第44話 競泳水着姿である妹の友達が大切にしている記憶

 まず、生徒会の面子に紹介された。


 ――これが私の弟のソラくんです。優秀な子なのでバンバン仕事を回してください。


 そう言うと、みんながざわつき出した。

 どうやら副会長以外にもライカさんは余計なことを吹聴しているようだった。

 みんな俺の手腕に期待しているようだった。


 ――これ、数値が間違ってるけど。一体誰がこの紙作ったんだ?

 ――あ、俺です。

 ――ちっ。


 俺は必死になって仕事をしようとした。

 だけど、初めてやる仕事というもあって、俺はやっぱりミスが多かった。


 生徒会のメンバーは、俺を腫れ物みたいに扱ったし、早乙女先輩は俺のミスに舌打ちをした。

 メンタルを害したが、一番キツかったのは、ライカさんの対応だった。


 ――大丈夫だよ、ソラくん。誰にでも間違いはあるからね! 慣れればできるよ!

 ――ご、ごめん。

 ――うん、だからその修正、私がするね。

 ――え、でも。

 ――大丈夫! 私がやった方が早いから!


 ライカさんの仕事を減らすために、生徒会の仕事を手伝うことを志願した。

 それなのに、ライカさんに負担を増やすことになってしまった。

 生徒会の手伝い初日は、何とも不甲斐ない結果になってしまった。


「どうしたんですか? ツユのお兄さん」


 ハッ、と我に返る。

 バイト中だと言うのに、いつの間にか考えに耽っていた。


「ああ、ちょっと、上手くいかない事があって」


 シズクちゃんがキョトンとした顔で、プールから見上げている。

 競泳水着を着ていて、捻じれている肩紐をパチンと鳴らしながら直していた。


 他に泳いでいる会員もいないようなので、お喋りタイムが始まりそうだ。


「シズクちゃん、水泳速いけど、何かコツとかある?」

「コツ、ですか……。まあ、練習をずっとすれば自ずとタイムは縮まりますよ」

「練習か、そうだよな……」


 生徒会の仕事がどうすれば上手くいくか。

 その答えを知りたくて、水泳に置き換えてシズクちゃんに訊いたのだが……。

 当たり前の返答だった。


 でも、それが普通なんだよな。

 地道に生徒会の仕事を覚えていくしかない。

 でも、少しでも早く仕事ができるようにしないと、ライカさんに申し訳ない。


「水泳だけじゃなくて、一気に上達するような裏技があればいいんだけどな」

「裏技って程じゃないですけど、早く上達する方法ならあるんじゃないですか?」

「え? どんなの?」

「いい指導者に教えてら貰うことです」

「う、うーん」


 期待して監視台から乗り出した。

 でも、裏技というより、ただの正攻法だ。

 それに、


「いい指導者はいるんだけどなあ」


 その方法は、既に実戦済みだ。


 ライカさん程優秀な人はいない。

 その人に教えてもらってあの程度なのだ。


「どうしたんですか? お兄さん。もしかして、水泳を始めたいんですか? 私は、そうなったら嬉しい限りですけど!」

「いや、そういう訳じゃないんだ……」

「? 何かあったんですか?」

「そうだね……」


 最初から全部説明すると、他の会員がやってくるだろう。

 手短に話したい。

 一言で言うならば、


「困っている人を助けようとしたら、俺が何もできなくて困り始めたんだ……」

「それは……困りましたね……」


 シズクちゃんが返答に困っている。

 俺のせいで、今まで関わって来た人全員困ってないか?

 どうすればいいんだ。


「ま、まあ。その人も、助けてくれようとしたその意思が嬉しいんじゃないですか?」

「うーん……」


 慰めてくれているけど、俺はどうにか解決してあげたいんだよな。

 せめて、ライカさんが自宅に生徒会の仕事を持って帰らなくて済むぐらいには。


「シズクちゃん、何か困っていることってある?」

「え? なんですか、いきなり」

「いや、他の人は困っていることをどうやって解決しているか気になって」


 シズクちゃんは少し考えると、


「そうですねー。悩みならあります」


 ポツポツと話し出す。


「とても大切にしている思い出があるんですけど、覚えて欲しい人が覚えていないんです」

「ん?」


 シズクちゃんの言いたい事がよく分からなかった。

 俺の頭が悪いせいかな?


「つまり、誰かと共通の思い出があるんだけど、その人は忘れちゃっていて覚えていないってこと?」

「そうですね」

「それが? 嫌……なの?」

「はい」

「はー」


 変な悩みだな。

 そんなことで悩んでいるのか。


「でも、結構そういうことってあるような……」


 人によって価値観は違う。

 自分にとっては大事な思い出でも、他人にとっては取るに足らないことってこともある。

 それに、その人にとって大事な思い出だったとしても、忘れることだってある。

 それが人間だ。


 そんなこと、シズクちゃんにだって分かっているだろう。

 それなのに悩んでいるってことは、それだけシズクちゃんにとって特別な思い出なんだろう。


「そうなんですけど、やっぱりショックで……」

「その人に、そのことを問い質したことはあるの?」

「間接的にはあるんですけど、直接的には、まだ……」

「だったら、直接聞いた方がいいんじゃないの? それで思い出すこともあるし」

「うーん。でも、それは嫌なんです」

「それだけ、大切な思い出なんだ」

「はい、とても……」

「…………」


 もどかしいと思うのは、俺が聴いている方だからだろう。

 どうしても本人に思い出して欲しいんだろうな。

 そいつはきっと、鈍感なんだろう。

 俺だったら、ここまでシズクちゃんに言われたらすぐに思い出してみせるのに。


「その人が思い出してくれるといいね」

「はい。私、ずっと待ってます。――その為に、私はここにいるんですから」


 プールの水温が冷たいせいか、顔色が悪いシズクちゃんはボソリと呟いた。


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