第83話 周りに人がいてもバカップルであり続ける
待ち合わせ場所にアイが来た。
俺を見つけるや否や、特に急ぐ様子もなく優雅に歩いてきた。
お陰で微妙にどこを見ていればいいのか分からず、意味もなくスマホに視線を落としたりした。
「感心ね。今日は遅刻しなかったんだ」
「毎回遅刻をしているつもりはないんだけどな」
アイにとって、自分よりも遅く着たら待ち合わせ時間より早く到着しても遅刻認定なのだ。
あまりにもそれが不愉快だから、今回はいつもよりも早めに待ち合わせ場所に到着していた。
アイが俺の後ろを訝しそうに見る。
「……なんか誰かと一緒にいなかった?」
「ああ。まあ、駅までの道訊かれただけだ」
「……ふーん」
別に隠すことでもないが、偶然ユーリと会った事は言わない方がいいだろう。
この前みたいに無駄に話が長くなりそうだ。
「それより、ほら! どう!?」
「どうって?」
アイはその場でターンをして、スカートを翻す。
そしてこちらの反応を伺うだけで他に言葉を発しない。
どうやら何かを察して欲しいようだが、何も思いつかない。
「もう! 私の今日の私服について素直な感想を聞かせて!」
ああ。
そういうことか。
いつもアイと会う時は制服姿が多いからな。
普段と違う服装だから褒めてってことか。
別れてからアイの服装に対する義務の褒めを忘れていた。
ようやく平和になったと思ったら、またこんな聴き方されるなんてな。
「素直に頭おかしいなって思う」
「頭おかしいなって!?」
ただ、もう我慢する必要はなくなった。
別れ話をして言い争いしてから、俺達は前よりもっと距離が近くなった気がする。
だからもうアイのことを素直に表現できるようになった。
別に積極的に貶すつもりない。
そこらの庶民ができる格好ではないから、素直にそうやって評価している。
アニメ映画に出てくるお姫様みたいなフワフワなフリルがついたドレスをしている。
ヒールを履いて、ここまで電車やバスで来られたとは思えない。
また細長い車体である自家用車で送ってもらったんだろうか。
「これから社交ダンスでもするのかっていう格好はどうなんだ?」
「そっちだって何で制服? もっと普通の格好はなかったのかしら」
「……これしか正装らしい正装がなかったんだよ」
これから会う相手は大人だ。
しかも仕事の話をしなければならない。
そうなってくるとちゃんとした服装で邂逅しなければ失礼に当たる。
でも、スーツなんて高級な物は持っていない。
だとしたらどこでも通用できる制服しか俺には思いつかなかった。
一々服装に突っ込まれて嫌な顔をしつつも、俺は歩き出す。
目的地がどこかは教えて貰ってはいるが、俺は初めて行く場所だ。
なので、アイに先導してもらう。
「住所は、ここだったよな?」
住所だけは聴いていたので、地図アプリに住所を打ち込んでみる。
すると、カーナビみたいに歩行ルートが表示されて、後何分で到着するか教えてくれた。
「そうね。一応、近くに行くまではアプリ開いたままでいてもらっていい?」
アイも行き先の順路について自信がないようだったが、近くまで行くとアプリに視線をやる頻度は極端に少なくなっていった。
アプリが目的地についたことを告げると、俺はスマホをポケットに入れる。
「ここか?」
「ええ。ここよ」
俺達はビルの前に立った。
思っていたよりも大きなビルだった。
十階建てぐらいだろうか。
ホームページで検索しても建物の見た目が分からなかったから不安だったが、一度は来たことがあるアイがそう言うのなら安心だ。
正直、大人を連れて来た方が良かった気がする。
実際、この前アイは大人と一緒にここを訪れたらしい。
だが、今回はどうしても俺と二人きりで来たかったらしいので、俺達はこうして芸能事務所にデートと称して来たのだ。
アイは受付の人に話しかける。
「すいません。少しいいですか? 星野という者なんですが」
「アポイントメントは取っていますか?」
「はい――」
受付の女の人とアイが話している。
どうやらこの事務所に入る為には、色々と受付がいるらしかった。
俺は暇なので周りを見渡す。
花の飾りつけや、光沢のある壁に、それから雑誌のグラビアアイドルの写真が貼ってあったり、雑誌が並んでいたりした。
どこか俗っぽい雰囲気がある建物という印象を受ける。
――私、モデルとしてスカウトされたの。
そうアイが前に話していた。
そして、実際に雑誌のモデルとしてデビューすることになったらしい。
話し合いをして、そして高校生にしてプロとして活躍することになり、マネージャーと顔合わせをすることになった。
そんな俺には全く関係ない話をアイからされたのだが、
――採用されることになったんだけど、ソラ、私と一緒に来てくれない? いや、来るよね? 来ないと絶交だよ?
そんな事を言われた。
別に絶交してもいいけど、とか言おうものならきっと憤慨するだろう。
だから俺はアイと一緒に連れ立って、こうしてマネージャーとの三者面談の保護者枠としてこうやって来たわけだ。
普通、こういう時は家族が一緒に来るものだけど、アイの親は仕事で忙しいだろうからな。
それで俺に白羽の矢が立ったわけだ。
俺は俺で忙しいということを、アイは知らないらしい。
「それではこのタブレットに名前とその他の入力をお願いします」
「は、はい」
アイはタブレットを操作して、名前やここに来た理由を入力していく。
ふと見ると、受付の横に『ペーパーレス』の張り紙があった。
タブレットで受付をするのは確かにペーパーレスなのだが、『ペーパーレス』の張り紙は紙なんだけど、それはいいんだろうか、と内心でツッコミを入れていると、
「そちらの方は?」
受付の人がやんわりと、俺のことを不審者でも見るような目つきで観てくる。
「私の彼氏です!」
アイは元気よく答える。
一瞬、受付の人は目をパチクリさせるが、あまり深く関わり合いになりたくないと思ったのか、事務的な対応をしてくる。
「……それではあなたもこちらに入力をお願いします」
「は、はい」
俺が入力している間、沈黙が気まずかった。
手早く入力し終えると、受付の人は名札を渡してきた。
「無くさないように、名札を首にかけてお入りください。お帰りの際は忘れずに受付であるこちらにご返却をお願いします」
はい、と二人で返事をして、これからどうやって上の階へ行こうと思案していると、受付の人が色々察したのか説明してくれる。
「エレベーターがありますので、五階の奥にあるCルームをお使いください。そちらに行けば、星野様の名前が書かれた紙が貼ってあると思うのですぐに分かると思います」
「ありがとうございます!」
さっさと向かって行ったアイの代わりに頭を下げる。
そのままついていくと、エレベーターに乗り込む。
相変わらずのクソ度胸だ。
大人達がいっぱいいるビルの中を、こうも堂々と歩けるものなのか。
俺なんて場違い過ぎて口の中が干上がっている。
――と、アイの手が小刻みに震えているのが目に映った。
自分の弱みを他人に知られるのを極端に嫌うからな、こいつは……。
「緊張しているのか?」
「――別に」
アイは早口で言い終えた後に、フト、何かを思いついたのかクシャリと顔を歪めて笑う。
「やっぱりちょっと緊張しているから、手でも繋いで貰おうかなー」
こいつのことはよく知っているつもりだ。
こういう風に何でもないように装っている時こそ、一番辛かったり困ったりしているのだ。
だから、
「ほら」
「えっ?」
俺は手を差し伸ばす。
アイの手の震えが止まるんだったら、いくらでも俺の手を貸してやる。
まあ。
手を繋ぐぐらいどうってことない。
このぐらい握手と何ら変わりないんだから。
「今は俺がアイの彼氏だからな」
「……たまに優しいね、ソラは」
「いつもだろ」
「うん、そうだね……」
ポーン、と音を立ててエレベーターが止まる。
「――っ!」
ドアが開くと、スーツ姿の女性が戸惑いの顔を一瞬するが乗り込んできた。
俺は思わずアイと繋いでいた手を振りほどこうとするが、力強く握ってきたので、俺は振りほどくのを諦めた。
「何階ですか?」
「六階です」
アイと手を握ったまま、乗り込んできた人が行きたい階をもう片方の手で押す。
この人に俺達はどう見えているんだろう。
高校生のバカップルなんだろうか。
もう手を繋いでいるところをバッチリ見られた俺は開き直って、そのまま目的の階につくまでずっとアイと手を繋いだままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます