第51話 文芸同好会の後輩が握ってくる

 ミゾレは自分でもキツイ物言いをしてしまったと自覚したのか、


 ――そ、そういうことだから……。


 と言い残して何処かへ行ってしまった。


 そして、最終的に部室に残ったのは、俺と、それからさっき会ったばかりのナナクサさんだけになってしまった。


 そのまま生徒会室に戻ることもできたのだが、彼女とは話がしたかったので俺は残ることにした。


「飲み物いる?」


 部室の近くにあった自動販売機から、飲み物を二種類買った。

 オレンジと、それからコーラだ。


「い、いいえ、悪いんで」

「二本は飲めないから、一本飲んでくれると嬉しいんだけど」

「じゃ、じゃあ、オレンジの方を」

「はいどうぞ」


 オレンジジュースを渡すと、俺は自分のコーラにプルタブに手をかける。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 お互いに一口飲むと、


「部長、怒ってましたね」


 飲み物を飲んで落ち着いたのか、ナナクサさんから声をかけてきた。


「うん。……俺は君の小説面白いと思ったけど」

「あ、ありがとうございます……」


 にやけた唇を誤魔化すように、グビッと、また缶に口を付ける。


「……あの、生徒会の先輩は?」

「生徒会室に帰ったよ。そして、一週間後に、答えを聞きにまた文芸部室に俺と早乙女先輩は最終通告に来ると思う」

「そう……ですか……」


 早乙女先輩は既にここにはいない。

 ミゾレがここから出るとすぐに先輩は、


 ――私はライカに報告しに帰る。お前はどうする?

 ――報告って、なんて?

 ――一週間待ってくださいって。

 ――いいんですか?

 ――いいもなにも、まだ結論は出てないだろ?

 ――でも……。


 心情的には俺は文芸同好会を潰したくない。

 でもそれは、部長が俺の知り合いだからという私情があるからそう思っているだけだ。


 他にこの部室を使いたいと待っている人や、仕事を後回しにして困る生徒会の人だっている。

 時間を空けるってことは、それだけ大勢の人に迷惑をかけるってことだ。


 ――適当に仕事するんだったら、業務は簡単に処理できる。だけど、それじゃ誰も納得しないだろ。

 ――せ、先輩……。でも、部室が空くのを待っている人だっているんですよね?

 ――ここ以外にだって活動していない同好会や部活はあるんだ。ここでグダグダしているよりかは、他の部室に通達に行く方がよっぽど効率的な時間の使い方ができるってもんだ。


 他に空くかもしれない部室があるのは真実だろう。

 でも、ここが一番通達から連絡が来ていない廃部スレスレの同好会だから最初に来たはずだ。

 それなのに、まだ待機をするのは、きっと部長と知り合いの俺のことを考慮しての判断のはずだ。


 ――これがお前の初めての大仕事だ。どんな結果になろうとも後悔しない選択を選べよ。私は先に帰るからな。

 ――ありがとうございます!

 ――何に礼を言ってるんだか……。


 そう言って最後まで早乙女先輩は真意を表に出さなかったけど、一人で生徒会室に戻るって言いだしたのも、俺の為なんだろうな。

 自分の判断で部室の受け渡し期限を延ばしたと報告する為に、一人で帰ったんだろう。


 言動や見た目とは裏腹に、早乙女先輩って優しくて後輩思いなんだな。


 俺が先輩の思いに報いるためにも、今の文芸同好会の現状をもっとしておきたい。


「ナナクサさんは文学作品は書かないの?」

「書かないっていうか、書けないのが正解ですかね。私、そういう作品苦手なんです」

「文芸同好会なのに?」

「文芸同好会でもですよ。『この作品を読まないと人生の半分は損している』とか『その小説も読んでないのに文芸同好会なの?』とかよく言われますけど、好きな作品を読むのがそんなに悪いことなんですかね?」

「そ、そこまでは言ってないけど……」


 漫画やアニメで趣味が合う時は多いけど、小説の趣味が合うことって珍しいからな。

 歴史が長い分、有名作品も多いだろうから読めない作品も当然出てくる。

 本を読んでいる人はこだわりも強そうだし、それで対立してしまう機会もあるのかも知れない。


「私はラノベしか読まないし、ラノベ以外は書きたくないんです。だって、ラノベが私の世界を変えたんですから」

「ライトノベルが?」

「はい」


 あんまりピンと来なかった。

 でも、清々しい顔をしたナナクサさんを見ると、本当にラノベが好きなのが伝わって来る。


「漫画や映画だとファンタジー世界の設定って珍しいじゃないですか。だから現実と切り離して見れなくて苦手なんですけど、ラノベはファンタジー世界で夢があって好きなんです」

「ファンタジー設定か……」

「有名な文学作品って現実と地続きで苦手なんですよ。ああいうのを読んで何が楽しいのか私にはさっぱりです」


 その時代が設定の作品は確かに多い。

 漫画や映画だって、ファンタジー作品は少ないかも知れない。

 あっても、外国の作品が多い。


 日本人はファンタジー作品が嫌いなのかも知れないな。

 でも、ライトノベルやその原作のコミカライズ作品やアニメ化作品は多いから、需要はあるはずだけど、確かにライトノベル以外ではあんまり観ない世界設定かも。


「現実は辛くて、嫌なことが沢山あるけど、ラノベを読んでいる時だけは忘れられる。……私が初めて作品で感動して涙を流した作品は、アニメでもドラマでも映画でもなく、ラノベでした」

「そう、なんだ……」

「だから、私はラノベを書きたい。そして、私が書いたラノベでいつか私が感じたように、誰かを感動させたい。――それが、私の夢です」

「夢……」


 こんなにキッパリ他人に自分の夢を語れるのって凄いよな。

 妹のツユが自分のやりたいことを俺に告げた時も思ったけど、自分の心の指針が定まっている人は輝いて見える。


 彼女のことを応援したくなってきた。


「……別に文芸同好会でラノベを書くのは禁止じゃないんだよね?」

「はい。昔の文芸誌を読んだら私が書いているような作品はあったんです。だから……」

「ミゾレの独断ってことか……」


 文芸同好会でラノベ作品が禁止されているのだったら、ナナクサさんが悪い。

 それこそ自分で新しく同好会を発足させた方がいい。


 でも、禁止されていないのに、自分の好き嫌いで、ナナクサさんを否定するのは良くないよな。

 ミゾレのあの頑固さはどうにかならないものか。


「あの……」

「ん?」

「先輩は部長と仲がいいんですよね?」

「ま、まあ。クラスメイトだし。それなりには」

「……それなりに、ですか? 正直、部長があんなに心を許しているの初めて見ましたよ」

「そ、そうなのか?」


 まあ、確かにミゾレは他のクラスメイトと話さないけど。


「だから、部長を説得してくれませんか? 私を正式に部員として認めてくれるように」

「え? 俺から?」

「はい! お願いします!」


 俺の手を握って、あっ、と気が付いてすぐに離す。


「す、すみません。私も必死なんです……」

「……ナナクサさんには文芸同好会が必要なんだね。でもそんなに時間経ってないんじゃないか? そんなに文芸同好会が居心地がいいの?」

「――本の話ができるのが嬉しいんです」


 少し時間を置くと、俺の質問にそう答えた。


「周りで本を読んでいる人すら珍しいですし、小説を書いている人すら珍しいので」

「……まあ、確かに今は動画の時代だよな」


 何かを発信したり、受信したりするのに最適なのは動画だ。

 周りには小説や映画どころか、漫画すら読まない人がいる。


 俺だって新聞すらまともに読まない。

 活字で情報を得ようとするのは、最早時代錯誤なのかも知れない。


「だからもっと部長とは話がしたいですし、そういう場がなくなるのは嫌なんです」


 ここが彼女にとっての居場所なんだな。

 その場所が今無くなろうとしている。


 それは、嫌だろうな。

 敵であるはずの俺を頼るぐらいに、手詰まりなのだ。


「……分かった。もっと話してみるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ」


 このまま粛々とこの問題を処理するには、この件に首を突っ込み過ぎた。

 もっと俺はこの子の為や早乙女先輩、それにミゾレの為に何とかしてやりたいと思う。


「俺も、もっと話が聞きたかったところだし」


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