第54話 霧島さんは我慢しない


「……あ、いた」


 朝のHR前。

 再び話をする為にミゾレを探していたら、教室の隅にいた。

 周りにはクラスメイトの女子達がいる。


「……珍しいな」


 ミゾレが自分の席にいないのも、俺以外のクラスメイトと一緒にいるのも稀だ。

 何の話をしているんだろうと気になっていると、


「ねえねえ、霧島さん。いつも何の本読んでるの?」

「……別に。その時その時で気分が乗った小説読むだけだけど」

「えー。そーなのー? でも凄いよねー。たまに分厚い本読んでてさー。きっと頭悪いウチらじゃ理解できないような本読んでるよねー」

「そうそう。私たちじゃ精々漫画ぐらいだもんねー」


 ……なんか空気悪いな。

 別にいじめられている訳じゃない。

 ミゾレの周りに集まっている女子達が変なことを言っている訳でもない。

 ただ、ミゾレは明らかに煙たがっている。


「なんかさー。霧島さんって、私達のこと見下してなーい?」

「え?」

「本読めてる私頭いいアピールいつもしてるよねー?」

「……そ、そんなことは」

「でも本読めない人のこと見下してるんじゃないのー?」


 絡み方が明らかに友達のソレではない。


 遠回しにミゾレを批判しているように聴こえる。

 だが、いじめをする悪人だと断じることができないような言い回しだ。


「小説読んでる人ってさー、根暗なイメージあるよねー」

「ばっ、そんなこと言ったらさー、霧島さんが根暗みたいじゃーん。そんな言い方酷くなーい?」

「だって本当のことじゃーん」


 女子達がケラケラ笑いながら話している。

 自分達が悪いことをしている自覚はまるでないようだ。


「霧島さんは根暗じゃないもんねー」

「そうそう。男の人と廊下で密会してたんでしょー?」

「え?」

「そうなのー? だったら根暗どころか明るいじゃんねー?」

「何の話?」


 ミゾレの質問に二人は答えない。


 もしかして、俺のことか?

 俺以外の人間とミゾレが話しているのを見るのも珍しい。

 密会なんて大袈裟な噂があるのか?


 なんで急にミゾレに絡んできたのか分からなかったけど、自分達を差し置いて異性と交流した噂が出たミゾレにやっかみがあったからか?


「なんか馬鹿な私達でもー、読める本とかってないのー? ドラマ化したやつとかー?」

「え? えっと、どういうジャンルの本を読むの?」

「ジャンル? 分かんなーい?」


 女子達にも懸命に合わせようとするが、ひたすらに見下すような言動しかしない。

 ミゾレもよく我慢している。


 俺だったらまともにやり取りをすることすら放棄している。


「ああ、そういえば、読めるやつあった! ほら絵が付いている本ってあるよね?」

「……それってラノベのこと?」

「そう。それ。ああいうのってまだウチらでも読みやすいけどさー。ああいうのって、低俗だよね」

「て、低俗?」

「だって、絵が付いているってことは漫画と同じってことでしょ? いや、漫画以下か。漫画だったらドラマ化とか映画化するやつはあるけど、ああいうのって、暗いオタク向けで低俗な作品だよねー」

「違う!」


 さっきまで大人しく聴いているだけだったミゾレが、机をバン、と叩いて立ち上がる。

 あまりの豹変っぷりに、からかっていた女子達が気圧されていた。


「ラノベにだって読むに堪える作品はある! 何も知らない癖にラノベの悪口を言わないで!! 最低でも年間百冊読んでからラノベを語って!!」

「な、なによ。あなたに合わせて言ってあげているのに……」


 険悪な空気が流れる。

 ミゾレと、女子達どちらも言葉を出せなくなっている。


 これまで、だな。


「――ミゾレ。何怒ってるんだよ」

「あっ」

「――い、行こう」

「う、うん……」


 女子達は逃げるようにして教室の反対側へと急ぐ。


 バツの悪い顔をしていたが、そんな表情をするぐらいだったら、最初からミゾレをからかうことなんてしなきゃいいのに。


 なんでいきなりミゾレを相手にあんな酷い言いがかりみたいなことを言いだしたんだろう阿k。


「……なんだ、ミゾレ。ライトノベルのこと好きなのか」

「別に。……ただ、何も知らない癖に批判する人が嫌いなだけ」

「でも、読むんだな。ラノベ」

「まあ。年間で100冊程度しか読まないけど……」

「そ、それは凄いんじゃないのかな……」

「小説は年間で365冊以上は読んでるから、ラノベは少ない方だよ」

「小説毎日欠かさず一冊は読んでるじゃん……」


 よくそんな飽きずに小説読めるな。

 でも、ライトノベルもかなり読んでいるみたいだ。


 意外だ。

 あれだけ悪くを言っていたんだから、ライトノベルを読んでいないと思っていたのに。


「ああいうことはよく言われるのか?」

「まあね。……別に、あの人達だけに言われる訳じゃない。教室で小説を読んでたら、ああいう人達はいるもの。私みたいに一人でいるのを面白がってちょっかいをかけるような人」

「……教室で小説を読まなきゃ、ああいう輩は減るってことか?」

「うん。でも、意地悪な人の為に、私のやりたいことを我慢するのは間違っていると思うから」


 だよな。

 ミゾレはそういうこと言うと思った。

 それがきっとミゾレのいい所だ。


 でも、だからこそ、やりたいことを我慢させられている人間の気持ちを察して欲しい。


「じゃあ、後輩のやりたいことを認めてあげることも大事なんじゃないのか? あの子、話してみたけど結構本気だったよ」

「……なんか、今日は意地悪だね」

「ごめん」

「うんうん。そう、だね……。少し私も頭を冷やして考えてみる」


 ミゾレも何かのきっかけがあれば、ナナクサさんと折り合えるんだろうな。

 そのきっかけがあと一週間以内に合ったらいいんだけど。

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