第90話 女子会で恋愛トーク(明星明乃side)
高校の同級生との飲み会に、私はよく誘われる。
でも、それは人気者だからじゃない。
ただ私のことを酒の肴にしたいだけなのだ。
「明星ってさ、付き合っている人いないの?」
また、この質問だ。
同級生に会う度に同じ質問をされ、そして、
「ごめん。今仕事で忙しいから。ほら、仕事が恋人? みたいな?」
同じ答え方をする自分が何故か情けなかった。
仕事をいい訳にして、私は恋愛をしてこなかった。
全く経験がなかった訳ではない。
ただ、彼氏がいない歴は何年だろう。
すぐにその答えが出ないぐらいには、男性に縁はなかった。
「あー、そうだよねー。明星は仕事大好きだもんね。芸能事務所かなんかだって? 大変そうだよねー、仕事」
「そうそう。仕事忙しいから仕方ないよ~。――っていうか立派だよね、明星は。仕事して、家事までして。私の夫なんて仕事ばっかりで家事の一つも手伝わないの」
「あー、分かるー。ウチの旦那もゴミ出ししただけで、家事したとか周りに言ってるの。ありえなくない? それぐらいウチの子どもでもできるってーの」
私達は五人グループで、高校生の時はいつも一緒にいた。
その関係性はまだ続いていて、たまにこうして飲み会がある。
そのお決まりのパターンだ。
愚痴、と見せかけての惚気。
私には夫や子どもがいるけど、あなたはいないよね?
という明確な格付けをしたいのだ。
「ウチの子はピアノの才能があるんだって。今度先生に褒められてさ」
「凄いわねー。ウチはダメダメ。何の才能もないの。将来大丈夫かな。まあ、旦那はIT企業に勤めてるからどんな仕事を選んでも大丈夫だけどね」
「そ、そうなんだ」
家族の話をされると、私は何も言えない。
職場と家の往復しかしていないから、出会いも何もない。
他人に語れる思い出もない。
学生時代はテレビや動画、漫画の話で盛り上がれたから良かった。
でも、大人になれば家族の話しかしない。
話すこともないし、ただ黙っているだけなのは辛すぎて、強くもない酒に逃げるしかない。
「すいません、ビールおかわり下さい」
「はい! すぐ持ってきます!」
横切りそうだった店員さんに注文をする。
黙っている時間が長いから御飯も食べなきゃいけない。
飲み会に参加する度にお金が無くなるし、太ってしまう。
本当は参加なんてしたくない。
楽しいから参加しているんじゃない。
寂しさを埋める為に参加しているのだ。
家に帰っても無音のあの空間に帰るのが怖いだけなのだ。
「ねえ、明星はさ、早くいい人見つけたら?」
始まった。
また、私のことを見下すようにして、周りから説教が始まる気配がする。
その勘は当たっていて、周りからマシンガンのように話がされる。
「そうそう。可愛いんだからさ」
「そうだよ。もう相手にされなくなっちゃうよ? 今の内だけだよ、結婚できるチャンスなんて」
「子どもって可愛いのよ? 手はかかるけど、この子のお陰で仕事も頑張れるって思えるんじゃないの?」
スマホの写真フォルダを開こうとしている。
そこから眩し過ぎる家族写真を永遠に見せられる流れだ。
私、知っているよ。
その写真のせいで、私がどれだけ傷つくのか。
「う、うん……。ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるね?」
「あ、ああ……」
私は逃げるようにしてトイレへと駆け込む。
どうしてもお酒を飲むとトイレが近くなる。
ただ、トイレに来た目的はトイレをしに来ただけじゃない。
気持ちを切り替えるためだ。
鏡を前にして、私は叱咤するように手を頬に当てる。
「私は大丈夫、私は大丈夫、私は大丈夫、私は大丈夫……」
自分の言い聞かせるように呟く。
そんな私のことを観て、ギョッとするような表情をして逃げる女性がいたけど、そんなこと関係ない。
こうやって自分を洗脳しないと、あの地獄に戻れないのだ。
何故か、今、事務所に来たバカップルのことを思い出した。
私には何もかも眩しかった。
二人で仲良く事務所に来て、二人とも自分のことを思いやっていた。
愛し合っていた。
もしかしたら、高校を卒業して結婚するかも知れない。
私の周りにもいたのだ。
あり得ない話ではない。
――いい? 勉強していい大学入って、いい会社に入って。そうしたらね、あんたは私と違って幸せになれるっちゃから。
母親の言葉を信じた。
勉強をした。
いい大学に入った。
周りの人と比べて年収の高い会社に入った。
――ほら、芸能界に入ったらどう? あんた昔から美人って言われっちょったがね? 私の夢やかいよ。私の娘なら私が叶えられなかった夢叶えてくれてもいっちゃない?
そう言われて拒否できる娘はいるんだろうか?
自分の夢なんてないから、母親の言う通りにした。
そして私は芸能界に入ろうと思った。
でも、ダメだった。
学校で可愛いと言われる程度の女が、全国区の可愛い人に勝てる訳がなかった。
結局、私が貰ったモデルとしのまともな仕事は、雑誌の表紙。
ただし、集合写真の隅にいることだけだった。
読者アンケートで一位を取れれば、再び仕事が貰えるはずだった。
結果は最下位だった。
一位を獲った人は、たまにテレビにも映っている。
その人がテレビに映る度に動悸が激しくなるから、チャンネルを変えている。
夢破れた私がそれでも業界に縋りつく為には、運営側に回るしかなかった。
惨めだった。
自分よりも若くて才能が、美貌を持っているキラキラ輝いている人を見るのは。
私よりも優秀なこの人達を使う側に回っている。
そう思うことでどうにか自分のプライドを守ろうと必死だった。
私は幸せなんだろうか?
私の人生は後悔ばかりだ。
本当はもっと恋愛をしたかった。
親の言いつけを守ってばかりで、まともに異性と交遊関係を結べなかった。
高校時代は、親や先生から不純異性交遊は禁止だと言われていた。
その時は異性に興味があった。
だけど、抑圧された。
そして大人になったらいきなり恋愛しろって言われて、すぐにできる訳がない。
もっと色んな事に挑戦すべきだった。
親や先生の言う事なんて無視すれば良かった。
お陰で私は今一人だ。
誰かが左手の薬指に指輪をしているだけで眉間に皺が寄るようになってしまった。
幸せになる為には、恋愛と仕事どっちも大事なのだったんだ。
そのことに気が付いたのは、手遅れになってからだ。
どうして誰も教えてくれなかったんだろう。
何故、人生には教科書がないんだろう。
肌に皺やシミが増えて来た。
白髪だってでき始めた。
化粧や白髪染めで隠せるのは何歳まで何だろう。
「――よし!」
気合いを入れて、私はトイレから出る。
嫌なことを忘れる為の飲み会だ。
そう思って角から頭を出そうとすると、
「本当、明星ってさー。相変わらず独身なのー?」
「ウケるよねー。この歳で彼氏もいないとか流石に引くよねー」
脳天を後ろから殴られたような衝撃を付ける。
私の悪口で、高校の同級生達は盛り上がっているようだ。
私は知っている。
全員が全員、陰口を言っているのだ。
こうして誰か一人が集団から離れた時とか、SNSとか。
至る所で互いを貶し合っている。
あの子の夫は低収入だから、パートをしていて哀れで可哀想だとか。
専業主婦で暇なのは分かるけど、いくらなんでも連絡し過ぎてウザいとか。
旦那の顔見た? ブサイクよね? まあ、あの子の顔じゃ、あれぐらいのブサイクがお似合いか、とか。
あの子、若い子と不倫しているだって。高校の時から股開き過ぎだよねー、とか。
表面上は仲良くしているけど、本当はドロドロだ。
私だけじゃない。
私だけが悪く言われている訳じゃない。
だから、何も気にする必要なんてない。
「ごめーん、みんな遅くなってぇ!」
「あっ、明星」
「……お、おそいよー」
下手くそな演技でさっきまで私の悪口を言い合っていたことをひた隠す。
それに私も乗っかる。
あくまで悪口を聞いてません。
私達は友達という虚構を、高校生の頃からずっと保ち続けている。
だって、私には恋人がいないから。
拠り所がないから。
だから、友達という張りぼてに縋るしかないのだ。
独りぼっちになれるほど強くなれない。
だから、気持ちの悪い友情ごっこを演じ続けるしかないのだ。
強烈な吐き気がする。
飲み過ぎたせいかも知れない。
それでも私は飲み続けるしかない。
飲まないとやっていられないのだ。
「あっ、おかわり届いてる。かんぱーい」
「もう最初にやったじゃん。明星、酔ってる?」
道化にならなきゃ。
酔って辛い事は何もかも忘れなきゃ。
――もう、いっちゃが。モデルも芸能人も諦めてちゃんとした仕事に就けばいっちゃが。
自分の夢を勝手に託して希望を持たせて、最後には勝手に失望した母親のあの瞳。
一生、私の頭から引き剥がすことはできないだろう。
期待されるより、失望される方が重い事を私は初めて知った。
私は失敗作の烙印を自分の親から押されたのだ。
私みたいになって欲しくない。
だから、私は自分が面倒を見ると決めた子達には、私みたいにならないように導くしかないのだ。
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