第56話 元彼女の人生相談
「あー、困った。困ったなー。忙しい、忙しいなー」
ビクッと、水をかけられそうだった猫並みに驚いてしまった。
教室の角を曲がった先に奴はいた。
分かりやすく頭を抱えて悩んでいるようだ。
どうやら彼女は忙しいらしい。
回れ右をしたい所だが、わざわざそうするのも意識しているみたいで嫌だ。
俺に構って欲しくないだろうから、真横を素通りにする。
だけど、
「忙しいって言っているでしょうが!!」
「だから気を利かせて邪魔しないようにしているんだろうが!!」
肩を掴まれて引き留められたが、すぐに振り払う。
相も変わらず勝手な奴だ。
「アイ!!」
強めに振り払ったはずだが、意に介さずに普通に話しかけてくる。
「この私が! 困っているんだから! ……手を貸すのが普通でしょ?」
「……悪いけど最近忙しいんだ」
「生徒会の仕事なんか手伝うからでしょ」
「よく知ってるな」
「元彼女なんだから、元彼氏のことぐらい全部把握しているわよ」
「……その理論はよく分からないんだけど」
まあ、生徒会として文芸同好会以外の部活動も色々と回っているから、そこそこ俺のことも知られているかもしれない。
生徒会を出入りしているので、部長同士の会議にも参加するようになって最近、顔が広くなっている気がする。
「それで? 何で忙しいんだ?」
「え? 聞きたい? 聞きたい? 私の最近のこと気になる? やっぱり私の近況気になっちゃう?」
「――帰る」
「もー、しょうがないわね! 言ってあげましょうか! 実は私モデル頼まれちゃったのよねー」
聞きたくもないのに、勝手に話し出した。
ただ、ある単語が気になったのは事実なので、詳細を知りたい。
「……モデル?」
「そう。雑誌のモデル。街を歩いている時に声かけられたのよね。雑誌に載らないかって」
素性の知らない人から、いきなり雑誌のモデルに勧誘されたのか。
この前、昔の同級生に嵌められたことを忘れているらしい。
正直、俺がアイの立場だったら怪しいと思って、すぐに断るけどな。
「懲りないな……。また騙されてたらどうするんだ」
「私のこと心配してくれるんだ? でも安心して。今度はちゃんと護衛をつけて話を聴くから」
「護衛、ね……」
SPみたいに黒服の人達がアイの周りで護衛しているのを想像する。
それだったら安心か。
モデル事務所の人は、強面の男達と事務所に乗り込まれたら気が気じゃないと思うが。
「まあ、雑誌のモデル頑張れよ」
「それだけ? もっと私に興味もったらどう?」
「興味って……。正直、これ以上何を言っていいのか分からないんだが」
「ほら、行かないで、とか。俺以外の奴の物にならないで! とか色々あるでしょ?」
「お前の人生だ。お前が決めた道へ進め。――以上」
「いいこと言っているようで、全然私に興味を持ってくれてない!!」
アイがどんな道に進もうが、俺達はもう他人だ。
口出しする権利はない。
それに、モデルの寿命は短い。
もしも俺が不用意な発言でアイがモデルを諦めてしまったら、取り返しのつかないことになる。
モデルを職業とするなら、高校生が有効期限な気がする。
小学生、中学生で始める人だって多いはず。
だから俺はアイの為を思えばこそ、何も言えない。
でも、もしもまたアイを騙す輩だったとしたら、俺はそいつらを許せない。
「なに? その雑誌モデル勧誘した人はヤバイ人なのか?」
「まだなんとも。ただ有名な事務所って言うのは本当みたいだから、一応、許可もらっておこうかなって思って」
「許可って……」
「私、雑誌に載っていいのかなって」
「……そんなの勝手にしたらいいだろ」
俺達は夫婦か何かか。
彼氏彼女でもそんな相談しないだろ。
ましてや俺達は『元』がつくっていうのに。
「モデルはやりたいことなのか?」
「え? うーん。まあ、目立てることは素直に嬉しいかな。それに、雑誌に載れるだけ私の美貌が美しいって認めてくれるなら出てやってやらなくもないかなって」
「まあ、アイはその辺のモデルより綺麗だから、全然モデルしてててもおかしくないけどな」
「えっ? 褒められてる? 私?」
嬉しそうにはしゃぐアイが、心底ウザかった。
「……褒めてるっていうか、ただの事実を言っているだけだ!」
「そっか……よし、よし!」
アイはガッツポーズまで取って喜んでいる。
ちょっと事実を口にしただけなのに、大袈裟過ぎるだろ。
「な、なんだよ……」
「ううん。なんだか別れてからの方が私達上手く言っている気がしない? 寄り戻したりして?」
「……さあな」
その可能性について今は皆無だ。
でも、確かに付き合っている頃よりかは自然と話せている気がする。
アイとは近くにいても、ずっと距離を感じていた。
俺はずっと彼女に奉仕しているような感覚だった。
でも、今の方が健全な関係を築けていると思う。
ただ、もしも本当にアイがモデルになってしまったら、前よりもっと遠い存在になってしまいそうだった。
それはちょっと、寂しいな。
「じゃあな。本当に今日は忙しいから、また話は今度聴くよ。スマホに連絡してくれてもいいから」
「何かあるの?」
歩き出したのに、後ろからトコトコついてくる。
このままだと目的地にまでついてきそうだ。
俺は突き放す為に、しっかりと予定を告げる。
「バイトでイベントの準備があるんだよ。水泳の大会があるんだ」
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