第87話 Mの後輩は四校定期戦に参加する

 ナナクサさんが倒してしまったポリバケツの片付けを手伝っていると、


 ――あっ、迎えが来たみたいだからまたね、ソラ。今日、また連絡するから。

 ――ああ、分かった!


 となって、アイはそそくさと帰ってしまった。

 そのせいで、ナナクサさんと二人きりになってしまった。


「ど、どうもー」

「え? 何が?」

「あっ、いや、あの、その、なんでもないです……」

「…………」

「…………」


 気まずい。

 何か余計な事を言ってしまったんだろうか。

 しゅん、としていてナナクサさんは頭を下げている。

 何でもいいから喋りかけないと。


「な、何してたの?」

「あっ、本を買ってたんです。小説の新刊が出てたんで。それでたまたまお二人を見かけたから、逃げようとしたんですけど見つかっちゃったんです」

「に、逃げなくてもいいのに……」

「まあ、ちょっと、学校以外で知り合いと話すのが、苦手なんですよ」


 さっきから目線が合わない。


 どうやら俺と会話したくないみたいだ。

 手短に済まそう。

 あと、二つ、三つぐらい挨拶程度の会話をしたら、ここを立ち去ろうかな。


「買ったのって、どんな小説なの?」

「『斎藤道三の娘に転生した私は本能寺を燃やさせない』っていう小説です。いいんですよ、これ。織田信長を死なせない為に、転生した主人公が現代知識を使って信長をサポートする話なんです。画期的な兵糧や、一揆させない為の刀狩りの知識も細かくてですね、それに、アレ、アレですよ。信長は戦上手として誤解されがちですけど、それは違っていて実はその場のノリと特攻で勝っているような人なんですよ。どっちかというと政治家としての側面が強いんです。その辺は策士孔明にも共通している点で、実力よりかはそのカリスマ性が――」

「あ、うん。ごめん。もう十分です」


 オタク特有の早口怖いです。


 自分の好きなことだったら饒舌になるタイプみたいだ。

 さっきと比べて眼を輝かせているので、会話には成功したみたいだけど、逆にこっちが引いてしまった。

 少し気を付けて質問しないといけないかも知れない。


「好きなんだ? 歴史系ってやつ?」

「そう、かも知れないですね。昔の偉人って格好いいし、逸話もあって面白くないですか? 英霊とか好きなんですよ、私」

「う、うーん。まあ大河ドラマとかだったらたまに観るかも知れないけど……」


 過去の出来事を題材にしたって、勉強をしているって感じがして読みづらい。

 そういう作品って歴史を知っている前提で話を進められることが多いから、ハードルが高いんだよな。

 ちゃんと知識があれば面白いのかも知れないけど、そこまでの知識はないからな。


 歴史のテストで点数がとれていたとしても、出来事そのものについての知識はない。

 事変と事件の違いすら曖昧だからな、俺は。


「信長の第六天魔王って肩書きがカッコいいですよ。シュレディンガーの猫とかパンドラの箱とか朱雀玄武白虎青龍とか良くないですか?」

「ま、まあ、それはちょっと分かるかも知れないけど」


 中学二年生の頃はそういう単語に心惹かれてたかも知れない。

 漫画とかゲームで敵の組織が出て来た時にテンションは上がった。

 四天王とか、そういう単語で呼ばれていることが多い。


「それに、部長に認められる小説を書きたいなら、信長に近い人を題材にしたかったんです」

「どういうこと?」

「好色家で有名な羽柴を題材にするよりも、蘭丸と衆道の関係にあった信長の方が先輩にはウケがいいと思ったっていうのもありますね」

「え? だからどういうこと?」

「だから両刀の方が――いや、すいません。失言でした。知らないんですね? 忘れてください。今の言葉は」

「?」


 よく分からないけど、部長……ミゾレが好きってことか、信長を。

 確かにそんな話を聴いたことがある気がする。


「というか、彼女さんとのイチャイチャタイムを邪魔してすいませんでした」

「イチャイチャはしていないし、それに彼女ってことでも……」

「え? 何ですか?」

「なんでもない……」


 マネージャーを騙す為に、アイと彼氏彼女のフリをしたことをすぐに訂正したいが、まだアイは事務所を辞められていない。

 ここから事務所は近いので、関係者が通りかかるかもしれない。

 だからハッキリとしたことは言わない方がいいかも知れないので、適当に誤魔化す。


「それより本、やっぱり買うぐらい好きなんだな。流石は文芸同好会」


 本なんて買うこと自体が凄い事だと思う。

 漫画やゲームだったらまだ分かるが、本を買った経験なんてほとんどないかも知れない。


 夏休みの読者感想文だって、図書館まで行って借りるのが普通だ。

 ライトノベルであってもわざわざ自分の金を出して買うって、相当の本好きなんだろうな。


「勿論、好きってこともありますけど、『文芸四校定期戦』の為にも参考の為にいっぱい本を読んでおこうかと思って」

「『文芸四校』……? 何? 何かあるの?」

「文芸部が同好会になっちゃう前からある伝統みたいなんですけど、付近の高校四校の文芸部同士で、どの高校が一番面白い文芸作品を書けるか競争するイベントがあるんです」

「交流会みたいなものか」


 他校の文芸部がどこかで集まって、作品を見せ合うのかな?

 運動部だったら聴いたことあるけど、文芸部で四校定期戦ってあるんだな。


「はい! ただ、私達の高校はそれに参加するのを辞めていたみたいなんです。だから、今回色んな人と掛け合って、それを復活させるようにしたんです」

「凄いな……


 一から何かを始めるよりかは、以前やっていたことを復活させる方が楽だろう。

 だが、それでもこの行動力は尊敬に値する。


「同好会を存続させる為には何かしらの実績が必要なので! 本来だったらプロになる為のコンテストに参加したい所なんですけど、まず、それ以前の話なので、まず『文芸三校定期戦』だったものを『文芸四校定期戦』にしたんです!」

「へー。凄いね。それって誰がやったの? ミゾレ?」

「い、一応、私が」

「えっ? 本当に!?」


 てっきりミゾレが主導で行っているかと思っていたけど、一年生のナナクサさんが行っているのは想像外だった。


「えっ、凄いね!! 大変だったでしょ?」

「いや、ほとんど先生がしましたよ。私は立案しただけで……他校の文芸部の人と電話で話とかはしましたけど……」

「それでも凄いと思うよ!」

「そ、そうですかね、えへへ……」


 他校の人と連絡を取り合うってだけでも勇気がいることだろう。

 しかも三校とも連絡したんだろう。

 結構大変だったはずだ。


「部長にはまだそういうのは早いって反対されましたけど、最終的には認めてくれました」

「反対? なんで?」

「他校の文芸部の人達と作品の読み合いをするので、今の私の作風でいいのかって話になったんですけど、歴史ものを書くってなったらなんとか納得してくれました」

「……ミゾレとはうまくいってる?」

「なんですか、いきなり」

「いや、結構ミゾレに色々とキツく言われてたらから大丈夫かなって思って」


 ミゾレはナナクサさんに言い過ぎている気がする。

 普段はそうでもないのだが、自分の好きな物となるとミゾレは口調が強くなる。

 ああいう言い方されて、ナナクサさんは大丈夫なのか、フト不安になった。


「大丈夫です。私Mなので」

「ええっ!?」

「あっ、ハードの方じゃないですよ、ソフトMです。ロウソクとか亀甲縛りとかは無理ですけど、私、ああいう風に罵倒されるのは好きです。だって期待されてるってことですから!」

「変な所でポジティブだね……」

「勘違いしないで下さいよ。誰でもいい訳じゃないです。尊敬している部長だから罵られても気持ちいいだけなんですから」

「そうですか……」


 そんな力説されても反応に困るだけなんだけど。


「でも、今回は特に強く言われたから、疑問だったんですよ。どうしたんですかね、部長は……」

「……もしかしたら、ミゾレも不安なのかも知れないけどね」

「……部長が、不安?」


 ナナクサさんは、思っていたよりも精神的にタフみたいだ。

 だけど、ミゾレはそうじゃないかも知れない。


「やっぱり、他校の人に自分の小説を読ませる経験って初めてだから不安なんじゃないかな? それで不安なのかも」

「でも、部長、小説は凄いですよ」

「まあ、そうなんだけどさ……。日本で一番売れている小説を読んだことあるけど、俺には合わなかったからさ……。だから、凄いからといって他人に認められるって訳でもないんじゃないかな」


 薄い本だから俺でも読めるかな、って思って日本で一番売れている言われている小説を手に取ったことがあるけど、大きな間違いだった。

 書いている内容も文章も難しくて、全く頭に入ってこなかった。


「『こころ』ですか?」

「うん。時系列がバラバラで、読んでいて何が何やら分からないんだよね、あれ……」

「私も苦手といえば、苦手ですけどね。スカッとするようなハッピーエンドとか、無双系が好きなので……。ただ、一回読んだだけだと理解できないような作品だからこそ、あれは売れているんだと思います。売れている小説って、時系列バラバラの作品多い気がするんですよね……」

「ふーん……」


 あれを読むぐらいだったら、数学の参考書の方を買うな。

 絶対そっちの方が理解できるからだ。


 読書家の人はよくあんな難解な小説読めるよな。


「『四校定期戦』頑張ってね、応援してるから」

「そうですね。ちゃんと活動して生徒会の人に眼を付けられないように気を付けます」

「それって、俺のこと?」

「いえ、そんなことは……」


 そう言いながらもナナクサさんは、目線を逸らしていた。

 まだ俺達の心の距離は遠そうだ。


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