第40話 郡山先生による愛の鞭
霊堂北高等学校。
勉強にもスポーツにも力を入れている学校で普段は平和なのだが、少し前は不良が多かったらしい。
そのせいか、ヤンキーみたいな教育指導の先生がいる。
「なんで校長先生がお話をしていたのに寝てたんだ? 遠藤」
「……すいません」
「どうした? 家で深夜までゲームでもしてたのか?」
一応、勉強してたんだけどな。
合間に少しゲームもしたけど。
ただ、勉強をしてましたと言ったら、火に油を注ぐことになる。
いい訳なんてしたら駄目だ。
少しでもいい訳をして、それが口答えだと思われたら、この説教は一生終わらない。
「うわっ、また捕まっているよ、あの先輩」
「いっつも目を付けられているよね? あの人」
「まあ色々と有名人だから、あの遠藤っていう人。付き合ってたっていうあの学園のアイドルを捨てたらしいぞ」
体育館の隅で、さっきから先生に俺は説教されている。
全校集会が終わってからすぐに呼びだされたせいで、噂好きの後輩達が好き勝手あることないこと喋っている。
速い事終わらせないと恥ずかしい思いをし続けることになる。
この先生は俺がしおらしくしている姿を見て、ストレス発散させたいだけだ。
絶対に逆らえない先生と生徒の関係性という立場を利用したいだけ。
だから俺も心底反省している姿を見せれば、なるべく早く終わらせてくれるはずだ。
「すいません――ゴリ――郡山先生」
「誰がゴリ山だああああああ!! ゴラアアアアアアッ!!」
竹刀を持っていたら、床に叩きつけてそうだ。
剣道部の顧問だからという理由で、授業中に竹刀を持って生徒を脅している先生だ。
時代錯誤にも程がある先生の身体つきは、鍛えている為に筋肉隆々。
身体がゴツく、体毛が全身濃くて、まるでゴリラみたいな見た目をしているせいで、生徒の中ではゴリ山という渾名がつけられている。
それを本人も気にしているらしい。
俺も思わず苛々しているせいで口から突いて出てしまった。
失敗した。
気を付けないと、この説教が永遠に終わらないのに。
「いいか。俺はお前のことを想って怒っているんだ。俺だって本当は怒りたくないんだ。怒られている内が花なんだぞ。いいか? これは愛の鞭なんだ。分かるな?」
「ああ、はい、はーい。そうですね」
「なんだ、その態度はあああああああああっ!! ちゃんと『はい』は短く一回で言えええええええ!!」
近くでこの大声を無遠慮に浴びせられると、鼓膜が破れそうだ。
こういうパワハラ系教師に限って、自分の教育には愛があるとか嘯くんだよな。
それにわざわざ生徒に言質を取って、更なるパワハラのおかわりを生徒自身に承認させるのもいやらしい。
ここで、
「愛の鞭じゃなくて、あなたは支配欲を満たしたいだけですよね?」
と言ってやりたいのを我慢しているけど、それが俺の心の容量ギリギリのライン。
もっと優等生の振りをしたいのだが、俺にはできないのだ。
この先生だけは、素直に謝罪できない。
この学校で一番苦手な先生だ。
「あの、先生」
「なんだ!? ……ん、なんだ、生徒会長か」
ライカさんがいつの間にか後ろにいた。
俺と郡山先生の間を取り持つようにして、俺の前に立って盾になってくれる。
「すいません。実は昨日、私が生徒会について夜、相談したんです。だから怒るなら私も怒って下さい」
「……ん、それは……」
郡山先生が言い淀む。
勿論、嘘だ。
俺達の話を聴いてくれたライカさがんが助け舟を出してくれたらしい。
「まあ、いい!! 二人とも気を付けるように!! 行って良し」
流石の郡山先生も成績優秀品行方正、全ての生徒の見本となるライカさんの手前、怒るに怒れなくなったらしい。
「すいません、郡山先生」
「……すいません」
不承不承ながら俺は頭を下げる。
ライカさんにまで頭を下げさせてしまった自分が情けない。
「いい姉だな、遠藤!! だが、次はないからな!」
大人げない捨て台詞を吐くと、郡山先生は他の先生達の元へと行った。
ふぅ、とため息を吐く。
怒られていただけなのに、ドッと疲れた。
「ありがとうライカさん」
「……こっちまで郡山先生の怒鳴り声が聴こえてたし、あのままだと話が終わらない気がしたからね」
校長先生の話も長いけど、あの人の説教も負けないぐらい長いからな。
あれだけ大声出して、血管出していていて、倒れるんじゃないかってこっちが心配になるぐらいの勢いだった。
「でも、駄目だよ、ソラくん。校長先生の話聞いてなかったんでしょ?」
「でも、校長先生の話の時みんな寝てたって」
「ソラくんが寝てなかったら郡山先生だって怒らなかったんだから、ソラくんも悪いです」
「いや、そうなんだけど。あれで寝てないの、ライカさんだけだよ」
そもそも、郡山先生に怒られたのは校長先生の話の途中で寝ていたせいだった。
だけど、寝ていたのは俺だけじゃない。
半数近くの生徒は寝てたんじゃないだろうか。
先生ですら立ちながら寝ている時あるからな、あの校長先生の話は。
できれば話の途中で冗談とか、生徒が食いつくような動画とかアニメの話を途中で振ってくれれば寝ないで済んだんだけど、あれは最早催眠術の域に達している。
寝不足の人の前で、校長先生の音声データを流せばぐっすり快眠できるんじゃないだろうか。
「でも、前々から郡山先生には目を付けられてるよね? ソラくん。あの先生に何かしたの?」
「何も。最初に会った時から説教されてるよ」
忘れもしない。
一年の春に、
――お前が、あの遠藤か。反抗的な眼をしているなあ!!
と、何もしていないのに絡んできたのだ。
たまに廊下ですれ違った時だって睨んでくるから、隠れるようになってきた。
こっちは何も疾しいことはしていないっていうのに。
「とにかく、夜更かしは駄目だよ。最近、ようやくツユちゃんも夜更かししないようになってきたんだから」
ツユは一人でゲームをする時間を減らしたらしい。
配信するゲーム時間が減ってしまうからだ。
その代わり、プレイするゲームは配信でするようになった。
何時から何時までと配信する時間を決めているから、前より規則正しい生活になったらしい。
「ライカさんこそ、夜更かししているんじゃない? 昨日、夜にトイレ行ったら部屋の光が点いてたけど?」
「私はちょっと生徒会の業務があったからしょうがないの。それに、私はショートスリーパーだから大丈夫なの」
「ふーん」
ライカさんが全校集会で眠りこけている姿なんて見たことない。
ショートスリーパーっていうのは本当なんだろう。
家に帰ってまで生徒会の仕事をしているのは問題だけど。
「でも、まあ、本当にありがとう、ライカさん。お陰で助かった」
「うん! 偉いね! ちゃんと何度もお礼言えて!」
ライカさんは俺の頭を撫でてくる。
だが、まだ体育館には人が大勢いたせいで、衆目を集めてしまう。
「いいなー。俺も生徒会長にナデナデされたい」
「気持ち悪っ、男子」
「えっ、でも、私も先輩にいい子、いい子してもらいたいかも」
「……それってどういう意味?」
郡山先生は明らかにライカさんに甘い。
そのライカさんが俺のことを甘やかしている姿を、恐らく郡山先生も前から目撃しているだろう。
郡山先生に目を付けられているのって、もしかして間接的にライカさんのせいでもあるんじゃないだろうか。
「ん? どうしたの?」
何も知らないライカさんはいつものように笑っていた。
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