第37話 弟と妹の関係性に姉は嫉妬する

 姉をストーカーしている時に、見つかってしまった。

 こうなった元凶であるツユはいない。

 幸い、実際にストーキングしている所を見られた訳ではない。

 今ならまだ有耶無耶にできるはずだ。


「や、やあ。奇遇だね。ライカさん」

「そうだね、ソラくん。……ところで、今何を?」

「えっ、と。その、やる事もないからブラブラ歩いてた」

「……ブラブラ歩いていた?」


 まずい。

 ライカさんが訝しんでいる。


 立て看板に陰に隠れていたのだ。

 やはり、何か勘付いてしまったんだろうか。


「なんて偉いの! ソラくん!」

「え?」


 ライカさんは凄い勢いで喜んでいた。


「家に引きこもってばかりじゃ何も得られるものがないから外に出たんだね! うん、いいと思う! たまには書を捨てて町に出た方がいいよ」

「う、うーん。そうかな……」


 嘘をついたせいで罪悪感が心に圧し掛かる。


 今更ライカさんをストーカーしていたなんて言い出せない雰囲気だ。


 というか、ブラブラ歩いていただけの暇人をこんなに褒めてくれるのは、ライカさんぐらいなものだろうな。


「いつもは家でゴロゴロしているだけだし、たまには、ね」

「ゴロゴロするのだっていいことだとお姉さんは思うけどなー。だって、休息をとるから、頑張れるんだから。私は、そういうのが苦手だから、どうしてもメリハリがつかないのよ」

「いや、本当にゴロゴロしているだけだから……」


 オンとオフをキッチリ分ける為に休んでいるんじゃない。

 怠惰だから家でゴロゴロしているだけだ。


 そもそもライカさんはメリハリつけなくても、人の何倍もの力を発揮できるからな。


「どこへ行くの?」

「あー。ちょっと、ね」


 ライカさんは言葉を濁す。


 いつものライカさんだったら、素直に言ってくれるような気がする。

 どこかへ行くのを触れて欲しくなさそうだった。


「それじゃ、すぐ帰るから。また家で」

「…………」


 ライカさんはすぐに踵を返す。

 彼女らしからぬ素っ気ない態度に、俺は思わず、


「ライカさん。よかったらついて行ってもいいかな?」


 踏み込んでしまう。


「え?」


 ライカさんは呆気に取られている。


 変な奴だと思われてしまっただろうか。

 そうだよな。

 いきなり、姉のデートについていく言い出す弟って変だよな。


 でも、何となく、これが俺とライカさんの分岐点な気がした。

 いつもと様子が違うからこそ、もっとライカさんのことを知りたいと思った。


「その暇だし、それに、その花束だって、俺が持っていた方がいいかと思って。大丈夫、邪魔はしないから! 誰かと会う直前まででも」

「……ふっ。なあに、それ。おかしい」


 ククク、と鳩のように笑い出す。

 しかも、それが止まらない。


「な、何がそんなにおかしいんだ……」

「だって……」


 ようやく笑うのを止めると、指で目尻に溜まった涙を拭う。


「そうね。目的地はすぐそこだから一緒に行きましょうか」

「あ、うん……」


 結局、何で笑ったのかを教えてくれないまま、ライカさんは歩き出す。

 どこへ向かうのか分からなかったので、俺はただただ振り回されるようにしてついていくしかなかった。


「ソラくんが私にそこまで興味持ってくれるとは思わなかったな」

「ど、どういう意味?」

「ツユちゃんとは仲良くする癖に、私とは全然遊んでくれないから」

「……ツユは、ゲームっていう共通の趣味があるし」


 それに、ツユは喋りやすいからな。

 ライカさんが喋りづらいっていう意味ではないが、やはりどこか別世界の人間って感じがして話しづらさがある。


 ライカさんが何を趣味にしているのかも、実は知らない。

 漫画やゲームの話をしたことも多分ない気がする。

 何が好きなんだろうか未だに不明だ。


「でも、ツユちゃんはストーカーの件を私には相談せずに、ソラくんには相談していたんでしょ? それがちょっとジェラシー感じちゃったなー」

「ま、まあ、率先して相談されたっていうか、あれは偶然、俺がツユの秘密を知ったからだから」


 確かまだツユは、VTuberのことをライカさんに伝えてないはず。

 ストーカーの件は話をしていたが、話したのは父親と、俺だけのはずだ。

 口を滑らせないように気を付けないと。


 俺からVTuber活動をしていることを告げたら、恨まれるどころの話じゃない。


「あれ? ここって……」


 歩きながら話していると、どんどん道を外れていった。

 そして、見覚えのある場所が見えてきた。


 どうして急にライカさんが笑い出したのか。

 そして、ライカさんがどうして花束を買ったのか。

 それから、ライカさんが会おうとして相手は誰なのか。


 それがなんとなくだが、分かって来た。


「もしかして、ここに来た理由って……」


 中心街から離れた場所にあるここは、草木が生い茂っている。

 そして、無数の墓標があった。


「そう。――お墓参りだよ」


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