第98話 早乙女先輩VSユーリ
早乙女先輩がドスの利いた声を出す。
「……誰だ、お前?」
早乙女先輩とユーリが夜の裏道で対峙する。
恐らく、早乙女先輩が俺のことを襲っていると勘違いし、ユーリが助けようとしているのだろう。
どっちも根がいい人なのは、話をしたことがある俺が一番分かっている。
話し合って誤解を解けばすぐに臨戦態勢を解除してくれるはずだ。
「そっちこそ! 誰なんですか!! あなたは!!」
「私は――いや……」
早乙女先輩は何故か唇の動きを止める。
何かを思い付いたようで、虚空に目線を泳がす。
俺は早乙女先輩の代わりに、
「その人は――」
「待て! 何も喋るな!!」
誤解を解こうとしたところ、早乙女先輩に怒鳴り付けられる。
不意を突かれて先輩を見やると、彼女は壮絶な笑みを浮かべている。
まるで血に飢えた肉食獣が舌なめずりをしているようだった。
「さっきの鋭い振り。それにその構え。やってるな、あんた。少し、試してみたい」
「ホワイ? どういう意味ですか?」
早乙女先輩は俺に向き直ると、手を伸ばしてくる。
「いいからお前は何処かに行け。私はこいつの財布が目当てなんだからなあ!!」
「――っ!」
俺に襲いかかる振りをした早乙女先輩の頭に、角材が振り下ろされる。
先程よりも速度の乗った一撃だったが、予想の範疇だったようで早乙女先輩はワンステップで避ける。
突っ込んできたユーリに対して、半身のまま裏拳で顔を狙う。
ストリートで滅多にお目にかかれないような体勢からの拳に、ユーリは一瞬たじろいだように見えたが、瞬時に引き胴で対応する。
クリーンヒットするであろう一撃に対して、早乙女先輩は尖った肘でピンポイントに受ける。
反射神経で狙ったのか、それとも動物的な勘で防御できたかは定かではない。
だが、闇の中でも分かるほどにユーリの顔色が変わる。
「なっ――」
確実に決まったと確信した一撃を防がれて動揺したユーリだったが、十分な距離を取ると呼吸を整える。
正眼の構えのまま、気迫に籠った視線で威圧する。
「ふん……」
早乙女先輩は片手だけを中途半端な位置で上げて、片足を前に出している奇妙な体勢だ。
空手で見るような半身の構えに見える。
その構えじゃ、リーチの差を埋められるとは思えない。
まさか、受けきるつもりなのだろうか。
さっきの一撃はたまたま肘で受けられたが、如何に防御に優れている者でも連撃を受けることはできないはずだ。
ユーリは裂帛の気合いを見せる。
「ヤアアアアアアアアッ!!」
「ちょ、ちょっと――」
このままだと早乙女先輩が大怪我をしてしまう。
横から邪魔をしようとするが間に合わない。
狙い澄まされた鋭い一刀が、前に出している早乙女先輩の手に当たる瞬間。
一瞬で引いて拳を角材に突き出す。
付けている指輪がメリケンサックのような効力を発揮して、角材を破壊する。
「――まあ、衝撃を吸収する竹刀じゃなきゃ簡単に割れるだろうな」
「くっ――」
武器破壊をされたユーリは歯噛みする。
短くなってしまった角材ではリーチを生かせない。
さっきまでの攻防ですら一枚上手をいかれたのだ。
もう、ユーリの勝機はないに等しい。
それに、
「そ、そうか……。さっきの変な構え方は……」
早乙女先輩が手を半端な位置に置いていたのは撒き餌だ。
わざとユーリに『小手』を打たせる為に、わざと隙だらけの構えをしたんだ。
ユーリがどんな一手を打って来るか想定できれば、早乙女先輩だったら十分に対応できたということなんだろう。
さっきのバックナックルといい、状況や相手のプレイスタイルに応じてこれだけアドリブを利かせることができるのが凄い。
経験値と咄嗟の判断力に優れた攻防には舌を巻く。
「どうした? 武器がなきゃ喧嘩の続きがやれねぇだろ? 何か拾ってくるまで待っててやるよ。『剣道三倍段』がどんなもんか、もっと味わいてぇしな」
「……別に。私は武器なしでも私は戦えますが」
放っておくと、いつまでも戦闘を続けそうな二人に俺は終止符を打つ。
「もう、いいですよね! 副会長!!」
「……副会長?」
俺が水を差した発言をすると、早乙女先輩は露骨につまらなそうにする。
「チッ。面白くなりそうだったのに」
まだ状況が飲み込めないユーリは俺に詰め寄って来る。
「どういうことですか?」
「この人は、俺達の学校の生徒会副会長。俺の姉が生徒会に入っているから、それで知り合いなんだ」
「知り合いなのに、お金を巻き上げられそうだったんですか?」
「違う、違う! あれは冗談で」
「冗談? 嘘ってことですか?」
以前、ユーリは嘘が嫌いだと言っていた。
そのせいか過剰に反応する。
「私。この人、好きじゃないです」
「……へぇ。私は、気に入ったぜ。その態度もだが、私は力を持ってる奴は全員好きだ」
そう言いながら俺にも視線を寄越すのは何故なんだろうか。
口で説明しておきたいけど、二人の動きが見えていたのは第三者の視点だったからだ。
実際に俺がさっきの小競り合いに参加していたら、秒で倒されていた自信がある。
俺と動きが全く違うほどに二人とも早かった。
そして、早乙女先輩から当然の疑問が投げかけられる。
「こいつは?」
「この人は……」
説明をしようとして少し言い淀む。
俺もユーリがどんな人間なのかいまいち分かっていないのだ。
話を少ししただけで、クラスも違うから接して来た時間は短い。
「最近、うちの高校に留学して来た人で……ちょっとしたことで、知り合いになったんです」
「へえ、うちの高校の生徒か。そういえば、留学生の話を誰かから聴いた気がするな」
紳士服を着込んでいるせいで、同じ学校の生徒ということも分からなかったんだろう。
何故、バイトの服を今も着込んでいるのか質問したかったが、もっと重要なことがあるので今はその言葉を呑み込む。
「……と、とりあえず、二人とも矛を収めてくれないかな。争う必要なんてないんだし」
角材が割れ、断面に微妙な木片が残っているせいで切っ先が凶器になっている。
これ以上争ったら本当に怪我を負ってしまう。
即座に拳を収めて欲しいものだ。
「喧嘩なら買ってやるが?」
「お断りします。私は、私の友人を困らせたくないですから」
この二人、さっきから意見が全然合わないな。
敵愾心から、わざと合わせていないのかも知れないけど。
「友人、ね」
俺のことをチロリと見てくる。
俺が何も言わずにいると、
「……まあ、私は満足したからさっさと帰るか」
早乙女先輩は肩の力を抜く。
俺も安心して息を吐く。
これで早乙女先輩が無駄にユーリを煽らなければ解決だ。
「じゃあな、弟。それと留学生」
「は、はい! また学校で」
「…………」
ユーリは口を重く閉ざしたまま早乙女先輩を見送る。
どっちも武道とか戦いついて造詣が深そうだから、わだかまりがなくなれば一気に仲良くなりそうだけど、今のところその予兆はなさそうだ。
「友人って言っていいんですよね?」
「……え、も、勿論」
早乙女先輩が視界から消えた所で、いきなり話が戻ったので驚く。
別になんてことのない答え方だったのだが、ユーリにとってはそうでもなかったようで、
「良かったあ。日本の友人なんてほとんどいなかったから嬉しいです」
ほっと胸を撫で下ろしている。
「ま、まあ。外国にいたんですよね? だったらしょうがないじゃないんですか」
「それは、そうなんですけどね……」
俺なんて生まれてずっと日本にいるのに、友人ほぼゼロみたいなものだからユーリを必死にフォローしたくなるのは必然だ。
それにしても、
「日本に親しい人はいるんですか?」
「はい。とても大切な――尊敬できる人がいます」
「そう、ですか……」
多分、日本に帰国してからそこまで時間ないよな。
それなのに、この言い方は不自然だ。
日本にいた経験があると言っていたから、もしかしたら以前日本にいた時から友人がいるんだろう。
「私も帰ります。バイトの帰りだったので」
「え? そうだったんですか?」
だからそんな格好をしていたのか。
この時間までバイトのシフトが入っているなんて大変だな。
ユーリは俺よりも働いているみたいだ。
「暗いし、駅か、家の近くまで送りましょうか?」
「……優しいんですね。でも、副会長は送らなくて良かったんですか?」
「あの人は送らなくていいんじゃないですか?」
早乙女先輩が襲われる可能性はないだろう。
むしろ、あっちが通行人を襲わないか心配だ。
「そうですね。じゃあ私は送ってもらいましょうか」
俺の言い方がぞんざいだったのが面白かったのか、少し微笑むとユーリは俺の提案を承諾した。
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