第88話 義理の妹が隣で棒を舐める
遠藤家の風呂の時間は決まっている。
冷えてしまったら、風呂のお湯が無駄になるからだ。
なので、夜勤や残業、生徒会の仕事などがない限り、家族みんな同じ時間に風呂に入ることになっている。
風呂から上がると、妹のツユがリビングのソファに座っていた。
俺の気配に気が付いて振り返ると、
「あっ、兄さん」
「何やってるんだ? ツユ」
「Vtuberの切り抜き動画観てるんですけど?」
テレビにデカデカとVtuberの動画を見せられたら、誰だって何をしているのか分かる。
だが、俺の言いたいことはそんなことじゃない。
「……そうじゃなくて、なんでこのタイミングでアイス?」
夕ご飯を食べ終わって、風呂に入って、その後にアイスを食べている。
俺からしたら考えられないことだ。
「風呂上がりにアイスが食べたくなったんですよ。兄さんは食べないんですか?」
「……俺はいい。また歯磨きするのが嫌だから」
「風呂上がりに食べるからアイス美味しいのに……」
棒アイスをペロペロと舐めるツユの横に座るが、彼女は特に気にした様子もなくVtuberの動画を観ている。
部屋に戻るのにもまだ早い時間だし、ソファに居座ることにする。
本気で嫌だったらツユはすぐに部屋に戻るだろうから、横に座るのはOKなはずだ。
「さて、と」
俺はスマホを取り出す。
まだアプリのデイリーミッション消化していないし、寝る前にSNSや通知のチェックなども終わっていない。
切り抜き動画をじっくり観る時間すら惜しいが、BGM代わりに聴いておこう。
「……あ?」
今日会った明星マネージャーから、メールが届いていた。
確かにメールを送るとは聴いていた。
でも、数十件送って来るとは聴いていない。
『雑誌に今度女性ファッション誌にコスプレをコンセプトとした企画が上がっています。一ヵ月以内に彼女を説得できるだけの情報を下さい。情報共有は仕事を円滑に行う上で重要なことです』
『既に帰っていると思いますが、連絡はまだでしょうか? せめて一言返信を下さい。学生の内はそれで通じても、社会人になったら通じないですよ。若い内に常識と教養を身に着けた方がいいと思います』
『何度もすいません。何かあったのでしょうか? 三十代になっても落ち着きがないと言われますが、どうしても今度の仕事は成功させたいんです。結果が出ないと異動になるんです。上司に嫌味を言われたくないので、あなたも協力してください。あの子の輝かしい未来の為にも』
などなど。
ズラリとメールが並んでいた。
ちなみに電話も一件着信があった。
今日出会ったばかりでここまで距離を詰められると怖い。
あと、訊いてもいないのに自分語りする人は、経験上ヤバイ人が多い。
「ヒエッ」
俺の様子がおかしいことに気が付いたのか。
背後から勝手に俺のスマホを眺めて、ツユが喉から声を出していた。
「どうしたの? 兄さん、これ。また新しい面倒臭い女の人にちょっかい出してるの?」
「酷い偏見を持った言い方は辞めてくれ。……もしかして、アイから何か訊いてるか?」
「何かって? もしかして、兄さんと事務所に行った事?」
「え? そこまで知ってるのか?」
最近仲が深まっていそうなアイと少しぐらいなら情報共有しているのか?
と勘ぐったが、まさかそこまで知っているとは思わなかった。
「まあ、兄さんと一緒にいるじま――いや、報告? があったから。あの人、結構連絡細かいよね。既読スルーしても勝手に連絡してくるし」
「……俺と同じパターンだな」
付き合っている時、俺も既読スルーしていたが、ツユもしていたのか。
まあ、ツユは俺と同じく面倒臭がり屋だからな。
「このメールだけど……」
ちょっとした迷惑メールみたいになっているけど、
「アイよりかはマシだな……」
「比較対象が特例過ぎません?」
アイの方が送られてくる数は多かったし、あっちの方が送らない時の面倒くささが酷かった。
だからこんなメールを送られても冷静でいられる。
「どうするんですか?」
「どうするも何も、一つずつ返信するしかないだろ。この人なりにアイのことを考えているのかも知れないし」
穏便に事務所の誘いを断りたいと思っているのだ。
だったらちゃんと相手をした方がいい。
「どこの業界もマネージャーって癖あるんですかね……」
「? どういう意味だ」
「いえ、何でもないです」
ツユはソファに座り直すとボソリと呟く。
「……今は忙しいみたいですから邪魔、したくないですね……」
「何か言ったか?」
「いいえ、何でも。アイスのおかわりしようと思って」
そう言うと、ツユは本当にアイスを冷凍庫から持ってきた。
「まだ食うつもりなのか?」
お腹冷えるし、満腹じゃないのか、とツッコミを入れようとするが、ツユの持ってきたアイスのパッケージを見て目を剥く。
「おい! 待て待て。それ俺の分のアイスだろ」
食べられないように、ちゃんとペンで名前を書いていた。
なのに、わざわざ俺のアイスを持ってきていた。
期間限定の味で今しか食べられないやつなんだが。
「食べられるの嫌ですか?」
「当たり前だろ!!」
「――じゃあ一緒に食べませんか?」
背中に回していた手を出すと、そこにはツユの分のアイスがあった。
そっか。
ただ単に俺と一緒にアイスを食べたいだけか。
なら、しょうがないか。
まだ、切り抜き動画を観終わっていないし、少しぐらいは付き合ってやるか。
「まっ、いいけど」
「やった!」
ツユの喜ぶ顔を隣で見られれば、もう一回歯磨きする手間ぐらい大したことない。
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