第79話 金髪碧眼美少女に罵倒される

 桜が散り始め、春の終わりの足音が聴こえてくる季節になった。

 学校の渡り廊下を歩くと、気が早い生徒が半袖の制服を着ている。

 まだ肌寒い日が続くので、俺はまだ長袖を着て目的地へとゆっくりと足を進める。


 パンの訪問販売場所の横。

 気持ちのいいぐらい日光が差し込むその場所に、自動販売機が設置されていた。

 喉が渇いていたので購入しようとしたが、生憎と先客がいた。

 俺はICカードや小銭のチェックをする為に財布を漁り出すが、


「…………?」


 一向に先客がジュースを買おうとしない。

 何を購入するのか迷っているのだろうか。

 自動販売機の隅々まで視線を送っていて、選択の自由に苦しんでいるのとも違うような気がする。


 そのまま待っていようか、それとも他の自動販売機を探そうか。


 そう黙考していると、後ろに人がやって来て並んでしまった。

 このまま何もしないという選択肢が俺の中で消えたので、先客に声をかける。


「あの、どうしたんですか?」

「ワッツ?」

「…………っ」


 先客が振り返ると、俺は思わず言葉を失う。


 顔が整いすぎていたからだ。

 金髪碧眼にすらりとした身長をしていて、肌も白い。


 胸は小ぶりだけど、多分、女の人だよな。

 スカートを履いていて、それを下着が見えそうなぐらいギリギリまで上げているし。


 パッと見だと性別がどちらか分からないぐらい綺麗で中性的だ。


 何もかもが日本人離れしている見た目をしていて驚いてしまった。

 無理に取り繕うとして、俺はより一層柔らかな物腰で、



「失せろ」



 眼をパチクリした。


 おかしいな。

 この子の口から『失せろ』という口汚い言葉が聴こえた気がした。


 見た目とのギャップがあり過ぎて脳が一瞬ショートしてしまった。

 日常生活を送っている時に、初対面の人間の初めての言葉が罵倒なのはまずあり得ないだろう。


「あ、あの……」

「失せろ」


 どうやら幻聴じゃないらしい。

 力強く睨め付けられてしまった。


 こんなに正面切って敵意剥き出しの人も珍しい。

 少しは隠すものだ。


「えーと」

「黙れ小僧」


 駄目だ。

 こっちが低姿勢だと話が全く進まない。

 早口でこっちの要求を伝えよう。


「ちょ、ちょっと周りの人が迷惑しているんで早くジュース買ってもらっていいですか?」

「周りの人? あなたが迷惑しているだけじゃないんですか? 自分の苛立ちを他人に押し付けないでください」

「…………」


 いい加減腹が立ってきた。

 自動販売機でジュースを買いに来ただけなのに、見ず知らずの人にここまで言われないといけないんだ。


「ああ、そうですよ! 俺が苛々しているから、早く買ってもらえませんかねぇ!!」

「…………!」


 強めの語調で伝えると、金髪碧眼の少女は目を見開く。


「――ソーリーボーイ。実は買い方が分からなくて……」

「ボ、ボーイ?」


 ボーイ、って子ども相手に使う三人称じゃないんだろうか。


 外人から見ると日本人って子どもに見えるらしいけど、流石に制服を着ていて同じ学校なのに子ども扱いされたくないんだけど。


「お金を入れて、何か欲しいものを買えばいいんですよ」

「ハウ? どうやって?」

「…………」


 冗談ではなく、本気で困っているように見える。


 この人、もしかしてさっき自動販売機全体に視線をやっていたけど、初めて見たんだろうか?

 自動販売機ぐらいどこにでもありそうだけど。


「どれが飲みたいんですか?」

「…………」


 無言で炭酸飲料を指刺す。


 それっきり何もアクションを起こさない。

 俺は心の中で嘆息を吐きながら、最後まで面倒を見ることを決意した。


「小銭とかカードとか持ってます?」

「…………」


 おずおずと上目遣いをしながら財布を開ける。

 小銭はあるが、え、えーと、これが100円で、とおぼつかない手付きで触っていたので、俺が代わりに投入口に入れてあげる。

 そしてボタンを押すと、ガコン、とお目当てのジュースの缶が転がる。


 それをしゃがみ込んで手に取ると、まるで宝物を見つけたかのように目を輝かせはしゃぎ出す。


「おお、すごい! ジィイニアスッ!! 天才!!」

「い、いや、誰でもできますから」


 むしろ高校生にもなって一人で自動販売機のジュース買えなかったらヤバすぎる。


 ただこんなにも喜んでもらえると、こっちまで嬉しくなる。

 観ていて微笑ましい限りだけど、俺もさっさと買わないと後ろの人達に批難されてしまう。


「良かったですね。――それじゃ。俺も何か買いますんで」

「待って! お礼に何か私に奢らせて欲しい!」

「いや、いいですから」


 何回か押し問答を続けていると、後ろから舌打ちが聴こえて来た。


「早くしろよ」

「待ってんだけど」

「並んでいる人いるんですけどー」


 早く買わないと。

 ザッと自動販売機のラインナップに目を通す。


 炭酸は高い。

 水は遠慮し過ぎて逆に気遣われそう。

 なら、水よりかは高くて、炭酸よりかは安い飲み物を奢ってもらおうかな。


「じゃ、じゃあ、お茶で」

「イエス、マイロード!!」


 畏まった妙な言い方をされたけど、了解って意味でいいんだよね?


 最後まで変な気分になったけど、これでようやく肩の荷が降りた。

 俺はその時そう思った。

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