第80話 留学生ユーリと間接キスをする

 お茶を奢ってもらい、こっちは炭酸ジュースを買ってあげた。

 これで貸し借りなしだ。


 だというのに、何故かまだ金髪碧眼美少女は俺の近くを付き纏っていた。


「……どうしてついてくるんですか?」

「どうせだったらもっと話しませんか? もっと話をして日本語の勉強したいんです!」

「…………」


 こちらの都合は一切考えないタイプの人らしい。


 しょうがない。

 少しだけ付き合って話していれば、満足してどこかへ行ってくれるだろう。


 ベンチがあるので座ると、すぐ真横にストン、と座って来た。


 物理的にも平然と距離を詰めてくるな、この人。


 ただまあ、一々反応するよりかは、さっさとこの人と別れてしまおう。


 ペットボトルを傾けて飲んでいると、熱い視線を送られる。

 もしかして、と思っていると、


「……緑茶も買えば良かったですね」

「いる?」

「いいんですか? ありがとうございます」


 少しは遠慮するかと思ったけど、金髪少女は躊躇いなく俺のお茶に口を付けた。


「あっ」

「? どうかしましたか?」

「いや、何でもないです」


 俺のお茶を飲むにしても飲み口に唇を付けずに浮かして飲むかと思ったけど、普通に口付けたな。


 関節キスになるけど、外国の人って挨拶でキスをするイメージあるからな。

 間接キス如きで一々狼狽えるような文化はないのかも知れない。


「やっぱり緑茶はいいですね。日本の文化は好きです。お茶や天ぷら、ラーメン。カレーに焼きそばパン!」

「う、うーん……」


 微妙に日本の文化でありながら、日本の文化じゃないものが混じっている気がするけど、外国の人からしたら全部日本の文化みたいなものなんだろうか。

 本家の国に申し訳なくなってしまう。


「……もしかして交換留学生の方ですか?」


 ウチの高校は最低でも一年に一人は交換留学生がいる。

 季節的にはズレがあるけど、交換留学生の人なんだろうか。

 外国人でウチの制服を着ているってことは、ここの生徒であることには間違いない。


「いいえ。父親の仕事の関係で。アメリカのネバタからここにやってきました」

「ネバタ……」


 ネバタってどこだっけ?

 日本の県ですらたまにどこがどこだか分からなくなるぐらいだから、アメリカの州を言われてもピンと来ないな。

 とりあえず、アメリカの人だってことは分かった。


 今更ながらたまに片言にはなるけど、流暢な日本語を話す人だ。

 最近日本に来たとは思えない。

 何年も日本に滞在していてもおかしくないぐらい日本語が上手だ。


「でも、日本語上手なんですね」

「元々日本に住んでいたことがありましたから。それにアニメでも日本語の勉強してますから」

「それでか……」


 変な日本語や英語がちょくちょく挟まれるのは、日本のアニメの影響なのかも知れない。

 日本のアニメって外国人に有名らしいからな。

 下手したら俺よりも日本のアニメ詳しいかも知れない。


「二年生、ですか?」


 首を傾げて聴いてくる。


「はい。そっちは?」

「俺も二年生です」

「オウ! だったら敬語じゃなくてもいいですよ。私は敬語じゃないと、逆に日本語が難しいので敬語で喋りますけど」

「は、はあ……」


 日本語は尊敬語、丁寧語、謙譲語とかで言葉や語尾が変わるから、外国人だと全部統一した方が話しやすいのかな。


「それでも日本語上手ですね」

「日本語は好きですからね。勿論、日本の文化も好きです。……ただ、日本人はあまり好きじゃありません。日本人は嘘と裏切りを平気でします」

「そ、それは凄い偏見です――だね……」


 嘘と裏切りをよくするって、そんなこと言い出したら世界中の人間、国境関係なくするだろうに、なんで日本人だけ?


「日本人は本心と行動が全然違っていて怖いです。ニコニコしているのに、陰口を叩いています。それなら最初から親切面で話しかけなきゃいいのに」

「……それは日本人の俺もそう思うけど……。でもまあ、『思いやり』ってやつなんじゃないかな?」


 気遣いの文化だよな。

 それが日本人のいいところでもあり、悪い所でもあると思う。

 でも俺はやっぱり気遣いあった方がいいと思うけどな。

 日本人の日本びいきかも知れないけど、いきなり初対面の人に感情ドストレートに『失せろ』って言われたくないよ。


「『思いやり』なんて言葉で誤魔化していても、それは嘘じゃないですか。嘘つきは嫌いです……。日本人はすぐに裏切る。でも、あなたは違うみたいですね。ちゃんと本心で話している。私、あなたのことは好きになれそうです!」

「す、好きって……」


 流石はアメリカの人。

 照れというものが一切ない。


 裏表がない人ってことは話していてよく分かった。

 最初は印象が良くなかったけど、ただただ正直な人って思えば悪い人じゃないのかも知れない。


「剣崎優里です。ユーリって周りからは呼ばれています。よろしくお願いします」


 ユーリは親交を深める為に握手を求めて来た。

 こちらが拒否することなんて一切考えていないような真っすぐした目線で、手を差し伸ばしてくる。


 俺は笑みを返すと、彼女の手を握る。


「遠藤天です。俺は、遠藤とかソラとか、好きな呼び方で呼んでいいよ。こちらこそ――よろしくお願いします」


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