第72話 エモい桜の下で写真撮影
だらしない大人組が一時的に戦線離脱したことによって、お花見を存分に楽しめることができた。
「遠藤君って料理できたんだねー? 美味しいね! 今度作り方教えてくれる?」
「あ、はい、勿論!」
今日はずっと別行動を取っていた生徒会の人と、ようやくゆっくり会話することができた。
「桜、綺麗ね……」
「うーん。それより姉さん、私が買って来た団子知らない?」
わざわざ桜を見ながらお花見することに抵抗があったけど、みんながいるから楽しいと思えた。
儚くも美しく散る桜を見ていると、情緒を揺さぶられエモい気分になる。
花見もそんなに悪いものでもない。
そんな風に感じていると、
「うわっ」
突然真横から雑音が入って来た。
「チッ」
舌打ちしてきたのは、機材を抱え込んだ推定アラフォー男性だ。
さっき絡んできた人だ。
あちらもすぐに気が付いたようで憎々し気な顔をでこちらを一瞥すると、カメラのセッティングをし始める。
空気がガラッと変わる。
思わず周りを見渡すと、みんなも渋い顔をしている。
そういえば、お昼時になって沢山の人が場所取りをしていた場所にいるのに、隣のシートはずっと人が不在だったのが少し違和感だった。
あまりにも遅い到着だったが、ご飯を食べた後なんだろうか。
慣れた手つきで機材を組み立てているが、三脚が俺達のシートの上に乗っかる。
少しじゃなくて、誰がどう見ても三脚がこっちのシートに数十センチははみ出している。
「……すいません。少しはみ出してるんですけど」
自分一人だったら我慢していたかも知れないけど、ここにはみんながいる。
ライカさんが丁寧な口調で問題を指摘するが、
「はみ出してるから何なの? え? 一ミリでもはみ出してたら俺が悪いの? これぐらいいいじゃん!! そもそもお前ら何? そんな人数で花見とか場所取り過ぎだろ!! 少しぐらい場所譲れよ!! 譲り合いの精神を知らねぇーのかよ。常識だろうがよお!!」
ビクッと、ライカさんがビクつく。
度胸はある人だとは思うけど、あくまでライカさんは高校生だ。
四十ぐらいの男性が飛沫を飛ばす勢いで反論してきたらたじろくだろう。
ビックリするというよりかは、引いているようにも見える。
その年齢で分別がないのに気恥ずかしさの一つもないということに。
「……これだから餓鬼は……そもそも男と女が複数人で一緒にいるとか交わり放題じゃねぇか……公園の運営がチャラついたカップルは規制しろ……」
ブツブツと何やら文句を言っている。
お酒の匂いがこっちにまで匂ってくる。
アルコールのせいで気が強くなっているのか、さっきよりも言葉数が多く語調が激しい。
正直、もう関わり合いたくない。
どこかに退散するか、大人に任せてどうにかこいつを諫めて欲しい。
だが、
「ううーん。あと五分……」
とか言いながら、父親はムニャムニャ言っている。
肩を揺すっても駄目だ、起きない。
膝に置いてある首と身体に手をやって転がすと、うがっ、と野太い声を出すがそれでも起きない。
こんな時に限って熟睡してやがる。
なんて頼りになら――いや、タイミングの悪い父親なんだ。
「……あの、さっきの場所で場所取りしてませんでしたか?」
怒気を孕んだ早乙女先輩の声は低い。
流石にこの人は黙っていないよな。
カメラを首にかけたままの男性はたじろぐが、それでも、
「……は、はあ? だから何? 一人一か所しか場所取りしちゃいけないなんて法律どこかにあるの? 俺怒っちゃうよ? 俺、怒らせたらお前らボコボコだよ?」
「…………」
腕を振るって、自分が強いとアピールしてくる。
「おらっ! うぉら! うぇーい!」
上擦った声でイキってくる男性に、早乙女先輩も黙りこくる。
あまりにも哀れになってきた。
怒りもすぐに引っ込んでしまう。
筋肉はついてしないし、そもそも腕っぷしが強そうに見えない。
喧嘩もしたことがなさそうだ。
声が掠れて緊張していて、人とあまり喋ったことすらあまりなさそうだ。
「……どうする?」
「え、と……」
早乙女先輩にそう訊かれるけど、俺は上手く答えられない。
公園の受付まで行ってきて相談して、それでどうにか対処してくれるんだろうか。
注意しても、このカメラマンが素直にこちらの言う事に耳を傾けてくれるようには見えない。
カメラマンはもう話は終わったとばかりに、パシャパシャと写真を撮り始める。
それだけだったら、もうこの人の奇行には目を瞑ろうと俺は心に決めていたのだが、何やら撮る角度がおかしい。
素人目からも撮っているのは桜じゃなく、こちら側だ。
しかも俺じゃなく、早乙女先輩やライカさんを撮っているように見える。
もしかして、女子高生を撮っているんじゃないのか?
「あ、あのー。流石に辞めてもらっていいですか?」
「そうだよ。お前、私達のこと盗撮してんだろ。データを消してもらっていいですかね?」
その角度で撮っても絶対に早乙女先輩達は映ってしまう。
本当に写真を賞に送りたいんだったら、他の被写体は邪魔のはずだ。
私的な目的で撮ったとしかこちらは思えない。
「うるせーブス!! 自意識過剰なんだよ!! 誰がお前らなんか写真撮るかよ!!」
カチーン、とその場の誰もが硬直した。
カメラマンの視線はよりにもよって早乙女先輩に固定されている。
「……この人、自殺志願者ですか?」
ツユがそう呟くと同時に、ゴキン、と早乙女先輩が拳を鳴らす。
「――お前、死んだな?」
「ま、待って、待って、ね! 落ち着いて! 烈火!」
ライカさんが早乙女先輩に腕を絡ませて止めようとするが引き摺られている。
全体重を乗せていても止め切れていない。
そうとうブチ切れている。
「俺は未来の巨匠なんだよ!! だからお前らみたいなお気楽学生と違って遊んでいる余裕なんてねぇーんだよ!! 俺は寂しくないんだ!! 一人で努力できて偉いんだ!! 俺は他人に評価される写真を撮らないといけないんだ!! 邪魔するな!! 一人でストイックにならなくちゃいけないんだああああああっ!!」
ブチギレモードの早乙女先輩に向かってここまでの啖呵を切れるのは、ある意味大物なんじゃないだろうか。
だ、誰か来てくれないか。
誰かこの状況を打破してくれないかな。
このままだと本当に死人が出る。
「ねー、これ重いんだけど?」
「ねぇー? あっ、丁度いいじゃーん。ゴミ回収してくれる人達でしょ? この人達?」
本当に誰かが来たと思ったら、ゴミを俺達の前でばら撒いたギャル達だった。
手にはゴミを持ってまたわざわざ絡みに来ている。
難癖男性カメラマン一人の相手でさえ辟易しているのに、なんでこんなにヤバイ人が一堂に会することに?
「さ、最悪だ……」
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