第55話 ミゾレ先生による個人レッスンの賜物

 一週間後。

 再び俺と早乙女先輩は部室へと赴いた。

 中には、たった一人の部員であり部長のミゾレと、そして、部外者のナナクサさんがいた。


「約束の一週間だ。結論は?」


 早乙女先輩の言葉が響く。


 ここでミゾレがどう答えるかによって全てが決定する。

 あれからミゾレやナナクサさんと話して、二人の気持ちは似ていると思った。

 どっちも文芸同好会が終わって欲しくないと思っている。

 だから、


「廃部でいいです……」


 だからといって、ミゾレの頑固な性格が直るとは限らなかった。


「これ以上、他の人達に迷惑をかけるのはよくないから……」

「部長!」

「ごめん……」

「これ、読んでください!!」

「これは?」


 ナナクサさんは、ミゾレに向かって紙の束を渡そうとする。


「私の小説印刷したんです。自腹で!!」

「こんなの……」


 いつの間にかスマホに書いてあった自分の作品を紙に印刷していたらしい。

 ちゃんと読んでくれないなら、紙に印刷して強制的に読ませる魂胆らしい。

 だけど、


「ごめん……」

「そんな……じゃあ、廃部、なんですか?」

「…………」


 ミゾレは何も答えてくれない。

 その姿に全てを察したナナクサさんの手から、紙の束が床に落ちる。

 だが、二人ともそれを取ろうとしない。


 ナナクサさんの頬からは涙が伝っていた。

 俺は目を逸らすようにして紙の束に手をかけて拾おうとすると、


「……あれ?」


 落ちた小説の文章が眼に入ると急に頭が高回転する。

 点と点が線で繋がるような感覚。


 そうだ。

 このライトノベル、何か既視感があると思ったら、


「これって、源氏物語オマージュじゃないか?」

「え?」


 ミゾレが驚きの声を上げる。


『転生した私は後宮の写本者として、変わり者の帝に見初められる』。


 このライトノベルは、後宮がテーマだし、世界観が昔の日本っぽいし、成り上がる話だ。

 共通点は多い気がする。


「そもそもそれ、主人公女でしょ?」

「ハーレム作品が逆ハーレム作品になっている所以外は似ていると思わないか? ほら、主人公を『俺好みに育ててやるよ』とか言っている人もいるし……」


 ゾワッとする台詞だけど、ナナクサさん的には入れておきたい台詞だったんだろう。

 源氏物語といえば、世間的には、主人公が女の子を育てるお話。

 それも逆にしたと思えば、結構似ている箇所があるんじゃないだろうか。


 源氏物語では主人公の親が病死したが、この作品では主人公が死んで転生している。

 出てくる男の中でブサイクな男の人が登場するが、それも多分、前にミゾレから聴いたことがある『末摘花』がモチーフなんじゃないだろうか。


「これって……」


 ミゾレが束を高速で動かしている。

 速読しているようだ。


 捲る速度が尋常じゃない。

 俺だったら文字全部を視界に入れただけで終わる速度だ。


 だが、この反応、読めている。

 ミゾレは読み込んで驚愕している。


「は、はい、実はそうなんです……」


 コクン、とナナクサさんが頷いた。


「私なりに読んで研究して、それで文学作品を書こうとしたんです。でも、やっぱり私には書けなかったんです。知識がないから書けないし、知識をつけようにも時間がなくて、でも、それでも、私の居場所がなくなるのは嫌だから……精一杯書いたんです」


 ナナクサさんが両手を広げる。


「――だって、この部室が、私にとって私でいられる場所なんです」


 ミゾレが大きく目を見開く。

 やっぱり、ナナクサさんがどれだけこの部室を必要としているのか知らなかったみたいだ。


「……私、あんまり人と喋るのが苦手なんです。みんな、話題の移り変わりが早くないですか? それが苦手で……」

「……話す速度が速いってこと?」

「そうじゃなくて、いや、それもあるんですけど……。私が一番苦手なのはブームなんです」

「ブーム?」

「はい。すぐにみんなハマって、飽きてを繰り返すじゃないですか。熱しやすくて冷めやすくて、そういうのが苦手なんです……」

「…………」

「みんなと話していると、オシャレの話とか、話題になっている動画の話とか、ついていけないんです。人との会話は私にとっては情報の洪水に呑まれている感覚なんです。でも、小説は違う」


 ナナクサさんは、ミゾレから紙の束を受け取ると抱きしめる。

 まるで宝物を大事にするかのように。


「……まるで井戸の中に蛙が飛び込む音が聴こえるように、小説の中は静かじゃないですか。仮に洪水のように情報が押し寄せてきても、自分のペースで読める。それが小説のいい所だと思うんです」


 俺にはあまり分からない感覚だが、ミゾレは違うようだ。

 黙ってナナクサさんの話をしっかりと聴いている。

 即座に彼女の言葉を否定していた時とは態度が変わっている。


「そんな大好きな小説の話をここではできる。だから、私にとってここは大切な場所なんです」


 大切な場所なのはミゾレも同じはずだ。

 じゃなきゃ、一人で同好会に居残るはずがない。


 先輩達が卒業して、人数が減ってしまった。

 文芸同好会で独りになってしまって、早々に廃部にすることだってできたはずだ。


 だけど、数ヵ月踏ん張って一人でやってきたのだ。

 文芸誌だって書いていた。

 だから、ここを守りたいって気持ちは一緒のはずだ。


「自分じゃ決して書けない部長のような小説に近づくように努力したんですけど、やっぱり駄目でした。私、部長のような作品は書けませんでした……」


 長い沈黙の時間が流れる。

 そのまま黙っているのが辛くなってくると、


「『古きをたずねて新しきを知る』か……」

「え?」


 ミゾレが観念したかのように目を瞑る。


「私が早計過ぎたかもしれない……。読み込みが足りなかった。私は、文芸部員失格だね……」

「そ、そんなことないです! 部長は部長ですよ!」


 ナナクサさんの肩に手を優しく置く。


「ごめんなさい、ナナクサさん。これからは一緒に頑張って文芸同好会を一緒にやっていっていける?」

「も、勿論です!!」


 ナナクサさんが肩を震わしたのを見て、必死になってミゾレが慰めている。

 どうやら色々あったけど解決したようだ。


「雨降って地固まるか……」


 喧嘩したお陰で逆に二人の絆は強くなったんじゃないんだろうか。

 これで文芸同好会は続けていけることになるだろう。

 また問題が起きても、あの二人なら乗り越えて行けそうだ。

 なんだかんだで似た者同士だしな。


「よく気が付いたな?」


 早乙女先輩がコッソリと耳打ちしてくる。


 よく気が付いたっていうのは、ナナクサさんが『源氏物語』オマージュしていたことか。

 まあ、それは耳にタコができるほど普段からミゾレ先生から個人レッスンしてもらってオイルお陰だろうな。


「まあ、どうにかしようと二人の考えに寄り添ってみましたから」

「そうか……」


 ライカさんのアドバイス通りだったな。

 ライカさんの助けになると思ったけど、結局はいつも通り助けてもらったって訳だ。

 やっぱり生徒会長には敵わないな。


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