第42話 生徒会長とのあーん

 学校の生徒会室。

 本来ならば、俺みたいな一般生徒が入ってはいけない場所。

 生徒会選挙を勝ち残り、人望が厚い生徒の代表が学校や生徒の為に尽力する場。


 なのに、俺はなんでこんなことをしているんだろうか。


「うーん、美味しい」


 ライカさんは呑気に舌鼓を打っているが、俺は頭を抱えたい気持ちで一杯だった。


「……き、きつい……」


 俺は姉に食事をさせている。

 あーん、と口を開けている所に俺が弁当のおかずをせっせと箸で運んでいる。


 普通、これは逆のシチュエーションなんじゃないだろうか。


 男が女にあーんをしている図なんて誰が見たいんだ。

 やっている張本人の俺だって見たくない。


 こっちは赤面必至というのに、ライカさんは食事をしながらもパソコンを触っている手の速度は変わっていない。

 ある意味凄い神経をしている。


「生徒会の仕事ってどんなのがあるんだっけ?」

「ん? 今やっているのは部活動の予算申請の集計と、推移のグラフ作成。毎期の推移を見つつ、来期の予算振り分けを作っているところ。まだ、仮で作っているだけだから、一度先生の眼を通してからじゃないと作成できないんだけどね」

「え? 何? 暗号?」


 全く頭に入ってこなかった。

 普通に学校生活を送っていたら聴いたことのない業務内容をズラズラと言われて、頭が混乱する。


 生徒会って、そんなに難しいことをやっているのか?


「それって今やらないといけないことなの?」

「んー。厳密には今やらなくてもいいことかな。後でまとめてやってもいいこともあるし、グラフを作らなくてもいいし」

「だったらやらなくてもいいと思うんだけど」

「でも、私が頑張った分、みんなが分かりやすい資料が作れるんだったら頑張りたいんだよね」

「んー」


 ライカさんは他人へ奉仕する気持ちが強い。

 しかも、それが嫌じゃないのだ。

 だから止める必要もないのだが、ライカさんの体力と精神が持つかどうかが心配になる。


 遠めに見ていたら心配するようなタイプの人じゃない。

 一人で何でもできるような完璧超人だ。


 でも、俺達は家族だ。

 いつも近くで観ているからこそ、どこかライカさんの『危うさ』が見え隠れする時がある。


 一番顕著だったのは、この前の墓参りの時だ。

 誰にも内緒で憎悪の対象である父親の墓参りをしている時、なんだか怖かった。


 大丈夫そうに見えても、どこか無理をしているように思えるのだ。


「余計なお世話かも知れないけど、もっと肩の力を抜いた方がいいんじゃないかな? ライカさんは」

「でも、私にみんな期待しているから、それに応えたいの」

「……でも、お弁当を忘れたり、生活に支障を来たりしたら意味ないよね?」

「うーん。痛い所突くね、ソラくんは」


 キーボードを打つ手が一瞬止まる。


「せめて他の人が仕事してくれれば……」

「ううん。別に仕事は頼んでないの。これは私が勝手にやっていることだから、みんなを巻き込めないよ」


 他の生徒会メンバーがサボっている訳ではないのか。

 むしろ、ライカさんが仕事内容を拘っているせいで、業務内容が増えている。

 その負担を誰にもかけたくない。

 クオリティも下げたくない。


 かなり頑固な性格をしている。

 もっと融通を効かせた方がいいのに。


 全力全開100%の力を常に発揮し続けていたら、人間は壊れてしまう。

 ゆとりを持って力を抑えることもたまには必要だ。

 だけど、そのやり方をライカさんは知らないのだろう。

 だったら、


「俺が手伝おうか?」

「……ソラくんが? 生徒会でもないのに?」

「でも、俺はライカさんの家族だ」


 他の人に遠慮をするというのなら、家族である俺には遠慮しないでいいはずだ。

 俺にできることがあれば手伝いたい。

 それでライカさんの負担が少しでも減るならお安い御用だ。


 今はバイトもないし、ツユのVTuber活動の手伝いも少ないから、ある程度暇だしな。


「でも、ソラくんには余計に手伝って欲しくないよ」

「俺が生徒会の仕事をすれば、家で少しはゆっくりできるんじゃないのかな」

「まあ、そうだね……」


 気が進まないようだ。


 何か、何かないのか。

 強情なライカさんが俺の言う事を聴いてくれるような魔法の言葉は。


 考えろ。

 俺の知識と経験を総動員して、ライカさんのことを考えた逆転の一手を打つ。


「俺に手伝わせてくれたら、家で俺とライカさんが遊べるんじゃないかな?」

「手伝って! お願い!」


 即落ち二コマみたいな速度で、ライカさんは心変わりする。

 自分が企んだ策とはいえ、こうもあっさりハマッてしまうのを眼にすると、少し引いてしま――


「あれ? お邪魔だったか?」


 生徒会室の扉がいつの間にか開いていて、誰かが入って来ていた。


 タイミングが悪く、ライカさんは喜びのあまり俺の手を両手で包み込んでいた。

 それに、俺がライカさんに朝食を食べさせていたので、必然的に距離は近かった。

 互いの肘と身体が当たりそうなぐらいの距離に椅子を引いている姿を見て、何かがあったと勘違いしていたのだろう。


 俺以上にドン引きした女の人は、ソッと扉を閉めて全てを見なかったことにして退出する。


「まっ、待ってください!!」


 俺は誤解を解くために全力で彼女を引き留めた。

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