第76話 姉の友達が全裸で脱衣所にいる

 郡山先生が泥酔状態の父親に肩を貸してくれたこともあって、無事に俺達は家に帰れた。

 まずは早乙女先輩にはシャワーを浴びてもらうことになった。


 父親を部屋まで運ぶとウンウン唸っていたので、一応ツユが様子を見ることになった。

 寝たまま戻してしまったら大惨事だからな。


 余った俺とライカさんはというと、食器の片付けと夕食の準備だ。

 昼に持っていた弁当の箱を俺が洗い、夕食をライカさんが担当した。

 二人とも料理を作っているだけあって、限られたスペースの中でも邪魔をせずにお互いの作業を淡々とこなしていたのだったが、


 ――あっ、そういえば、バスタオル出してないかも……。


 ライカさんがそう呟くと、俺に懇願して来た。


 ――ごめん。ソラ君。烈火にバスタオル出しておいて。


 本来だったらライカさんが行くべきだろうけど、火を使っている彼女は手が離せなかった。なので、俺がお風呂場まで行くことになってしまった。

 正直、勘弁願いたかったが、近くにツユの姿もなかったので仕方ない。

 俺が行くしかなかった。


 ドギマギするようなシチュエーションでラッキーなんて感情はない。

 ただただ社会的に抹殺されないことを祈った。


「早乙女先輩、いますか?」

「ん? あ、ああ……」


 危なかった。

 一応、ドアをノックしておいてよかった。


 早乙女先輩が風呂場に行ってからそんなに時間が経っていないから、ドアノブを回して風呂場に入ろうかと思っていた。

 だが、シャワーの音がしなかったので思い直して、一応ノックをしたのだ。

 変なラッキースケベが発動しなくて良かった。


「早乙女先輩、今、ドアを開けてそっちへ行っていいですか?」

「……ああ、いいぞ」

「じゃあ、失礼します」


 自分の家で、しかも脱衣所の前でこんなに気を遣わないといけないってなんか変だな、と思いつつもドアを開けると、


「え?」


 堂々と早乙女先輩が立っていた。


 全裸で。


「きゃああああああああああっ!!」


 乙女みたいな悲鳴を上げたのは俺。


 ちゃんと脱衣所に入るのを確認したのに、何でこの人全裸なんだ。


 浴室のドアが開いていたお陰で湯気が立ち昇り、大事な所を隠していたけど、見えてはいけない所まで見えてしまっていた。


「ちょ、ちょ、ちょ、何してるんですか?」

「え? 何って?」

「なんで全裸なんですか!? ちゃんと確認しましたよね!?」


 目線を逸らしながら声を荒げるが、早乙女先輩は至って冷静だ。


「……ああ、まあ気にするな」

「気にしますよ!! 何なんですか一体!! 早く着てくださいよ!!」


 明瞭な声が返って来たから、浴室の扉で身体を隠しているかと思ったら、普通に立ってるんだもんな。

 ビックリした。


「少し考え事をしててな……」

「そ、そうですか。……もう、ちゃんと着替えてくださいね……」


 バスタオルを渡して俺は回れ右をする。


 なんか元気ないな。


 いつもはもっと豪快に笑ったりする人なんだけど、何か悩みでもあるんだろうか。

 異性がいても全裸になったまま考え事を続ける悩みなんて想像できないけど。


「……はあ」


 ゴウン、ゴウン、と近くの乾燥機が回っている。

 そういえば、早乙女先輩のジャージを乾燥させるとか言っていた気がする。

 でも、早乙女先輩自身は、もうとっくに渇いているから乾燥機の必要ないって言っていたよな。

 他の誰かが乾燥機を使っているのかな?


 ぼう、とそんな考え事をしていると、


「――――っ」


 後ろから異様な気配がしたので、俺は咄嗟にしゃがみ込む。

 すると、


「な、何するんですか!?」


 早乙女先輩が背後から殴りかかってきた。


 全裸を見られた怒りが、時間の経過と共に急に蘇ったんだろうか。

 もう少しで後頭部に渾身のパンチが入るところだった。


「……よく避けられたものだな」

「避けますよ!! そりゃ!!」

「そういう意味じゃない」


 バスタオル一枚身体に巻いた早乙女先輩は、真顔で呟く。


「避けられないはずの攻撃を、よく避けることができたなって意味だ」


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