第94話 元カノは制服を脱ぐ


「……カット? 何を言っているんですか?」


 俺の唐突な言葉に明星マネージャーがたじろいでいた。

 動揺している内に畳みかける。


「この事務所に二人で来たのは二回目ですが、この前との違いが分かりますか?」

「……さあ。分からないですけど」


 俺とアイにゆっくりと視線を配る。

 だが、違いについて何も思いつかないようだ。


「前回は休日に来ました。ですが、今日俺達は学校の帰りにここに直行してきました。それが違いです」

「…………だから、何?」

「気が付きませんか?」

「別に……。違いなんてないように見えますけど」


 彼女の言う通りだ。


 この前尋ねた時と、まるで違いはない。

 それこそが俺達の仕掛けた罠だ。


「そうですね。その違いがないように見えるのがおかしいんですよ。俺達は学校の帰りで、そのまますぐに来た。それなのに……」

「…………あっ!」


 俺達の見た目でピンときたようだ。


 俺は制服。

 そして、アイの服装は――


「お、おかしなコスプレをしているっ」

「この服コスプレじゃないけど!!」


 アイの私服は今日も装飾豊かだ。

 まるでコスプレでもしているかのような服装。


 普段横で路上を歩いている時は気恥ずかしいが、今日はこの服を敢えて着てもらった。


「フリルが付いた服。何かを隠すのにはピッタリだと思いませんか?」

「……? まさか!」

「そう、例えば――カメラとか」


 小型のカメラと盗聴器をアイの服に付けていた。


 ボイスレコーダー一本でも証拠になり得るが、念には念を入れて複数台仕掛けていた。


 この部屋に入る前から起動しており、今までの明星マネージャーの行動は全て録画させてもらっていた。


「いい画、撮らせて貰いました」

「そ、それを寄越しなさい!!」


 盗撮カメラを奪おうとするが、俺は自分のポケットからボイスレコーダーを取り出した。


「無駄ですよ。これ一個じゃないんですから」

「…………っ!」


 明星マネージャーが素直に言う事を聴くとは思えなかった。

 だから普通のやり方が通用しなかった場合のことを想定して、対抗策をアイと相談していた。


 明星マネージャーと接した時間は短いが、ある程度彼女がどういう人間なのかは分かっているつもりだ。

 強引なやり方ばかりを押し付け、そして短気だ。

 少し突けば、必ずボロを自ら出す。



 しかし、それだけと問題があった。

 俺達高校生と、ちゃんと働いている社会人。

 どちらの発言が重いか、ということ。


 十中八九、明星マネージャーの言葉を誰もが信じるだろう。


 動かぬ証拠を突き詰める為には、盗撮用のカメラや盗聴器が必要だった。

 その手を思い付いたのがギリギリのタイミングだったから、どうやって買え揃えようと思ったのが、アイが持っていて助かった。


 何故、大量に私物として盗聴器なんか持っているのかはよく分からなかったが、彼女が私物として持っていて助かった。


 そして、


 ――思ったよりも時間かかったわね。

 ――しょうがないだろ。生徒会の会議だったんだから。


 生徒会の会議が終わって、俺はアイの家の車に乗せてもらった。

 その車中で大きな事件が起こった。


 ――あっち向いてて、着替えるから。

 ――へ? ここで? どこか他の所で着替えればいいだろ?

 ――どこかに寄る時間なんてないのよ! 誰かさんのせいでね!


 アイも想定外だったようで、顔を赤くして激怒する。


 俺はさっさと視線を逸らした。

 それでも衣擦れの音は聴こえてきて、相当に気まずい思いをした。


 ――見たら駄目だからね。

 ――見ないって。

 ――ヘタレ……。


 車内が広かったこともあり、アイは着替えることができた。

 そして、その服に盗撮カメラなどの仕掛けができたのだ。


「今までの明星マネージャーの言動、全て映像に収めていました。これを外部の人間に公表したら、あなたは異動どころか解雇になるかも知れませんね」


 事務所上層部に公表したとしても、不都合な事実は闇の中に葬られる。

 それが、明星マネージャーのハッタリか否かは定かではない。


 だが、マスコミや警察など外部機関にこの映像を託すことさえできれば、全てをひっくり返すことができる。


「くっ……!」


 明星マネージャーは血走った眼で、俺の持っているボイスレコーダーを睨み付けてくる。

 どうにかして俺の手から奪おうとしているようだ。

 それに、俺の後ろのドアにも目を配っている。


 俺達が逃げることを危惧しているのか、それとも鍵を閉めて逃げられないように画策しているのか。


 どちらにしても、ここまで追い詰めているのに観念していない。

 襲いかかって来ることも警戒していると、


「あっ。ちなみに別日の音声データもあるから」

「え?」

「え?」


 明星マネージャーだけじゃない。


 俺も驚きの声を上げる。

 打合せでは何も聴いていない。


『判子なんて後からいくらでも押せばいいんですよ』

『私の人生はどうなるんですか?』


 アイが音声データを流す。


 これは、俺と明星マネージャーがカフェで待ち合わせしていた時の会話だ。

 他の客や店員の声がノイズとして聴こえてくるから間違いない。


 いつの間に?

 あそこには俺と明星マネージャーしかいなかったはず。

 もしかして、近くにアイがいたのか?


「ここで仮に私達を取り押さえたとしても無駄よ。時間内に私が家に戻らなかったら、私の家の人間が、複製済みの音声データをSNSで全世界に拡散させることになってるから」

「う、うわー。ドラマとかで悪役が言う台詞だ」

「う、うるさいわね! このぐらいやらないと、この人は観念しないでしょ!!」


 アイは俺の想定以上に周到に準備していた。

 ここで証拠隠滅できたとしても無意味であることを、明星マネージャーは悟ったはずだ。


「これで終わりね」

「――――っ」


 ガクン、と糸の切られたマリオネットみたいに、その場に明星マネージャーは崩れ落ちた。


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