第75話 弟の不始末の責任は姉が取る
邪魔者もいなくなり、腹ごなしが終わった。
一仕事を終えてすぐにでも帰りたかったが、しっかりと午後の部のボランティアもあった。
でも、
――今日は予定より早く切り上げるか。
――えっ、いいんですか? 郡山先生。
ライカさんが眼を丸めた。
郡山先生は優しくないから、そんなことを言いだした時は俺も聞き間違いかと思った。
先生もあのギャル達の相手をして疲れたのかも知れない。
それか、
――それに、この人をこのままにしておく訳にもいかないだろう。
ウチの父親がある意味ファインプレーをしてくれたかのかも知れない。
「うぅ、気分悪い……」
急ピッチで飲みまくっていたせいで父親はフラフラだ。
ずっと気分が悪そうにしていたので、郡山先生も気を利かせてくれたのかもしれない。
予定よりも数時間早くボランティア活動を切り上げた。
「飲み過ぎだって……」
「大丈夫ですか? お父さん」
「ああ、大丈夫です、先生。ありがとうございます……。揺れすぎるとキツイですが……」
自力で歩くのも困難だったのだが、郡山先生が肩を貸してくれることになったのだ。
男相手だというのに優し過ぎる対応だ。
意気投合したのがそんなに嬉しかったんだろか。
実際、気まぐれのような優しさは助かった。
郡山先生じゃないと父親は支えられなかっただろうから。
ということで、帰り道は父親、郡山先生、俺。
それから、ライカさんとツユと、早乙女先輩の面子で帰宅することになった。
他の生徒会メンバーは帰る方向が違うらしい。
公園で別れを告げた。
「いいだろ? たまには飲み過ぎたって……。ずっとお酒我慢していたんだから」
「そうだぞ、遠藤。たまにはお酒を飲まないとやっていられない時だってあるんだ」
「そ、そうですか……」
郡山先生が父親の擁護をするなんてシチュエーション、家を出る前は全く想像できなかったな。
「なんか、あの二人仲良くなってますね……」
「酒飲んでいる時、意外と気が合ってたかよな」
ツユも驚いている。
父親のあんな姿を見たのは始めてかもしれないな。
家だとお酒飲むのは父親しかいなから、あんな風に酔い潰れる姿は目にできないだろう。家族が酒に理解がなくてかなり寂しそうだったからな。
「いや、でも、ツユちゃん、ありがとうねぇ」
「え? 私? なんですか、いきなり?」
ツユが足の遅い父親に向かって振り返る。
「いやー、なんかお礼が言いたくなってさあ……」
「は、はあ……」
酔っ払い特有の脈絡のない言葉に動揺している。
俺は父親が酔って変なことを言う事には慣れているから、適当な返事しかしないけどツユはしっかりと受け答えしようとしているな。
酔っ払いに理屈は通じないから流しておけばいいのに。
「ツユちゃんとライカちゃんには本当に感謝しているんだ。ソラのことを孤独から救ってくれたから」
「……孤独?」
ツユが俺に説明を求めるようにして視線を寄越す。
だが、ただの酔っ払いの戯言だ。
「そ、そこまでぼっちじゃないって」
中学時代に、クラスメイトを家にほぼ連れてこなかったことを言っているんだろう。
俺の父親はそういうところ無駄に心配するからな。
友達なんていなくても別に困りはしないっていうのに。
それに、中学時代はちゃんとアイとか喋る相手は数人いた。
俺だって一人ぼっちじゃなかったのに、父親はそのことを知らないからな。
「くしゅん」
と――、可愛らしいくしゃみが聴こえた。
それは意外にも早乙女先輩だった。
「ぅわっ、変なくしゃみ出たな……」
「どうしたの? 烈火? もしかして風邪?」
ライカさんの質問を聞いた早乙女先輩は、俺に対して意地悪そうな視線を送って来る。
「……ああ。ライカの弟のせいで水を被ったんだ。その時に身体が冷えたせいかもしれねぇな」
「……ソラ君? 何したの?」
「いやいや! 何もしてないですよ!!」
この人は……。
ライカさんに冗談が通じないのを知らないのか?
それとも俺に恨みでもあるのか。
「……それじゃあ、烈火。ウチにきてシャワーでも浴びたら?」
「え? ライカの家に? でも、悪ぃだろ。家に帰ってから温まるよ」
「――遠慮なんてしなくていいんです。ここからだと烈火の家は遠いでしょ? 母さんはいないし、父さんはダウンしているから、気兼ねなく家に着ていいわよ。そのまま少し遊んでいってもいいし」
お世話モードに入ったな。
こう言い出したら多分、ライカさんは引かないだろう。
「いいでしょ? ツユ」
「私は、別にいいですよ。兄さんが早乙女先輩に何をしたのかも聴きたいですし」
「俺は何もしていないからな!」
家に帰ってからの釈明が大変そうだ。
早乙女先輩もちゃんと説明して欲しいけど、場を引っ掻き回すのが好きな人が俺のフォローをしてくれるとは考えづらい。
「……そうか。ならお言葉に甘えようかな。そもそも新しいライカの家って私行った事ないんじゃねぇのか? 気になるんだが」
「あれ? そうだった? 来てくれた気がするけど……。まあ、どっちにしろ烈火が遊びに来てくれると嬉しいわね!」
今の時間が時間だけに、早乙女先輩が家に居る時間は数時間程度だろう。
それぐらいだったら母親も帰ってこない。
気兼ねなく遊べるのは確かだ。
「妹の部屋も覗いてみてぇしな」
「わ、私の部屋はちょっと……」
「もう。また片付けてないの? まめに片付けした方が絶対楽なのに」
「姉さんと違って部屋が整頓されていない方が、私の作業効率は上がるの!」
女性陣の話が盛り上がって、少々割り込みづらくなってきた。
フト視線を外すと、郡山先生に行き着く。
そういえば、父親を運んでもらっていることに関してちゃんとお礼を言ってなかったな。
「すいません。郡山先生。わざわざ運んでもらって」
「……フン。わざわざお前に感謝を言われることでもない」
「そう、ですね……」
相変わらず素っ気ない。
こんなに郡山先生とずっと一緒にいたのは初めてだったけど、何も得るものはなかったな。
本当に地獄のような時間だった。
次また生徒会で何かする時は、先生が来るかどうか事前に聞いておいた方がいいかも知れない。
郡山先生が来る時は何かしらの理由を付けてバックれたい。
「――ただ、正直今日は助かった」
「え?」
耳を疑うような言葉が郡山先生から紡ぎ出される。
父親はほとんど意識ないし、他の女性陣は自分達の話に夢中になっている。
だからこそ、急に素直になったんだろうか。
声がいつもよりも穏やかだ。
「面倒な連中を追っ払うことができたのはお前のお陰だ。料理も上手かったし、今日は活躍したな」
「あ、ありがとうございます……」
何か変な物を拾い喰いしましたか? と冗談を言えるほどの仲ではないから、言葉を呑み込む。
普段憎まれ口しか叩かない人が普通に接してくるだけで、こんなにも嬉しいものなのか。
不良がいい事をしたらいい人に見えるアレだ。
ギャップで好感度が上がる。
「お前は問題児じゃないのかもしれないな。……私が変に考え過ぎていたのかも知れない」
これは……この人なりに謝ってくれているのかも知れない。
立場が立場だし、性格的にも生徒の俺に素直に頭を下げることはできない。
だから、これはずっと強くあたっていた俺に対する精一杯の譲歩なんだろう。
でも、それでも俺にとっては十分すぎる程の謝罪に聴こえた。
「こちらこそ――」
だけど、言葉の真意を掘り下げることはしない。
その代わりに、俺ももっと素直になろう。
俺もこの人のようにちゃんと自分の言葉で感情を表現しよう。
「今日は助かりました。――――ゴリ山先生」
「誰がゴリラだあっ!! やっぱり遠藤!! お前は問題児だあっ!!」
素直に言おうとしたら、ついつい本人が気にしている渾名で呼んでしまった。
それから帰りの道中全く郡山先生は俺と口を利いてくれなかった。
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