第91話 家族にエロ本が見つかると気まずい
俺は明星マネージャーの件について、アイに連絡を取っていた。
一応、確認の為に、これから読者モデルないし、芸能界に入っていく覚悟はあるのかと。
『私、知らないわよ。一方的に連絡が入っただけで。契約もしていないし』
そんな文面がスマホに返って来た。
「やっぱりあの人の独断だったのか……」
頭が痛くなってきた。
あそこまで強引に勧誘するなんて、普通に考えてあり得ない。
あの人がおかしいのか、それともあの事務所の人がおかしいのか、それかあの業界の人がおかしいのか。
ともかく、どうすればいいのか考えよう。
『これからどうするか、作戦会議する?』
『ああ、でも、できれば直接話したい』
『分かった。明日でいい?』
『ああ』
ということで、また俺達は話し合うことにした。
事態は深刻だ。
なるべく早く収拾させたい。
できれば、今日は部屋に一人でこもって考え込みたいぐらいだ。
なのに、
「というか、ツユ。そろそろ部屋に帰ったらどうだ?」
「いいじゃないですか、別に。忙しいんですか? 今」
ツユが俺の部屋にずっと居続けている。
ベッドにうつ伏せになりながら、勝手に俺の漫画を読んでいる。
短パンで露出した脚をブラブラさせながら、気のない返事をされた。
「……こっちは、ツユの配信が放送事故していないかチェックしているんだけどな」
アイの件も忙しいが、ツユのVtuber活動のフォローも忙しい。
ゲーム配信はVtuberの目玉コンテンツだが、リスクが多い。
配信でやると、どうしても放送事故が増える。
アーカイブを残す前に、そのチェックがどうしても必要となるのだ。
「私は配信でする話題をアウトプットする為に、漫画をインプットしているんですよ。これも立派な仕事です」
「……よく聴かない単語入っているけど、絶対他の配信者の受け売りだろ」
「えへ」
他の配信と違って、ゲーム配信は独自の規制がある。
配信禁止区画があったり、音楽の著作権があったりするせいで、慎重に配信をしなければならない。
アイだけのチェックだけでは見逃している可能性があるので、俺が二度目のチェックをしている。
その二重のチェックを終えてから、ようやくアーカイブに残せるのだ。
そしてアーカイブをアップするのは、早ければ早いほどいい。
リスナーが飽きてしまう。
だから徹夜する時だってあるのだ。
つまり、俺は今、かなり忙しいのだ。
なのに、
「じゃあ私がここに居ても大丈夫ですね」
ツユは漫画を読んでくつろいでいる。
確かに配信のチェックは俺にしかできないのだが、他にもやる事は山ほどある。
次の企画作りや、来月の配信スケジュールの制作、次の配信で使うサムネの確保、動画の編集作業、みんなのコメントへの返信orいいねをつける作業、要望や意見のまとめ等々、一生終わらない作業が盛り沢山だ。
「少しは手伝ってくれてもいいんだけど?」
「手伝い料減らしますよ?」
「わ、分かったよ!」
ツユは個人勢でありながら、そこそこの登録者数がいる。
そして稼いでいる。
ので、俺もそれのおこぼれを貰っている。
無償でもいいと言い張ったんだが、ツユが頑としてそれを拒否した。
確かにタダでやるよりかは、報酬があった方がこっちもやりがいは出てくるから、作業速度は上がった気がするが。
「ん? 何か引っかかって……」
ツユが俺の本棚を弄っていた。
前後二列に並べている後ろの本を弄っている時に、何か引っかかりを覚えたようだ。
いつもは前の漫画で隠れている箇所を弄っている。
嫌な予感がしたので、俺はツユに制止の声を上げる。
「あっ、それは――」
もう手遅れだった。
ツユに見つかってしまったのは、グラビアの切り抜きだ。
100円均一で購入したクリアファイルに、少年誌から切り抜いたグラビアを入れているやつだ。
誰かに見られたら気まずいので、本棚の奥に隠していたのだが、ツユに見つかってしまった。
「これは……」
「それは、その、グラビアの切り抜きで――」
「エロ本ですね」
「違う!」
ツユの顔が赤いので、本気で勘違いしてそうだ。
水着やらコスプレをしているだけで、そういった行為のあるグラビアは取っていない。
そもそも雑誌でそういうグラビアって出せないんじゃないのか。
少年誌どころか、青年誌でも観たことない。
「し、しかも……コスプレのエロ本ばかりですね」
「エロ本じゃないし、コスプレが多く見えるのは仕方ないだろ。制服だってコスプレになるんだし」
俺達が普段着ている制服とか、スクール水着ですらグラビアの世界じゃコスプレだ。
それもコスプレというジャンルに入れたら、グラビアの大部分がコスプレになるんじゃなかろうか。
「こういのが好きなんですね、へー」
「……あんまり観察しないで欲しいんだけど」
ペラペラと捲っていく。
こうして客観的に観ると、意外にグラビアが集まっているのが恥ずかしい。
一冊の少年誌のグラビアで普段は4,5枚しか集まらないから少なく感じるけど、こうして集めると数十ページになっている。
こんなにもグラビアに興味がある男だと、妹であるツユに思われているかも知れない。
これでも我慢している方ではある。
もしも、姉妹が家にいなければ、特別付録でついてきたグラビアのカレンダーを扉に貼りたいぐらいなのだ。
「さて、と」
ひとしきり俺の秘蔵のグラビア集を観て満足したようだったツユが、スッと立ち上がる。
「…………?」
ツユは部屋の扉を開け放つと、
「ライカ姉さああああんっ!! 兄さんがエロ本を隠し持ってたよおおおお!!」
「止めて!! ライカさんにだけは言わないで!!」
まだ父親とか母親に知られるのはいい。
だけど、ライカさんに知られたら、明日からどんな顔をして喋ればいいのか分からない。
俺はツユの肩を掴んで部屋の中へと引き戻すと、
「エロ本じゃないから!! ただの週刊誌だから!! そもそも男の部屋にエロ本があったとしても逆に健全だから見逃して欲しいんだけど!!」
「兄さんは持っているんですか? エロ本を」
「……持ってないヨ?」
「持ってますね、確実に」
「持ってないって!! 高校生じゃエロ本買えないから!!」
ツユの線引きが怪しい。
どこからエロ本でどこまでがエロ本か分からない。
だから、まだ隠している本がエロ本認定されてしまうかも、と思ったら変な声が出てしまった。
「彼女設定のグラビアとかあるんですね」
「掘り返さなくていいから……」
「未練があるからこういう設定のグラビアを集めているんですか?」
「そうじゃなくて! 彼女設定のグラビアは鉄板だから! 普通だから! そういう設定のグラビアは山ほどあるだけだから!」
写真の横に文章で、読んでいる人間が彼氏設定、とか普通にあると思う。
だが、グラビア慣れていないツユには分からないんだろうな。
疑わしい目でこちらを見てくる。
「……そういえば、妹モノのグラビアはないんですね?」
「それがあったら、気まずくて今ツユと話せていないんだけど」
仮にそういうグラビアと知らずに、少年誌の漫画部分目的で買ったとしよう。
その時は普通に、雑誌は捨てるなり、売るなり処分するはずだ。
流石に妹ができたのに、妹もののグラビアを部屋に置いておけない。
「兄さんも所詮は男なんですね。わざわざグラビアだけを集めてるなんて」
「雑誌って嵩張るから仕方ないんだよ。本当は好きな漫画だけピックアップしていたいけど、それだと分厚くなるから漫画の切り抜きは持っていないだけだ。グラビアが特別好きって訳じゃない」
少年誌を集めている人間にしか分からないけど、十冊あるだけでかなりの重さだし、場所を取る。
だから、雑誌そのものを部屋にずっと置いておくのは不可能だ。
それで仕方なくグラビアを切り抜きしただけだ。
「……いい訳がましいですね。大体兄さんの持っている漫画だってエロい物があるじゃないですか」
「あったかな? そんなもの」
「ほら、これとか」
ツユは俺の本棚から一冊の漫画を取り出す。
それは、俺が好きなラブコメ作品だった。
「『八頭身の許嫁』で毎回何もない所でこけて、ヒロインが履いているクマ柄のパンツが見えるじゃないですか!! このシーンってエロくないですか? 犯罪じゃないんですか?」
「それは勝手にヒロインがこけているシーンだから、別に犯罪じゃない。たまたま主人公がクマパンを観ているだけで不可抗力だろ」
「いやらしいですね、兄さんは。頭の中がいつもピンクだからエロくないと思うんです。感覚が麻痺しているだけで、これは低俗な漫画です!!」
いつもはここまで俺の漫画をこき下ろす発言はしない。
兄がエロい本を持っていて動揺しているんだろうか。
逆の立場だったら、俺もビックリするだろうから理解はできる。
が、好きな漫画を批判されることは理解できない。
「そこまで言うんだったら、こっちだって反論の余地があるぞ!!」
ビシッと俺はツユに指を差す。
「ツユが持っている漫画だってエロい!!」
「エロいやつなんてないですよ!! どこがですか!?」
俺はツユの部屋に置いてある漫画を読破している。
その内の一冊を頭に浮かべる。
「ツユが持っている『マスタードのような恋』は一話から既にキスシーンがあるし、男が無理やり女性を襲うようなシーンがあるだろ!! あれはエロいだろ!!」
「襲うシーンなんてないですよ!!」
「男の登場シーンの所にあるだろ!! 壁に主人公を追い詰めただろ!!」
主人公の女の子を見たイケメンが、おもしれー女、とか言いながら、登場シーンでいきなりキスをしてくる。
嫌がっている主人公が抵抗できないように壁に追い詰めているシーンだ。
どう考えても俺の持っている漫画よりも展開が過激だ。
「あ、あれは壁ドンしているだけじゃないですか……」
「壁ドンだって襲っているように見えるし、その後合意なしにキスしているよな? 付き合ってもない男女がこれを現実でしたら男の方は捕まるだろ!!」
あの展開は、顔面が整っているから許されているだけだ。
もしも、あれが平均的な男だったら、間違いなく警察沙汰になっている。
何故あんな展開がまかり取っているか分からない。
そして、そんな漫画を読んでいるような人間に、俺の漫画がエロいと言われたくない。
「それに物語終盤!! あの漫画は朝チュン描写あるけど、俺が持っている少年漫画にはそういう描写は一切ない!! ほら、どっちがエロいかな?」
描写はないにしても、完全にやってる描写がある漫画だ。
最終回には子どもだって主人公が抱いていた。
もう、そういうことですよね?
俺の持っている漫画なんて、最終回でようやくキスして終わる漫画だってある。
一体、どっちがエロくて、どっちが健全なのか。
「ううう……」
ツユは言い返せずに打ちひしがれている。
いい気味だと見下ろしていると、
「ツユちゃん? 呼んだ? ここから声がしたんだけ――」
ライカさんが部屋に入って来た。
その足元には、俺のグラビアの切り抜きがあった。
ライカさんは無言で捲る。
ツユですら固唾を飲んで見守っていると、ライカさんは、
「燃やしましょう」
「何で!?」
ライカさんの目は据わっている。
本気だ。
本気で燃やすつもりだ。
「こんなエッチな本はソラくんに害を与えるので燃やします」
「お願いだから勘弁して下さい!!」
俺はライカさんに魂の土下座をかました。
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