第43話 早乙女先輩に舐められる

 何とか女子生徒を連れ戻した。

 だが、彼女は生徒会室に入るのも億劫そうだった。


「――んだよ。弟と勝手に乳繰り合ってていいってぇーのに」

「ち、ちちく――って!」


 ライカさんは顔を真っ赤にする。


「ソラくんは私が忘れたお弁当を持ってきてくれたの」

「それで生徒会室に誰もいないことをいいことに、いい事をしてたってことな。あー、うん。完全に把握したわ」

「全然把握してないから!」


 ライカさんがツッコミに入っているの珍しいな。

 こんなに乱されているのを見ると、この女の人と近しい関係だと言うのは分かる。

 普通にため口を聞いているし、ライカさんと同級生の人なのかな。


「なんだよ。言いたい事があれば言えよ」

「い、いえ。ただ、どなたかと思って」

「はあ!?」


 この人のこと知らないとおかしいのか。

 そのぐらいのキレ方をされた。


 狂暴そうな風貌に、攻撃的な言動。

 背はそこらの女子平均よりも高く、身体は細いが筋肉がない訳ではなさそうだ。

 校則違反にならない程度に制服を着崩している。


 ここにいるってことは生徒会の人間なのかも知れないが、どう見ても秩序側の人間よりも乱す側の人間に見える。

 ライカさんとも話が合わなそうだが、話が合っているのが意外だ。


 パッと見、不良に見える。


「この人は私と同じ三年で、副生徒会長の早乙女烈火さん」

「烈火……」


 ピッタリな名前だ。

 まるで火のように気性が激しい人だ。


「おい、ライカの弟」

「は、はい……」

「私は自分の名前が嫌いなんだ。だから、私のことは苗字で呼べ」

「は、はい。早乙女先輩……」


 失礼だが、早乙女っていう苗字の方が似合わない気がする。

 だが、先輩がそう言うのだから、これからは苗字で呼ぶように気を付けよう。

 舐めた態度を少しでも取ってしまったら、シメられそうだ。


 それにしても、この人、副生徒会長か。

 なんか、見た気がすると思ったら檀上でか。


 ライカさん以外の生徒会メンバーには意識を割いたことがなかったので、パッと出てこなかった。

 でも副会長ってことは生徒の間では有名な人だろう。


 俺もちゃんと意識したら、忘れなさそうなぐらい強烈な個性を放っている。

 こんなにライカさんと正反対の人が生徒会の副会長をやっていたら、嫌でも記憶に刻まれるだろう。


「それでどうかしたの? 烈火」

「ああ? ただ気になっただけだよ。お前がまた根を詰めてないかってな」


 ライカさんが名前呼びしたから、チラッと様子を伺うが、特にキレていないようだ。

 仲がいい人に名前呼びされても大丈夫なのか。


「ありがとう! 心配してくれたのね?」

「べ、別にそんなんじゃねーし。お前に倒れられると生徒会が機能しなくなるんだよ! ちぃとは自己管理しろ!」


 ……なんか、今の言葉だけでどうして性格が正反対そうなライカさんと、この人が仲良くできているのか分かった気がする。


「……お前が噂の弟か。見た目は思っていたよりも、普通そうだな」

「は、はあ……」


 噂の弟って……ライカさん、俺のことを陰で何と話していたんだろうか。

 ライカさん、変なこと言ってないだろうな。

 悪気が無くても、ライカさんは変な説明してそうで怖い。


「何言ってるの? 烈火! ソラくんは凄いから! 彼女と別れてもちゃんと立ち直ってるんだから!」

「いや、何言ってるの!?」


 こういう感じで悪気0なのが、逆に何も指摘できなくて辛い。


「……あの有名人と別れたのは知ってる。だけど、素直に褒める気にはならないな」

「アイを知っているんですか?」

「高級車で学校に来たイカレ女のことを知らない方がおかしいだろ。あいつと、そしてあの女と付き合っていたお前のことを知らない奴は、この学校に存在しない」

「そ、そんなにですか?」


 やっぱり、アイは有名人なんだな。

 俺はアイの付属品として勝手に有名になっているらしい。

 迷惑極まりない。


「……正直、不安だよ。中学の時から他の地域にまで名を轟かせた奴が、この高校に入ってからは大人しかった。きっと、付き合ってたから丸くなったんだろうよ。だが、手綱を握る奴がいなくなった奴が、どんな事件を引き起こすか、正直、私なんかじゃ想像もできねぇな」

「ア、アイはそこまで危険人物じゃ――いや、そうかも知れないですけど、そんな言わなくていいんじゃないですか!?」


 正直不愉快だ。

 アイは確かに奔放な所はあるし、自己中ではある。

 だけど、特に親しくもない早乙女先輩に、そこまで言われる謂れはない。


「……そういうことじゃないんだよ」

「?」


 早乙女先輩は唇を引き締めて眼を伏す。

 どういう意味なのか把握できずにいると、


「そうだ。烈火。実は、ソラくんが生徒会を手伝ってくれることになったの」

「なっ――」


 ライカさんが俺に向かって、ジャーン、といいながら両手をヒラヒラさせる。

 紹介に預かった俺を見やって、早乙女先輩は目を剥く。


「……本気か?」

「えっ、と。……は、はい」


 そんな改めて聞かれると怖いな。

 生徒会の仕事ってそんなに大変なのかな。

 やるなら俺でもできるような簡単な仕事からでいいんだけど。


「できることがあれば、手伝おうと思ってます」

「……生徒会を潰すつもりだったら、私はお前を許さねぇからな」

「いやいや、頑張って生徒会の為に働きたいと思っています!!」


 潰すって、何?

 ライカさん、俺のことどれだけポンコツだと早乙女先輩に言っているの?

 そんな生徒会の仕事を破綻させるようなミスなんてしないのに。


「……ふん。まあ、生徒会長様が決めたことだったら、私もそれに従うさ」

「ありがとう! 烈火!」


 渋々と言った様子なのを、全然ライカさんは気がついていないな。

 やっぱり、生徒会じゃない人間に手伝ってもらうのは、気乗りしないよな。

 それに、ライカさんと違って、早乙女先輩とは今まで交流がなかった訳だし。


「で、何からさせるんだ?」

「……とりあえずは、私達の仕事ぶりを見てもらって、何ができそうかソラくん自身に決めてもらうっていうのはどうかな?」

「なるほどね……」


 ガシガシ、と悩まし気に早乙女先輩は自分の髪を弄る。


「……まあ、こいつができることなんて一つもないとは思うけどな」


 随分と下に観られたものだ。

 俺だってやればできる。

 ちょっと本気を出せば、みんなの役に立って見せる。


 そう意気込んで生徒会の仕事を手伝うことになった。

 だが、結果は早乙女先輩の言う通り――俺は何もできない役立たずだった。

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