第84話 明星マネージャーから服を着せられる
部屋には行ってみると、そこには長机とプロジェクターやらあって、会議室みたいなところだった。
座っている人は一人だけ。
眼鏡をかけた女性で、キッチリとした服装をしているキャリアウーマンといった感じだろうか。
年齢は20代後半ぐらいに見える。
眉間に皺が寄っていなければ美人なんだろうが、指を机で何度もトントンしていて常に機嫌が悪そうだ。
この人がアイを道端でスカウトした人なんだろうか。
アイがマネージャーに呼び出されたと言っていたから、この人が担当ということには間違いないだろう。
「遠い所からご足労ありがとうございました。星野さん。そして……そちらは?」
「私の彼氏です!」
食い気味でアイが答えると、ピクンと眼鏡をかけた女性は眉を上げる。
少し溜息をつくと、俺のことを値踏みするように上から下までジックリと観察してくる。
「そう。……あなたが」
「――はい。アイの彼氏です」
俺とアイは彼氏彼女。
そういう設定にしたのだ。
貫き通すしかない。
――私、やっぱり怖いの。モデルをやるのが。
学校でアイにそう切り出された時は、流石に俺は困惑した。
――え? 今更何言ってるんだよ。やりたかったんじゃないのか?
アイは既に読者モデルをやることになったらしい。
そうやって自慢されたのに、いきなり弱気になってしまっていた。
――読者モデルだけならまだしも、もっとやって欲しいって言われてて。
――もっとって、プロになるってことか?
――分からない。もっと詳しい話は後日するって。その時にできればついてきて欲しいの……。
高校生ぐらいの時にモデルとしてスカウトされてプロになりました。
そしてそのままタレントに転向して、芸能界に入りました、なんて自己紹介はテレビで何度も見飽きている。
アイはその辺のテレビタレントよりも綺麗だと思う。
だからそんな声がかかるのは当たり前といえば当たり前のことだった。
でも、実際になるってなったら怖気づいたってことか。
そりゃそうか。
自分の人生が左右されるようなこと、簡単に決断できる方がおかしい。
――でも、なんで本当に今更迷ってるんだよ。
――私の考えなんて言わなくても分かってるでしょ。……モデルのスカウトを受けたのは、本当は……ソラの気を引きたかっただけなんだから。
――え?
――言わせないでよ、バカ……。
そっぽを向いて顔を赤らめるアイに、俺はその先の言葉を紡ぐことができなかった。
いつもそうやって感情表現してくれていたら、もしかしたらまだ別れていなかったかもしれない。
そう思えるぐらいその時のアイは可愛かった。
――断ろうとしたんだけど、適当にやるかもしれないみたいな曖昧な返事をしてたらあっちが本気になっちゃって、それで……。
――断り切れなくなったと。
何ともしょうもない話だった。
身も蓋もない言い方をすれば、ただの自業自得というお話だ。
こんなの全部アイが解決するべきことで、俺は無関係だ。
――その事務所は彼氏ご法度らしいの。だから、ソラ。私の彼氏になって欲しいの。
――無理だよ、そんなの。
――ソラ。
足早に去るべきだった。
ただ、そうしなかったのは多分、アイの赤らんだ顔を見たせいかもしれない。
――フリならやってやる。彼氏のフリならな。
――ソラ!
モデルの誘いを断り切れなかったのは、どう考えてもアイのせいだ。
だが、どうやら俺の為を思って取った行動らしい。
なら、少しぐらいならば協力してやってもいい。
――よし! それなら設定を固める為にデート行きましょうか!
――え?
――オシャレなカフェや水族館でも行って本物の彼氏と彼女ですっていう雰囲気を醸し出すの! 大事でしょ! 嘘と見破られない為に!
――いや、どうせまた俺に奢らせる気だろ。どうせ、お前俺の金で遊びたいだけだろ!
――そしてついでに妹のツユちゃんにもその写真送って、私はこんなに奢ってもらったって自慢しよ!
――やめろ!! 俺の財布の中が空になる!!
とまあ、好き勝手にアイが言ってきたが、ほとんどその望みは却下した。
俺ができることといえば、こうして彼氏のフリをして、マネージャーに付き合っているアピールをすることだけだった。
担当マネージャーには、アイから既に言っているらしい。
彼氏がいるから読者モデルをできないと。
さて、どうなるか。
固唾を飲んでマネージャーがどんな言葉を返すのか待っていた。
だが煮え切れなかったのか、アイから質問をする。
「彼氏はご法度なんですよね? だから――」
「いいわよ、別に」
「え?」
あっさりとした担当マネージャーの言葉に、俺は耳を疑った。
それはアイもだったようで、俺の様子を伺う。
うん、確かに言った、という意味で頷くと、アイは確認の為にマネージャーに再度質問をする。
「でも、ウチの事務所は彼氏いたら駄目なんじゃ……」
「表向きはね。でも、モデルになるぐらい美人な女性が彼氏を作らないって無理でしょ? だから私達マネージャーも諦めてるの。正直、こうして話してくれてこっちとしては助かってるぐらいだわ」
さもありなんといった返しだった。
それもそうか。
日本でトップクラスのアイドルですら恋愛をして、謝罪することはザラだ。
プロ意識のない読者モデルだったなら恋愛ぐらいして当然か。
この担当マネージャーの様子からすると、そういう恋愛の問題に随分と慣れているようだ。
「私達事務所に隠れて、別の事務所の人やスポンサーのお偉いさんと付き合ったいせで、枕営業をすっぱ抜かれたり、変な遊びを覚える方がよっぽど酷いもの。制服ってことはあなた同級生?」
「は、はい……」
「なら余計にありがたいわ」
急に話を振られてつまらない返事しかできなかった。
担当マネージャーはそんな俺の事を気にせずに話を続ける。
「こうして顔合わせもできてありがたいぐらいよ。別れろとは言わないから、そのままあなたは事務所に所属してもらいたいわ」
「あー」
困ったようにアイはこちらを見てくるが、何も俺は返せない。
本当にどうしよう。
今日の予定だと彼氏がいるからこの話は終わりです。
という計画だった。
だが、いきなりその計画は破綻してしまった。
それ以外のプランなんて二人とも考えていない。
「おい。どうするんだ? 余計に事態が拗れただろ」
「しょうがないでしょ!? 私だってこうなるって知らなかったんだから!」
二人で仲間割れしていると、担当マネージャーの人は暇だったのかバッグを漁りだす。
そして名刺を取り出すと俺に渡してくる。
「私、こういう者です」
「あ、すいません」
名刺を貰うなんて人生初かも知れない。
勿論俺は名刺なんて持っていないから、どんなものかしげしげと観察してみる。
ドラマとかでしか見た事がない物だから新鮮だ。
思っているよりも簡単な文しか書いていない。
肩書き、所属、それから名前が書いていた。
担当マネージャーの名前は――
「明星明乃さん……」
「好きに呼んでいいですよ。まあ、明星マネージャーと呼ばれることが多いですが」
明星マネージャー、か。
仄暗そうな性格とは正反対の名前だな。
「明星マネージャー……さん。あの、アイはやりたくないって言ってるんです。どうにかなりませんか?」
「ソラ……」
アイが言えないのなら、俺がしっかり言うしかない。
「……星野さんが本気でしたくないと言うのなら、私から無理強いすることはできません。ですが、私は説得を続けたいと思っています。私はアイさんほどの逸材はいないと思っています。我が事務所に所属すれば、モデルとして成功できるかも知れません」
「かも、なんですね」
「絶対じゃありませんよ。運と実力の世界ですから、私達にも誰が売れるか絶対に分かる訳ではありません。ですが、アイさんには才能があると思います。才能がある人が挑戦しないで諦めるのは良くないことです。それは罪深い行動だと私は思いますね」
「…………」
随分とアイのことを買い被っているようだ。
彼女は確かに綺麗だ。
でも、だからといってモデルにすぐになれるとは思えない。
「あの、なんでアイをそこまで?」
「彼女はウチの事務所の方針にピッタリの人材なんです」
「方針にピッタリというと?」
明星マネージャーは少し考える素振りを見せると、
「彼氏さんは、読者モデルというとどんな方を思い浮かべますか?」
「それは……スタイルが良くて、色んな服を着こなせるファッションリーダー的な存在ですかね?」
「そうですね。概ねそういう考え方で合っていると思います。ですが、それだけだと埋もれてしまいます」
読者モデルについては正直詳しくない。
ただ、家に女性は二人いる。
一人はぐうたら寝てゲームをしている妹だが、姉の方はファッション雑誌を購買していて家にあるから、ある程度の知識はある。
読者モデルとは、街角でスカウトされ、雑誌に載っている印象だ。
女性のファッション雑誌に出てきて、カリスマとか言われるような存在だ。
ファッション雑誌には男を落とす5つの方法とか、今月の占いとか、全く興味がでないような胡散臭いものしか載っていないから興味が出ない。
男が少年誌を読む代わりに、女性はファッション雑誌を読んでいるイメージだ。
その雑誌にアイが載るってことはきっと誇らしいだろうし、それに憧れて一生を終える人だっているかも知れない。
「女性が憧れる女性像だけでは、女性の支持しか得られません。読者モデルは、若い女性にしか人気が出ないんです。私達はもっと窓口を広くした新時代の読者モデルを売り出したいと思っています」
「……対象年齢を引き上げたモデルとして売り出すってことですか?」
読者モデルは確かに年上の女性からしたら、あまり興味が出ないような存在かも知れない。
だけど、成人以上の女性が綺麗だと思う女性となると、アイは当てはまりづらいかも知れない。
自分と同年代か年上の存在に憧れるはずだ。
だとしたら、アイがこれほどまでに明星マネージャーの御眼鏡に適うのは矛盾している気がする。
「いいえ。あくまでターゲット層の年齢層は学生にしたいんです。今の時代、モデルの世界も飽和状態なんです。その中で売れようと思うなら、SNSでバズらせることが一番手っ取り早い。そしてSNSを一番使用するのは学生です。学生を狙い撃ちします」
「……なんだか、さっきと言っていること矛盾してない?」
アイの言う通りだ。
明星マネージャーの言っていることはさっきと全然違う。
「星野さんにはいずれ読者モデルから、グラビアアイドルになってもらいたいと思っています」
「えっ!?」
「…………!」
明星マネージャーの言いたい事が分かった気がする。
ターゲット層を縦に伸ばすのではなく、横に伸ばすのか。
「なるほど。男のファン層を取り入れるってことか」
「その通りです。彼氏さん。……中々、頭の回転が早いですね」
「え? どういうこと?」
「まあ、男ウケするような衣装も着るってことじゃないか?」
最初にデビューをするのは女性雑誌。
そして、そこから男性雑誌に売り出す順番を明星マネージャーは考えているのだろう。
ただ、あまりにもターゲット層が違う。
今のままだと机上の空論に過ぎない。
「本来ならば中学生――いや、小学生から読者モデルをやって経験を積んで欲しかったのですが、この際関係ありません。今すぐして欲しいです。今このタイミングを逃すと、モデルとしての道は閉ざされると思っていいです。モデルとして活躍できる期間はあまりにも短いんですから」
まあ、読者モデルからグラビアアイドルの転向まで考えているのなら、確かに早い方がいいだろうな。
女性からも、そして男性からもファンを獲得したい。
そういう発想なんだろうけど、そう上手くいくか?
もしも男性ウケを狙うのならば、多分、水着、が無難だろうな。
下着姿に近いやつとか。
だが、そういうものを女性が好むかな。
服装だけでなく、化粧の好みも男と女で違う気がする。
大体ファッション雑誌の女性で化粧が濃いんだよな。
あんな化粧しても男性ウケ良くないのに、これで男子は一ころとか書いてあるから全く信用できないんだよな、女性ファッション誌っていうのは。
「……具体的にアイにはどういう衣装を着せるんですか?」
「いい質問ですね。一応、話し合いの為に具体的な服を持ってきています」
明星マネージャーは近くにあったカーテンみたいなものを勢いよく広げると、そこには服とハンガーラックがあった。
「これ、は?」
ただの服ではなかった。
勿論、水着などではなかった。
男ウケ、女ウケを狙った服。
普段着などでは決してなく、そしてモデルであっても着こなせないような癖のある服ばかり並んでいた。
「そうです。アイさんにはコスプレ服を着てもらいます!!」
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