜中に外出しない方がいいんじゃないですか?」
「逆に弟は何で夜に徘徊してんだよ」
「眠れなくて。少し散歩して運動して疲れれば眠れるかと思って」
「私と一緒じゃねぇーか。私も喧嘩して疲れようと思ったんだ」
「……全然違いますね。一緒にしないで下さい」
運動は運動でも、喧嘩と散歩は全然違う。
というか、この人喧嘩する為にわざわざ夜道を歩いている訳じゃないよね?
「なんだと、この。言うようになったなあ!!」
「すいません、すいませんっ!!」
プロレスラーみたいに、ヘッドロックをかけられる。
地味に痛いし、柔らかい所が当たるしで、早めに振りほどきたいのだが、しっかりとホールドされていて難しい。
タップして降参したら解放してくれた。
「……と、とにかく気を付けてくださいね。相手が自分よりも強い人だったら痛い目に合いますよ」
「まあ、な。確かに相手が何かしら『やっている』奴だったら、私も痛い目に合うことだってあるけどな」
「やってるって、格闘技とかってことですか?」
「……ああ。やっぱり素人と経験者は違うな。構えからして違う。それぐらい相対した時に分かるから、喧嘩する前に、私だって逃げる準備ぐらいはするんじゃねーの」
そう言いながら、全然逃げそうにない言いぶりだった。
今まで痛い目に合った事がないんだろうな。
「なあ。ストリートの喧嘩で一番強いのはどんな奴だと思う?」
「え? 強い、奴……?」
「ああ」
「…………」
誰が強いかなんて考えたことないな。
頭を悩ませていると、
「格闘技にはルールがあるよな。そしてそのルールに準じている奴は、ストリートに弱い。実力者であればあるほど、自分の強さを制限するもんだ。ボクサーが蹴り技を使わなかったり、キドニーブローを打てなかったりするのと同じだ」
「ボクシングは背後への打撃は禁止ですもんね……」
格闘技は縛りプレイだ。
階級制度や時間制限、防具などといったルールが存在する。
その縛りがあるから、興行として成り立っている。
相撲に土俵がなかったどうなるだろうか。
体重が軽い奴が一生逃げて、追いかけて来て息も絶え絶えの奴をちょこんと倒して勝敗が決まってしまうかも知れない。
そんな相撲、誰が競技として認めるだろうか。
それなりに苦戦して、それなりに接戦になるように格闘技は調整が入っている。
だが、ストリートにそれはない。
制限を取っ払った上でどんな格闘技が強いのか。
動画配信者がそういう企画をやっていたこともあったけど、それでも多少のルールはあるものだ。
本当に分からないな。
「なあ、どんな奴が強いと思う?」
「……そうですね。空手は寸止めだし、いや、極真だったらまた話が変わってくるし……。立ち技最強と言われているムエタイとか、手札が多い総合格闘とかもあるし……」
答えが出せないから、時間稼ぎの為にペラペラと当たり前の仮説を口に出す。
だが、結局考えがまとまらず、適当なことを口に出す。
「や、やっぱり武器を持っている人が一番強いんじゃないですかね?」
「あ?」
早乙女先輩の顔色が変わる。
ま、まずい。
喧嘩の素人ながら適当なことを言ってしまったんだろうか。
「どれだけ強い人でも武器を持つ相手には勝てないかなーって」
「そ、そんなの……」
ブルブルと震える。
もしかして、見当違い過ぎてキレてしまっているのだろうか。
「完璧な答えじゃねぇか!」
「え?」
「そうなんだよなー。武器を持っている素人って強いもんなー。私もそう思うぜ! 流石は弟だな!! やっぱり、お前は私の見込み通りの男だ!!」
「そ、そうですか……」
なにやら偉く感心している。
どうやら正解だったみたいだけど、逆に不正解だった方が良かった気がしてきた。
そんなに期待されても何もできないんだが。
この人、勘違いが多過ぎて、妙に過大評価してくるからプレッシャーが凄いんだよな。
「……強さ的にはさ、素人、経験者、武器を持った素人、武器を持った経験者の順だと思っている。武器を持つだけで、リーチが変わる。攻撃の威力が変わる。その辺の石ころだって立派な武器だし、脅威になり得るもんだ」
「まあ、相手が武器でこっちが何も持ってなかったら、それだけで不利ですからね」
金属バットや刃物を持った奴などと対峙した経験があるけど、かなり苦戦した。
一撃でも喰らえば、それだけで喧嘩に負ける可能性がある。
その為武器に注目しがちで、その他の挙動に注意がいかずに接敵を許してしまったことがある。
「それでも戦えないことはない」
「まあ、そうでしょうね……」
対武器との喧嘩で重要なのは慣れだ。
慣れさえあれば、冷静に対処ができる。
武器に固執している相手は、武器を失った時の隙が大きい。
武器を取り上げることさえできれば、その武器を自分が使う事だってできる。
武器使いは武器に依存した動きを見せるから、次の動きも予想しやすい。
武器を大振りするような相手だったらかなり楽なんだけどな。
「ちなみに今まで相手してきた武器使いで一番苦労したのは――」
指折り数えている。
片手で数えきれないところで、ん? もしかして、五種類以上の武器使いと戦ったことあるのか、と思っていると、
「剣道だな」
早乙女先輩は静かに答えを出す。
「剣道、ですか……」
剣道は武器を振るのが速い。
しかし、何より恐ろしいことは武器を戻す動作が速いことだ。
相手に一撃を与えた衝撃を利用して、二撃目を打つ為に武器を高速で引き戻す。
その動作の反復練習を繰り返すスポーツだ。
だから武器を奪う隙はかなり少ないはずだ。
「あの重い防具を着けずに攻撃してくる速度は尋常じゃない。間合いに入ったらまず、避けられない。リーチが長いからこっちの攻撃はまず当たらない。石礫で怯んだ隙に距離を詰めるのがストリートでは最適解かも知れないが、競技中の鍔迫り合いの激しさは半端なものじゃない。不用意に距離を詰め過ぎたら、喉や肺に一撃を与えられちまうしな」
「近距離で竹刀を当てられるのも、意外に痛いですからね」
授業中で、素人相手で鍔迫り合いをするだけでも身体が赤くなった。
相手が経験者ならば、圧力も力強さも比ではないだろう。
「遠距離も近距離も相手できないってことですか?」
「……そうだなー。ただ剣道っていうのは、摺り足での移動方法が基本だからな。距離を保ちつつ、投石でずっと削っていくのがいいかも知れないな」
「……滅茶苦茶卑怯ですね」
その辺で拾った石を投げる図を思い浮かべる。
あまり気持ちのいい勝ち方にはならなそうだ。
でも、待てよ。
剣道って、基本的に上半身しか狙わらない競技だ。
つまり、下半身への攻防に関しては無頓着なはず。
「ローキックに弱いんじゃないんですか?」
「蹴りよりも竹刀の方が長いからな。ローを打つ為に足を止めた瞬間、面を打たれて終わりだ」
「な、なるほど……」
すぐに答えが返ってくるってことは、試したのかな?
それとも想定していたのかな。
「じゃあ、剣道の弱点は超遠距離からの攻撃だけってことですか?」
「あとは、横からの不意打ちには弱いな。正面の相手に特化した競技だから、多対一に圧倒的に弱い。ただタイマンだとお手上げだな」
「そうですね。剣道家の視界は狭いでしょうし」
剣道は面を装着して、隙間からしか状況把握をしない。
視野が極端に狭いのだ。
対面性能はかなり高いだろうが、早乙女先輩の言う通り、横からの不意打ちには弱そうだ。
一対一で横に回り込もうと思っても、相手はすぐに横を向くだろうし、すぐに対処されるだろう。
こっちが相手するとなると、やっぱり武器を持つしかないんだろうか。
剣道より長い武器を持つ競技――薙刀とかになるのかな。
「それか、壁際に追い詰めるとかじゃねぇーかな」
「ちょ、ちょっと――」
俺の首元のシャツを掴むと、壁際まで追いつめる。
「こうすれば、剣道お得意の踏み込みもできねぇーし、竹刀も振るえない」
「そ、そうですね」
片手で首元に手をやって、もう片方は俺の手を掴んでいる。
壁ドンしている図だけど、全然嬉しくない。
こんなの、傍から見たら早乙女先輩にヤキを入れられているように見え――
「シッ!!」
闇夜を切り裂く一刀に、早乙女先輩は身を捩って躱す。
「――いっ!!」
俺と早乙女先輩の間に、第三者が一撃を与えた。
それを避ける為に、早乙女先輩は俺を思いっきり突き飛ばしたせいで、壁に後頭部をぶつけた。
俺は目から星を出しながら、闖入者を見やって驚く。
「ユ、ユーリっ!?」
この時間帯だというのに、紳士服姿をしている彼女は手に角材を持っている。
バイト先の服じゃなかったんだろうか。
最早私服みたいに着こなしているせいで、男にも見えてしまう。
角材はどこからから拾って来たんだろう。
彼女は雑巾を絞るみたいに角材を持ちながら、早乙女先輩を睨み付ける。
「ダムッ、イトッ!! その人から離れろ!!」
凄まじい剣幕で早乙女先輩に角材を向ける。
「……あぁ?」
激怒した早乙女先輩は、メキッと音を立てながら拳を握った。
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