第85話 元カノは野生のコスプレイヤー
事務所側は、どうやらアイを最終的にコスプレイヤーにしたいらしい。
本人の解答的には、
「私、コスプレには微塵も興味ないんだけど」
あまりにもあっさりとした否定だった。
「そもそもコスプレして人気が出るものなの?」
アイは懐疑的な眼付きで明星マネージャーを見ている。
アイはコスプレについて全くの無知らしい。
どうやら俺の方が詳しいようだ。
「出ます。男子からは勿論。可愛い系のコスプレだったら女子からだって人気が出るはずです」
「……確かに、少年誌のグラビアの半分くらいはコスプレイヤーですね」
「そうなの?」
アイは少年誌すら目にする機会が少ないみたいだ。
読んでいたとしても単行本ぐらいか?
俺からすれば、コスプレイヤーがどれだけ少年誌の表紙を飾っているのか、実際に過去の雑誌を並べて教えたいぐらいだ。
「ああ。今の時代、グラビアアイドルが表紙になるっていう方が珍しい気がする」
グラビアアイドルを本職にしている人間は年々少なくなっているはずだ。
漫画の表紙を飾るのは本職のグラビアアイドルよりも、声優、アイドル、コスプレイヤーが多くなっている。
たまにグラビアアイドルが表紙を飾っても誰か分からない事が多い。
それよりかは、他のジャンルで有名な人が表紙を飾っている方が目立つ気がする。
そう思っているのは雑誌を作っている側もだろう。
需要に合っていると思っているからこその、コスプレイヤー起用なのだろうから。
「時代はグラビアアイドルよりもコスプレです。テレビでもコスプレ特集があるぐらいですし、動画サイトにもコスプレイヤーは進出しています」
「そうなんだ。……私はあんまり興味持てないけどね」
興味のない事に関してはいつも通り冷たい反応ではあるけど、コスプレに興味がない人はみんなこんな感じのリアクションになるだろうな。
地上波のバラエティ番組に出たり、歌手デビューをしたりするコスプレイヤーだっている。
そういうことを普段から知識として頭に入っていれば、もう少しリアクションが違うのかも知れない。
俺はある程度コスプレイヤーの知識があるから別の心配がどうしても頭から振り払うことができない。
「コスプレイヤーが人気あるっていうのは分かりましたけど、だからといってアイに務まりますかね?」
「……さっきからどういう意味? 私にできないってこと?」
「お前は目的を忘れるなよ」
この明星マネージャーを諦めさせたいんじゃないのか?
せっかく俺がフォローしているのに、自分からコスプレイヤー志願してどうするんだ。
「星野さんは逸材です。彼女の今の立ち振る舞いを見てください」
「…………?」
俺はアイを見るが、素人目からは何も感じ取れない。
姿勢がいいからモデルとして映えるとか、そういうことなんだろうか。
「彼女は日常的にコスプレをしているんですから!」
自信を持って言い放つ明星マネージャーに、俺は言葉を一瞬失う。
何を――といった反論の言葉を言おうとするが、よくよくアイの様子を見ると、
「た、確かにコスプレだな、これは」
普通の格好をしているとは思えない。
普段からこういう頭のおかしい格好をしていても、アイならそこまで違和感がない。
「彼女を一目見た時に確信したんです。こんな恥ずかしい格好で往来を闊歩できる度胸と覚悟は、彼女にコスプレイヤーとしての才能があると!!」
どうやらこのドレス姿は今日だけじゃなく、以前も着ていたようだ。
その時にスカウトされたんだろう。
ずっと明星マネージャーの根拠のない自信が疑問だったが、こうしてマジマジと見るとアイには才能があるのかも知れない。
「……ねえ? 私のこと馬鹿にしてる?」
「とんでもない! 最大級の賛美です!!」
明星マネージャーは大量の服を机の上に並べると、
「グラビアアイドルとなると衣装代がかかります。中には、その衣装代もアイドルの給料から天引きされることも……。ですが、コスプレイヤーをするとなると、その問題が解決されるケースもあります」
力説を始める。
並べたコスプレ服の中には、ウェディングドレスや、猫耳パーカーやら、警察服やら色々あった。
中には何かのアニメか漫画の服と思わしき物もあった。
この中には雑誌側が作ったコスプレ服もあるのだろうか。
「漫画の衣装を着るとなると、その漫画の宣伝になります。つまり、雑誌の出版側もお金を出すということです」
「衣装代に自腹切らなくていいってことですか?」
「そいういうことです」
お笑い芸人がコントで使うセットは自作っていうのは聴いたことがある。
だが、服が自腹?
初耳だ。
この事務所だけじゃないんだろうか。
それだけお金がない。
儲かってない。
といった意味に捉えられる。
だが、こんな自信満々に言うってことは業界の常識なんだろうか。
「今の時代、連載されたばかりの作品の宣伝の為に、コスプレイヤーを起用して知ってもらう時代になっています。コスプレイヤーが漫画界のインフルエンサーのような役割になっているんです」
ゲームの宣伝としてはVtuberがインフルエンサーになっている。
だが、漫画のインフルエンサーはコスプレイヤーになってきているんだろうか。
「マニアックな格好になるのは最初だけですよ。コスプレイヤーは、結局みんな普通の格好になるんですから。ほら。ウチの所属タレントが載っている雑誌ですけど、みんな普通の格好をしていますよね?」
雑誌を見せられる。
だが、それを見るまでもなく、俺は少年誌の表紙を見ているから知っている。
コスプレイヤーなのに、コスプレをしていない人がほとんどだ。
みんな普通の水着やら服を着て、コスプレイヤーを名乗っている。
「コスプレイヤーの黎明期は同人即売会での撮影会ですが、そこでの需要は体操服や制服などといったニッチな需要に応えるコスプレ服だったと思います。ですが、今やコスプレイヤーはメディアに露出するようになりました。テレビに出るのだって普通になっています。年収だってそこらの野球選手よりも貰っている人だっています」
今のトップコスプレイヤーの年収は一億とか言っていた気がするな。
その人は同人即売会での出身だった気がする。
「みんなの眼に止まるようになったので、こういう風に普通の格好をするようになりました。最早コスプレイヤーはコスプレをする人ではなく、グラビアアイドルやコスプレイヤーを統合したような存在となりました。だからこそ、コスプレ界隈がこちらの世界の登竜門となっていると思います」
「…………」
「…………」
明星マネージャーの熱量に俺達は圧倒されてしまった。
適当に言い逃れできるような空気ではない。
本気で答えなければ、この人を納得させることはできない。
そう感じ取ったからこそ、俺達は言葉を失ってしまった。
「星野さん。私はあなたとなら本気で雑誌の表紙を飾るアイドルになれると思っています。もっと高みに立ちたいと思うのなら、私と一緒に夢を見てみませんか?」
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