第50話 ナナクサさんの下着が見えるサービスシーン

 俺達のことを文芸同好会の新入部員と誤解されてしまっている。

 オドオドした三つ編み眼鏡の女の子に、ミゾレからの説明が入る。


「そちらの方々は文芸部じゃなくて、生徒会の人達」

「せ、生徒会って……」


 顔色が変わるが、三つ編み眼鏡の少女は拳を握り締める。


「わ、私が文芸部になるからには、この部室はわ、渡しませんから!」

「それならそれでいいけど……」


 拳を振り上げて臨戦態勢になっている所悪いけど、俺としてはそれでも構わない。

 文芸同好会が存続するかどうかは俺達の裁量ではなくて、そっちの行動次第な所が明らかになったからな。


「……やっぱり、無理! 私はナナクサのことを部員として認めてないから」

「ちょ、部長!」


 何やら揉めているようだ。

 俺は助けを求めるようにして、早乙女先輩に視線をスライドさせる。


「認めてないってどうして? 部を存続させるためだったら部員は必要だろ?」

「それは……この子が書いているのが小説じゃないから」

「小説ですよ! 私のは!」


 三つ編み眼鏡は声を荒げて部長に反論する。


「そもそも文芸誌に載せるは小説じゃなくても、詩や俳句、短歌もいいんですよね? だったら、私のだって認められてもいいと思うんですけど!」

「……それとこれとは別問題」


 どうやら二人の争いの根は深いようだ。


 多分、三つ編み眼鏡の書いている物が、ミゾレは気に入らないらしい。

 それで部員として認めることができないってところか。

 話し方から察するに一年っぽいけど、この子も難儀だな。


 ミゾレも変なところでこだわりが強いタイプだから、どうも彼女は振り回されているみたいだ。


「え、えーと、新人さん?」

「わ、私の名前は七草薄です」

「生徒会副会長の早乙女烈火と――」

「そのお手伝いの遠藤です」


 チラリ、と早乙女先輩に見られたので、自己紹介をナナクサさんに返す。


 だが、どういう訳か、俺の方を凝視したままになっている。

 呼吸をするのを忘れてしまったかのように、微動だにしない。


「遠藤、先輩? 下の名前はなんですか?」

「? ソラ、ですけど」


 俺がそう言った瞬間、ナナクサさんは腰が抜けたように後ろに倒れてしまった。


「ひ、ひぇえええええええ」


 悲鳴を上げると、土下座のポーズを取る。


「こ、殺さないで下さい! わ、私、何もしませんから! お願いします!」


 ナナクサさんは身体を震わせながら、俺に向かって謝罪してくる。


 日本古来のポーズを勢いよくやったせいで、下着見えちゃってますけど。

 こんなに嬉しくないサービスシーンのシチュエーションはあるんだろうか。


 身体を張った一世一代のギャグという訳ではなさそうだ。

 ガチで俺に怯えているように見える。


「……弟、何かこいつにしたのか?」

「な、何もしてませんよ。初対面ですし!」


 こんなに強烈なキャラの人を忘れる訳がない。

 それに、こんなに怯えられるようなこと、俺が他人にする訳もない。


「ど、どうしたの? ナナクサさん」

「どうしたもこうしたも……」


 俺は手を伸ばそうとしたが思い直す。

 触れたら触れたで怯えられそうだ。


「れ、霊堂東中の遠藤天といえば……。気に喰わない奴を川に流したり、学校を破壊したり、組を壊滅に追い込んだって噂のある人じゃないですか! アンタッチャブルな世界の人と関わらないように、今までずっと慎ましやかに生きてたのに、なんで私がこんな目に!!」

「どういうこと? 遠藤君」

「し、知らないって! 何のことを言っているのか!!」


 ミゾレにまで白い目で見られてしまった。

 だけど、心当たりなんてない。


「やっぱり、お前……」

「や、やっぱりってなんですか、やっぱりって!」


 早乙女先輩まで悪乗りしてくる。

 ナナクサさんの誤解を解かないと。


「噂に尾ひれがついているだけですよ。確かに学校を破壊してというか、ガラスを一枚ぐらい割ったかもしれないですけど、そんなに心当たりないですよ」

「――だってさ」


 ガバッとナナクサさんが起き上がる。


「ほ、本当ですか?」

「そもそもコイツが何かしたところは見たのか?」

「い、いいえ。噂だけです」

「噂だけで人を判断するのは良くねぇな。私も、コイツと話しだしてそこまで経ってないが、中々愉快な奴だってことは分かってるつもりだ」

「それはフォローしてくれてますか?」


 ただ、ナナクサさんは立ち上がってくれた。

 どうやら俺が不良みたいな話が噂だと気が付いてくれたみたいだ。


「まあ、とりあえず安心していい。私達はお前達を取って食おうなんてつもりはねぇんだから」

「そうです。廃部にはするかも知れないってだけだから」

「……十分、取って食おうとしてませんか?」


 ナナクサさんが引いてしまっている。


 それもそうか。

 廃部を通告に来た生徒会の人間ってだけで、敵ってことだもんな。


「そもそもそいつは部員なのか、そうじゃないのか?」

「文芸部じゃないですよ。彼女が書いているのは――ライトノベルなんですから」

「ライトノベル……」


 学生向きに書かれた書物のジャンル。

 俺からしたら、昔の有名な文学作品よりかはそっちの方が取っつきやすい。


 活字は苦手だから、漫画やアニメで観ることの方が多いけど、ライトノベルだったら俺でも読めるかも知れない。


「具体的にはどういうものを書いているの?」

「よ、読みますか?」


 俺が返答する間もなく、前のめりに訊いてくる。


 そんなに自分が書いた作品を読んで欲しいのかな。


「許可を貰っていないので、文芸誌として発行したことはないんですけど……」


 チラリと部長の顔を伺う。

 その視線に気が付いているのか気がついていないのか、しらーとミゾレはしている。


 触らぬ神に祟りなしとばかりに、俺はスマホを借りる。

 どうやらスマホのメモ機能を使って、小説を書き溜めしているみたいだ。


「タイトルは『転生した私は後宮の写本者として、変わり者の帝に見初められる』か……」


 文章が読みやすいので、ある程度速読できた。

 それに、


「これは女子高生が病気で亡くなった後に、異世界に転生するお話です」


 と、自慢気にナナクサさんがちょくちょく解説を入れてくれたので、小説を読むのが得意じゃない俺でも内容を把握できた。


 小説の内容というのは、異世界転生した主人公が後宮勤めしていたら、身分が低いのに帝に気に入れられるお話。

 帝以外にもイケメンの男が沢山出てきて、身分の高い女子達に嫉妬されながらもどんどん出世する話だ。


「うーん。こういう話もあるのか……」


 こういう系の物語を読む経験がないから新鮮だな。

 俺が読むのってバトル系が多いからな。


 だからこそ思う。

 この話結構――


「面白くない」


 ミゾレが俺の感想を言う前に、ナナクサさんの作品を一刀両断する。


「ライトノベルなんて小説じゃない……。絶対に文芸誌に載せないから」


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