第81話 元カノによる一生のお願い

 初対面でありながら気が合ったユーリと別れを告げた俺は踵を返した。

 そのまま校舎内に入って教室にでも戻ろうとすると、


「あれあれあれぇ!?」


 必要以上の声を放ってくる奴がいた。

 振り向くと、そこにはわざとらしく手を当てて驚いているフリをしているアイがいた。


「転入生とイチャイチャしている人がいると思ったら、私の! 元カレの! ソラさんじゃないですか!? ああ、嘆かわしい、嘆かわしい!!」

「五月蠅いなあ!! 声の大きさの調整ミスってるって!!」


 周りを見渡すが、俺達以外に人はいないようだ。


 内心ホッとする。

 アイは周りに人がいようがいまいが、いつだってエンジン全開だからだ。

 久しぶりに会うとカロリー消費が大きそうだ。

 覚悟をして喋らないと。


「そもそも何が嘆かわしいんだよ」

「あんなに私にベタ惚れだったのに、あっちの女にフラフラ、こっちの女にフラフラ。そんな体たらく体たらくじゃ私という元カノの存在価値が下がるじゃない!!」

「……何を言っているのか一切分からない」


 日本語で話しているはずなのに、何も耳に残らない。

 さっきのユーリとの会話との方がよっぽど心通じ合っていた。


「フラフラがどういう状態を指すのか分からないけど、別に何もしていないだろ」

「何言ってるんだか。花見の時は生徒会の先輩に。プールの事故の時は学校の後輩でもあるスクール生とイチャイチャしていた癖に」

「……え? なんでそんなこと知ってるんだ?」


 どれもアイが知り得ない情報だ。

 SNSで情報発信した記憶はないし、したとしても知り過ぎている。


 花見の件は最近仲が良くなっているツユから聴いている可能性はあるが、プールの件もツユから聴いたのか?


「ほら。逃れられない証言がそれ。他の女に目移りしているせいで、私のことなんて眼中にないんでしょ? ジムのプールにだって、花見の公園にだって私はいたのよ」

「いや、いたのか?」

「いたわよ! バッチリ!!」


 い、いたのか?

 全く覚えがない。


 たまたま居合わせただけか?

 だとしても、絶対に来れない場所がある。


「公園はまだ分かるけど……」


 公共の施設なら誰でも入れる。

 だが、ジムとなると話は別だ。


 プールの大会の観戦には関係者しか入れなかったはず。

 ジムの関係者に、選手、それからその保護者。

 それぐらいしか入れないはずなのだ。


 それなのに、部外者であるはずのアイが来ていた?

 そんなことできないはずだ。


 入る為には必ずジムの入り口を通るはず。

 その入り口で受付をした人間じゃないと、会場にまで辿りつけないようになっていたはずだ。


「ジムのプールって入れるの限られてるだろ。一体どうやって入ったんだ?」

「それは、保護者席に座ってたのよ」

「いや、だからどうやってだよ。まさか兄弟姉妹が会場にいたのか?」

「そんな訳ないでしょ!」

「だよな……」


 アイは一人っ子だったはず。


 なら、いとこか?

 いとこがプールの選手だったなら入れるんだろうか。

 保護者席に座れるか微妙な線な気がする。


「私の知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの知り合いが選手の保護者だったのよ」

「それ、もう完全に他人だろ!!」


 知り合い六人辿ると世界中の人間と繋がれると言われているけど、完全にそれじゃないか。

 受付もよく他人を通したな。

 セキュリティがガバガバ過ぎるだろ。


「ともかく! 私以外の女とは話さないでね!」

「家族に女子がいるからもう無理だな」

「うっ! そ、そうなのよね……。ある意味一番のライバルはあの姉妹なのよね……」


 そう言うとアイは頭を抱える。

 何かよく分からないけど大変そうだな。


 とりあえず、これで話は終わったようだ。

 こいつから話を切ることはほとんどないから、俺から切らないと一生このまま話続けることになる。

 さっさと切り上げてしまおう。


「じゃあなんか納得しているみたいだから、そろそろ俺はこれで」

「ちょっと待ちなさい! まだ本題話してないでしょ! 何話の途中で帰ろうとしてるのよ!」

「話の途中だったんだな……」


 結局何がいいたのか最後まで分からなかったけど、本題があったんだな。

 長々とどうでもいいことを話し込んでしまった。


「それで? 何を俺は聴けばいいんだ?」

「お願いがあるの」


 両手を重ねて甘い声を出してくる。

 可愛らしい仕草だが、こういう言い方をする時は大抵俺が痛い目を見ることになるのは安易に想像ができる。


「断る」

「お願い。一生のお願い」

「その台詞何度目なんだだろうな。お前の一生何回あるんだろうなあ」

「…………」


 駄目だ。

 訊いてやらないと話が進まない。


「……俺にできることか、それは?」

「むしろ、あなたにしかできないことよ」


 アイは不敵に笑うと、


「ソラ。私とまた付き合って」


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