第82話 男装の麗人はお嬢様を抱く
俺とアイは付き合うことになった。
紆余曲折あったが、元の鞘に収まったってことだ。
ということで、そうなってくるとまずは、
――デートしましょっ!
というアイのお誘いがあったので、外で待ち合わせすることになった。
スマホで時間を確認するが、
「まあ、遅れるよな……」
待ち合わせ時間だというのにアイの姿はない。
いつも通り遅刻みたいだ。
こっちが遅刻ギリギリの時間に到着したら文句を言う割に、自分の遅刻には甘い。
ただ、遅刻することは付き合いが長いので分かり切っていた。
なので、予定の時間に間に合うように早めの時間で待ち合わせしていたので助かった。
「はあ……」
遅刻の連絡さえないスマホから目を離して、噴水に目線をやる。
規則的に流れる噴水を見ると心が落ち着くが、待ち合わせ場所をここにしたことを後悔してきた。
お店の中だったらもっと時間を潰せた。
スマホで時間を潰すのもアリだけど、今月は使い過ぎて速度制限かかりそうだから使いづらいんだよな。
そう思いながらボウッと広場の噴水を眺めていると、
「ん?」
人影が横切った。
一瞬だったが顔見知りな気がして思わず声が出てしまった。
その人が振り返ると、
「オウッ!! 遠藤天!! 奇遇ですね!」
「あ、ああ……」
留学生であるユーリだった。
確かに学校の外で会うのは奇遇だし驚いた。
だが、それよりもツッコミたいのは彼女の服装だ。
「どうしたんだ? その服?」
「ああ、えっ、と、これ?」
明らかに返答に困っている。
もしかして訊いてはいけなかったんだろうか。
学校の制服ではない彼女の私服は紳士服を着込んでいた。
男であっても、学生はまず外出時に着こまないだろう。
それに艶や質感からして服が高級そうだ。
ちゃんとしたお店で買ったような服に違和感が凄い。
「これは、あの、その……バイト、みたいな?」
「バ、バイトの服装なんだ?」
紳士服を着込むようなバイトって、想像できないんだけど。
カラオケとか喫茶店でこんな格好をするんだろうか。
流石に私服な訳なかったのか。
でも、私服と言われても似合ってるのが凄い。
ほっそりとしていて身長はスラリとしているので紳士服も似合っている。というか、多分俺が着るよりも似合うだろう。
格好よくて、女性から人気が出そうだ。
「どんなバイトなんだ?」
「あー、これは主に使える仕事というか……」
「もしかして、メイド喫茶、いや、執事喫茶みたいなものか……」
「ま、まあ、服装的にはそうかも知れないですねー」
男の娘喫茶とも言うんだろうか。
そういう喫茶店があるのは知らなかった。
色んな種類のお店が増えてきているので俺も把握しきれない。
「日本に来たら、本当は私もメイド喫茶でバイトしてみたかったんですけどね……。忙しいし、近くになかったので」
「まあ、家から近いっていうのはバイト先を決める上で重要だからな」
通いやすいし、何より働ける時間を確保できる。
どれだけそのバイト先で働けるかっていうのは、家の距離と関係するっていうのは痛いほど分かる。
ここは学校から遠いから、この辺にユーリの家があるのかな?
「でも、バイトしているんだな」
「ワットゥ? バイトしていたら駄目なんですか?」
「ああ! そういうことじゃなくて! 周りでバイトをやっている奴がいなかったからビックリしただけ!」
「まあ……。日本に帰って来たのにお金がかかったので仕方ないんです。バイトでもしないと自由に使えるお金がないんですよ」
「そ、そうか……。家庭の事情はあんまり聴きたくなかったかも知れない……」
よく考えたらそうか。
普通の引っ越しでもかなりの費用かかるからな。
国内間の引っ越しでも何万はするのに、海外からの引っ越しとなったらそれだけお金もかかるか。
家の為にバイトをするって偉いな。
俺は自分の為にバイトしているだけだもんな。
「そちらこそ、もしかして今から学校ですか?」
「ああ、そういう訳じゃなくて。行かないんだけど、制服じゃないといけない所があって」
「ワット?」
なんて説明しようか迷っていると、ユーリの横で女性が躓いてしまった。
「あっ」
俺は身動き一つとれなかったが、ユーリの行動は素早かった。
「大丈夫ですか? お嬢様」
アスファルトにキスしそうだった女性を、抱きしめるようにして支えた。
あまりの動きの速さに眼が追い付かなかった。
それぐらいの早業だった。
横で一部始終を見ていたはずの俺ですら一瞬、状況が掴めなかった。
死角から助けられたこけた女性は余計に分からなかったんだろう。
いきなり現れた男装の外国人女性に助られるという、まずあり得ないシチュエーションに本人は困惑している。
「は、はい……。すいませんでした」
大学生ぐらいの女性に見えるが、明らかに狼狽していた。
顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
むしろ、ユーリの方に余裕があって年上のように見えるぐらいだ。
「いいえ、それよりもお嬢様のことが心配です。足は挫いていないですか?」
「は、はい……」
こけてしまったのを助けられた羞恥心のせいか、女性の顔が真っ赤だ。
何度もユーリにお礼を言うと、もう一人の女友達と一緒に去って行った。
「今の人見た? 顔小さっ! 綺麗! 若い子の顔を見たお陰で私の寿命長くなったんだけど」
「お人形さんみたい! 顔整い過ぎじゃない!? 私もあんたみたいに間近でご尊顔を拝見したかったわ!」
興奮気味に友達と話しているせいで、色々と本音が聴こえてしまっている。
もう少し小さい声で話せなかったんだろうか。
距離が離れていても明瞭に聴こえたんだけど。
「――ウッ」
ユーリがいきなり蹲る。
さっきの女性との絡みの時に、どこか怪我でもしたんだろうか。
「ど、どうした?」
「は、恥ずかったあああああ」
「え?」
さっきまで冷静に話していた執事とは思えないぐらい、顔に手を当てて狼狽している。
ちょっと可愛い。
「初対面の人に『お嬢様』呼びをしてしまいました。――バイトの癖が出てしまいました」
「何かと思ったらそんなことか。まあ、喜んでたからいいんじゃないか?」
バイトの癖でお嬢様呼びしていたのか。
メイド喫茶って客のことを『ご主人様』って言うらしいけど、執事喫茶はきっと『お嬢様』って言うんだろうな。
その癖が出てしまったせいで、どうやら落ち込んでいるらしい。
別にいいのにな。
本人達はこっちが引くぐらい喜んでいたし。
「でも……」
まだ思い悩んでいるユーリをどうやって慰めてやろうかと葛藤していると、視界にアイの姿が映った。
「あっ、連れが来たみたいだ」
「そうですか? 邪魔するのも悪いですし、私もこれで」
「そうか?」
別れ方が少し淡泊な気もするが、もしかしたらバイトの途中かも知れない。
忙しいのかもな。
まさかバイトの格好のまま家に帰る訳はないだろうから、休憩途中にご飯を買いにでも来たのかも知れない。
「アリーヴェデルチ」
「あ、ああ、またね」
恐らくは英語で『さようなら』の意味であろう言葉を残して、ユーリは手を振って行った。
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