第77話 姉の友達がほぼ全裸のまま襲いかかって来る
「……音は消したつもりだったんがな」
「音が消えていたから逆に避けられたんですよ……」
「! ……どういうことだ?」
「え、えっと……」
説明するのが難しいな。
ぶっちゃけ偶々避けられただけなのに、ここまで突っ込まれるのちょっと怖いんだけど。
そもそもこの状況と、早乙女先輩の格好で上手く思考がまとまらない。
バスタオル一枚羽織っているとはいえ、身体が全て覆われている訳ではない。
胸の膨らみが見えるし、足のラインも分かるし、ある意味全裸よりもエロい格好をしている。
風呂に入っていたから顔が上気していて色っぽく見えるし、視点をどこに定めていいのか分からない。
「足音を消していたから、しっかり洗濯機の音が遮断されているのが分かったんですよ」
「? 音が遮断?」
「ほ、ほら。俺と洗濯機の間に早乙女先輩が立っていたから、そのせいで洗濯機の音が遮断されたんです。それで俺の近くに立っていると分かったんですよ」
足音や物音を立てていたら何も思わなかっただろう。
でも音を消しながら背後付近に立ち始めたら、誰だって何かあると思うだろう。
だから咄嗟に屈んで拳を避けたのだ。
「私が壁になって音を遮断していた? それが分かるぐらい常に気を張っているのか?」
「え? いや、偶々ですって。なんとなく耳を澄ませていただけですよ」
こんないい方をしたら、俺が必死になって早乙女先輩の衣擦れの音を聴こうとしていたみたいに勘違いされないか心配だ。
「じゃあ――なんでわざと私の目潰しを喰らったんだ?」
本当に。
本当に一瞬思考に空白が生まれてしまった。
「――え? 何の話ですか?」
「惚けんな。お前、公園で避けられたはずの目潰しを敢えて喰らっただろう? そんなこと、常に気を張っていないとできない芸当だと思うが?」
「いやいや、わざと喰らった訳ないですよ。普通に避けられなかったんですよ」
「……なら、なんで二回目はより深く私の手刀を喰らったんだ?」
「…………!」
切れ長の眼で早乙女先輩に睨まれる。
その眼力からは適当な嘘や誤魔化しは決して許さない覚悟を感じる。
「目に対する攻撃っていうのは本能で避けるもんだ。鍛えた格闘家であっても反射的に避けてしまう事が多い。だが、お前、一回目でダメージを軽減したな? それが不味いと思ってわざと二回目は避けなかっただろ?」
「……な、何のことですか? あんな実戦的な目潰し、避けられたなら避けたはずですよ」
「実戦的? 実践的な目潰しとそうじゃない目潰しを知っているような口ぶりだな」
「…………」
最もポピュラーな目潰しは、二本指を立てて相手の眼球に突き刺すやり方だろう。
だがそれは直線的な動きでガードされやすいし、突き指をする危険性がある。
ピンポイントに『点』で狙うよりかは『線』で目潰しをする方がよっぽどリスクが低い。
だから手刀のような形や、スナップを効かせた目打ちで潰してくる実戦的な目潰し方法がある。
喧嘩をしたことがある人間だったら、そんなの常識の範囲内だ。
なのに、ここまで大袈裟に言ってくる早乙女先輩の方がおかしい。
「実戦的な目潰しを道場で教える訳ないよな? それを知っているってことはお前が実戦で自分それを使ったか、使われたか、もしくはその両方なんじゃないのか?」
「い、いやいや、そもそもそんな目潰しをした早乙女先輩の方がヤバイじゃないんですか!?」
「私のことは今どうでもいい!!」
「え、ええ……」
こ、この人、全然話聞かないな。
思い込みが激しいし、こっちの話に耳を傾けようとしないし。
ただ、少し合っている部分もあるから即座に反論するのも難しい。
「……弟、お前が悪名高い中学時代に日常的に殴り合いの喧嘩をしていたんじゃないのか?」
「け、喧嘩ぐらいならしたことありますよ? でも、日常的にそんなバイオレンスなことする訳ないじゃないですか!?」
喧嘩ぐらいだったら誰だってやる。
殴り合いの喧嘩をしたことがない人もいるかもしれないが、そうせざるを得ない状況がきたら誰だって手を出すはずだ。
その状況が何度かあったから俺は暴力を振るっただけだ。
それだけで、日常的に誰かと殴り合いの喧嘩の経験なんてない。
「……日常的に暴力を振るっていなかったとしても相当な修羅場は潜って来たんじゃないのか?」
「い、いえ。ご期待に沿えないかも知れませんが、普通の家庭に育った普通の男子高校生です……」
修羅場って。
過去を振り返ってみても普通のことしかしていない。
家だって普通だ。
家族が離婚して再婚しているけど、今の時代珍しくないだろう。
もっと闇深い家庭は世の中にいっぱいありそうだ。
「花見の時。お前は即座に行動できていたな? ウチの書記や会計が右往左往している時に、お前は最善の策を打ち出していた。ただ頭がいいだけの奴には無理だ。修羅場を経験していない奴にしか、な……」
「そ、そんなこと言い出したらライカさんや、早乙女先輩の方が凄いじゃないですか!」
実際に解決したのは二人だ。
あとゴリ山先生もついでに凄い。
俺はただ三人のポジションを変えただけだ。
実際には何もしていないに等しい。
「いいや、あの時私は解決策を思いつかなかった。ライカもだ。つまり――お前は私とライカの上をいったんだ。なのに……なんで自分の力で解決しなかった! それだけは納得いかない!!」
「ち、近い! 近いです! 自分の格好を思い出してください!」
興奮して俺ににじり寄って来るけど、バスタオルを巻いている姿で来られると、色々とポロリしそうになる。
「あ、ああ……。悪い……」
濡れた髪を触りながら、居心地が悪そうに頬を赤らめる。
この人にも最低限の羞恥心があってホッとした。
「……問題解決はできなかった。そう、俺じゃあのクレーム処理はできなかったですって! そもそもできたとしても、先輩達がいるのに俺が出しゃばれないじゃないですか!」
「船頭多くして船山に上ることはできないか……」
「え? センドウ?」
「指示を出す人間が複数いると、どっちの方向に進めばいいか分からなくなるってことだ。まあ、リーダーは一人の方がいいってことだな」
「な、なるほど」
よく分からないけど、俺があの時、自発的に問題解決できなかった理由は分かってくれたようだ。
「……惜しむべきはお前と同じ世代じゃなかったことだな。お前が生徒会長になって本領を発揮する時には、私は卒業した後だ。お前の勇士を見られないのは悔しいよ」
「あ、あの俺は生徒会長になる予定はないですよ」
「なれ。お前はならなくちゃいけない奴だ」
「む、無茶苦茶言いますね……」
そもそも生徒会にすら入っていないからな。
それなのに生徒会長になんてなれないだろうな。
生徒会長って勉強とか部活とかできて、人望もある人がやるイメージだ。
生徒の代表となるには色々と俺は足りないものがあり過ぎる。
「まあ、私が卒業しても、文化祭とか卒業式、お前に会いに行くから楽しみにしておけよ」
「そ、そうですねー」
早乙女先輩のことは好きだし、いつまでもお付き合いはしたい。
でも、この言い方だと喧嘩、というかお礼参りにでもきそうな言い方だ。
「な、なんだその言い方は。嫌なのか?」
「ぜ、全然! 全然! そんなことないです!!」
早乙女先輩に首元を掴まれていると、
「ソラ君。遅いけど、何している――の?」
ライカさんがバスタオルを持って脱衣所まで来る。
俺の帰りが遅いので、バスタオルを忘れてしまったのかと思ったんだろうか。
わざわざ持ってきてくれたようだ。
俺と早乙女先輩を見やると固まっている。
バスタオル一枚の早乙女先輩と、俺は密着している。
そして、早乙女先輩に首元を掴まれている。
どういう状況だ。
説明が全くできない。
同じシチュエーションで姉妹が脱衣所にいたら、俺も固まってしまうだろう。
な、なんてタイミングで来るんだ。
「ラ、ライカさん、こ、これは……」
何かいい訳や嘘が思いつかないかと、花見のトラブルの時よりも頭をフル回転させるが何も思いつかない。
ズンズンと足早にライカさんが近寄ると、
「烈火! 私のソラ君に何しているの!! 襲いかかっちゃ駄目よ! めっ!」
早乙女先輩の肩に手を置いて、俺から引き剥がす。
「え? 私が悪いことになってるの!?」
「当たり前でしょ!? どうせ烈火のことだからソラ君に迫ったんでしょ? なんでいつもそうやって乱暴なことするの!! ソラ君が可哀想でしょ!!」
ガミガミとライカさんは早乙女先輩に説教が始まる。
流石はライカさん。
俺よりも早乙女先輩のことが分かっているし、頭の回転が早い。
そして、早乙女先輩もライカさんにはたじたじで、上手く言い返せていない。
どうやら助かったようだ。
「あっ、ちなみにソラ君も後で説教だからね」
「え、ええ……?」
今回の脱衣所の一件はツユにも伝わり、夕食時は地獄そのものだった。
早乙女先輩がいればもう少し状況説明できたけど、彼女はそそくさと帰ってしまったので俺一人で難解な状況説明をする羽目になってしまった。
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