第96話 情熱的な告白のために

 事務所から出るとすぐに、


「ちょっと、ちょっと!」


 後ろから声がかかる。

 軽く無視をしていると、


「おっ、と」


 アイが俺の肩を掴んで振り向かせた。


「もう、先行き過ぎじゃない。か弱い私を一人きりにさせていいと思っている訳?」

「大丈夫。お前は強いから一人で生きていけるよ」

「貶しているわよね、それ!?」


 アイは、性格や容姿も相まって他人に絡まれやすい。

 一人にしても平気だと思っていたが、心配になって来たな。


「送っていこうか?」

「いいの?」

「近くまでだったらな」

「だったら、すぐそこの駅まで送って欲しいかな。車が待っているだろうし」

「ならいいよ。送る」


 最近は夕方でも明るくなっているから安心ではあるけど、一応ついてやってるか。


 未だにアイは学校を車で登校する時がある。

 それはきっと、まだ心に男達に襲われたトラウマが残っているからだろう。


 その弱さを素直に晒せない奴ってのは分かってる。

 だから俺は余計なことを言わずについてやりたい。


「……本当はね。私のことを見守ってくれている人がいるから、大丈夫だと思う」

「見守ってくれている人って?」

「護衛の人。今も多分私達のことをどこからか観てくれてる」

「え?」


 歩みを止めて周りを見渡すが、それっぽい人は見当たらない。

 護衛ってことは屈強な男達だろうけど、どこにいるんだろう。


「いないけど」

「馬鹿ね。そんな簡単に見つかる訳ないでしょ。隠れてるのよ。私に気を遣わせないためにね」

「はー。そうですか……」


 護衛をされたことがないから、そんな発想一瞬では思いつかなくて当たり前だろ。


 まあ、確かに近くに筋肉モリモリで黒服を着たサングラス着用の男の人達が、ひしめくように俺達の周りにいたとした?


 そんな光景を想像したら、普通に歩くのも嫌か。


 大仰としていたら目立つし、逆にトラブルの種になりかねない。

 姿を現さないでいてくれる方がありがたいかもしれないな。


「護衛って、アイの家の人だよな」

「そうね。雇っている人。ほら最近何かと物騒だし、今回は事務所でのやり取りが過激になったら危ないと思って、実は多めに待機させてたの」

「へぇ」


 まあ、護衛というか、アイの家の人間の協力は得られないか、っていういのは事前に話はしていた。

 やっぱり高校生だけで、大人の思惑渦巻く事務所に対抗できるかどうかは微妙だった。


 あっちがより荒っぽい行動を取った時の為の対応策は必要だったから、アイの家の人の協力は必須だったのだ。


「新しい人も雇って、護衛の補強をした。だから何かトラブルが起こっても、すぐに守ってくれてるから今日は安全よ」

「なら、俺は駅まで送らなくていいんじゃないのか?」

「それとこれとは話が別よ」

「……どこが?」


 俺の疑問に答えずに歩くアイに、俺は歩幅を合わせながら別の話題に切り替える。


「本当に事務所に所属することになったみたいだけど、良かったのか?」

「いいって言ったでしょ。あのマネージャーが、私の言う事をまともに聴くんだったらそれでいいの!」

「そうか……」


 アイは少し逡巡をすると、喧騒に掻き消えそうなほどに声を潜める。


「……本当はそれだけじゃなくてね」

「え?」

「あなたの妹に聴いたの。ソラはコスプレイヤーが好きだって」

「何の話!?」


 なんのことか分からず脳がバクったが、段々アイの言葉が浸透してきた。


 ああ、そういうことか。

 グラビア写真の切り抜きを見つけたことを、ツユがアイに報告したのか。


 俺が知らない所で、俺の個人情報がどんどん共有されていくのが怖いな。

 せめてグループ作って、そこで発言してくれないかな、俺の話は。


 どこまでアイがツユに聴いているのかが気になる。


「いや、あれは、えっ、と。なんて聴いたの?」

「ソラが彼女設定なコスプレイヤーのエロ本を持っていたって」

「全然違う!!」


 見つかったのはエロ本じゃない。

 彼女設定のグラビア写真を持っていたのは事実だが。


「ソラが好きだったら、私もコスプレイヤーに挑戦してみようかなって思って、マネージャーの提案に前向きになれたのよ」

「色々と誤解が生まれてないか」


 そんな理由で快諾していたのだとしたら、もっと本気で止めていたんだが。


「じゃあ、コスプレイヤーは好きじゃないの?」

「それは好き」


 嘘はつけない。


 嫌いだったら、わざわざ100均のファイルに収めないしな。


「なら、合ってるんじゃない。今回の私の選択は」

「……別に俺の好みはアイに関係ないだろ」

「関係あるわ!」


 アイは堂々と胸を反らしてみせる。


「私のことを好きにさせてみせる。今度こそは、誰がどう聴いても自分から私に告白したって思えるぐらい、情熱的な告白をソラにさせてみせる!!」


 彼氏彼女になった時に、どっちが告白したかどうか。

 有耶無耶になっていることを言っているみたいだ。


「もっと魅力的になったら、私って完璧でしょ? ただでさえ最高なのに、もっといい女になるってことでしょ? そうなったらもう私に告白するしかないじゃない?」

「……そのポジティブさだけは見習いたいな」


 要するに、アイ的には俺にフラれたみたいに関係が終わったのが気に喰わないらしい。

 負けず嫌いだから、俺を惚れされたみたいだ。


 仮に俺がアイに告白したら、それで満足してフラレそうで怖いんだけど。


「ま、まあ。そんな気持ちには今のところはないな」

「今のところは、でしょ?」


 アイは元気に笑っている。

 そんな風に笑えるのは強いな。

 強くなったというべきか。


 アイが合コンで騙された時は、俺に助けを求めるだけだった。

 でも、今回は色々とアイ自身が頑張っていたように思える。


「そういえば、いつから俺に盗聴器つけてたんだ?」

「それは……最初に事務所に行った時よ。帰りに迎えの車を呼んでたでしょ。あの時にこっそりとね」

「ああ、袖を引かれてた時か……」


 アイにしてはしおらしい態度だったから、気になっていた。

 あの時に盗聴器をコッソリつけていたのか。


 演技だったんだな、あの袖を引っ張って不安そうな顔をしていたのは。

 すっかり騙された。


「それから?」

「それからって何が?」

「その時に盗聴器を仕掛けたのは分かった。でも、それだけじゃないよな」

「どういうこと? 私は一回しか仕掛けてないけど?」

「俺も最初はそう思った。でもさ、俺、あの後制服洗濯しているんだよ。だから、制服につけた盗聴器は洗濯機に回されて壊れるはずなんだよ。それなのに、なんで盗聴できてるんだ? あのカフェでの会話が」


 盗聴器には、俺と明星マネージャーがカフェでの話し合いの会話が残っていた。

 だとしたら、もう一度盗聴器を回収して、さらにもう一度俺の制服につけたはずなのだ。


「もしかして……アイ。俺の部屋に忍び込んだのか? それともツユを使って盗聴器を付けさせたのか?」


 想像するだけで恐ろしい。


 そもそもあの時から盗聴器を仕掛けていたってことは、俺の行動の一部始終を録音できていたってことになるんだが。

 いくら常識知らずでも、流石にアイはそこまでしないよな?

 録音できていたとしても、その録音データは消しているよな?


 今回の件で俺のプライベートの録音データなんて必要ないんだから。


「……じゃ。もう駅だから。ここまで送ってくれてご苦労様」

「おい!!」


 足早に逃げ出すアイを観て、


「今回怖かったのは明星マネージャーよりも、あいつだったな……」


 今回の一件の感想が口から突いて出た。

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