第29話 元カノのスカートの中に足が入る
回転していたポリバケツの蓋の回転が止まる。
「な、な、な、なんでポリバケツから?」
「えーと。コスプレ、かな?」
「ハロウィンでも、そんなロックなコスプレしている奴観た事ないけど!?」
俺はあまりの事態に頭を抱える。
「……あっ」
「どうした? アイ」
その呟き方は、吉兆を知らせるものじゃないことだけは確かだ。
「大変なことが起こった」
「今以上に大変なことがあるのか?」
「お尻がハマって抜け出せない」
「…………」
ん、んー、とか言いながら抜け出しそうで抜け出せていない。
どうやら本当にポリバケツから自力で出られないようだ。
ここは地獄か?
辺りを見渡すが誰もいないようだ。
ツユを家に帰して良かった。
こんな所を観られたら、俺もどんな反応をすればいいのか分からない。
「お願い出して」
「とりあえず、腕をもっと俺に向かって伸ばせ。引っ張り出すぞ」
「う、うん」
両腕を握って引っ張り上げる態勢をとる。
「力を入れろ。せーの」
「うんっ!!」
お互いに力を合わせて一気に引き上げると、
「あっ!!」
「きゃっ!!」
抜けてくれたようだ。
俺の身体の上に馬乗りするような形になる。
こんな時に限ってスカートを履いているせいで、容易にアイの脚と脚の間に、俺の膝が入ってしまっている。
「……ごめん」
スカートが捲れてしまわないように、俺はソッと身体を引き離す。
「べ、別に謝らなくたって……」
スカートをパンパンと叩きながら埃を落とす。
春らしい明るい配色のコーデをしている。
ツユが相変わらず色気のない服を着て外に出ていたのもあってか、ギャップで滅茶苦茶可愛く見える。
相も変わらずファッションに関しては、雑誌とかで最近の流行を気にして取り入れているようだ。
そんな見た目に関して努力しているにも関わらず、なんでポリバケツなんて汚れてそうな所に入っていたんだろうか。
「な、なんでこんな誰が置いたか分からないようなポリバケツの中なんかに? 汚いんじゃないのか?」
「大丈夫。これ、私物だから」
「お前はポリバケツを常に持ち歩いて、たまにその中に入って隠れる趣味でもあるのか?」
「……はあ。そんな変な趣味ある訳ないじゃない。馬鹿じゃないの? ソラ」
俺が馬鹿にされているこの状況、耐えらないんですけど。
どう考えても、ポリバケツにケツが挟まって抜けなくなった奴の方が馬鹿だろ。
「これは、ちゃんと車に乗せて運搬してもらったの」
「え? 誰に?」
「家の人に」
家の人って、執事みたいな人か。
それにしても、
「……なんで?」
「重くて持ち歩けないでしょ? こんなの」
「だからなんでわざわざ車まで使ってポリバケツを運んで、更にはその中に入っていたんだ?」
さっきから微妙に答えをはぐらかされている気がするな。
流石にしっかりとした答えを聴いておかないと、これからどんな奴だと思って接すればいいのか分からない。
「そ、そうね。あれよ、あれ。あなたの妹風情のストーカー対策」
「え? ツユの? というか、なんでツユがストーカーされているって知ってるんだ?」
「え? それは、その、妹風情がSNSでそんなこと呟いてたから」
「そうなのか?」
ツユのSNSってあんまり知らないんだよな。
俺自身がSNSをあまりやらないから、ツユがどのSNSをやっていて、どんなことを発信しているのかも知らない。
ただ、動画を配信するぐらい発信しているのだから、複数のSNSぐらいやっているだろう。
SNSをやりまくっているアイだったら、ツユのSNSを随時チェックしていてもおかしくないか。
「でも、なんでわざわざ関係ないアイが?」
「ほら、借りは返すって言ったじゃない? 私は義理堅いの」
「……なんだか取ってつけたような言い回しだな」
ツユの温情で、俺がアイを迎えに行った時の借り、か。
あれは本気だったんだな。
「ま、まあ、理由についてはもういいか。というかこうして話すなんて久しぶりだな」
「え? そう? 精々一週間ぐらいじゃない?」
「まあ、そうだけどさ……」
それでも、アイと話さない、SNS等でやり取りしない期間がここまで続いたのって、もしかして初めてなんじゃないだろうか。
それにしては、ギクシャクせずに普通に話せている自分に驚く。
あまりにも衝撃的な再会をしてしまったせいで、些細なことはどこかへぶっ飛んでしまった。
「まあ、アイとは話したかったから丁度良かったかな」
「何? 復縁の話?」
「いや、それはないな」
「何よ、その即答は!?」
よし。
際どい冗談も言えたな。
俺も大分吹っ切れたみたいだ。
少し冷や汗をかいたが、アイには気づかれていない。
「ツユの話を知っているなら話は早いんだけど、ストーカーの件についてどう思う?」
「どういう意味?」
「いや、なんかアイってストーカーっぽいから、ストーカーのことを聴くならストーカーに話を聴くのが一番かなって思って」
「ちょっと!! なんで私がストーカーなのよ!? 私はただ自分のやりたいことをやっているだけよ!!」
「そ、そっか……」
冗談っぽく言ったんだけど、本気でストーカーっぽいな、この人。
さっきのポリバケツに入っていたのも、俺達を尾行していたんじゃないだろうな。
ポリバケツの底が抜けていて、そこから足を出して歩けるようになっているみたいだし。
「ツユがSNS……みたいなものに音声を上げたのがきっかけでストーカーに、ツユが誰なのか判明してストーカーにつけ狙われているみたいなんだけど、何か分からないか?」
まさか、ツユがVTuberをやっているとは言えないので、微妙に誤魔化して伝える。
困っているとはいえ、秘密にしているのを本人がいないところで明かす訳にもいかない。
「音声? それだけで妹風情の素性がバレたの? それっていつの話?」
「昨日今日の話だ」
「……なら、ストーカーの犯人は妹風情と近しい人間じゃないの? すぐに捕まりそうね」
「え? なんで?」
「声で分かるっていうなら、それだけ近しい人か、同じ学校の人間じゃないの? 警察ならすぐにわかるでしょうね。まっ、まともに警察が動けば、だけど」
なるほど。
確かに漏れた情報は今のところ、音声だけのはず。
それで特定できるってことは、ツユから近しい人間か。
バイトはしていないし、塾や習い事もしていないから、やっぱり同じ学校の人間か?
ツユには粘着質なファンである『ワサビ抜き』が誰か、全く心当たりはないはずだ。
あれば、すぐに言うはず。
ということは、別のクラスの人間か?
「警察だってまともに仕事してくれるだろ」
「警察は事件が起きないと動かない。私は被害者になったから分かったけど、警察は『民事不介入』とかのせいで、現行犯じゃないと犯人を確保できない」
「ひ、被害だって出てるだろ? 実際。コメントで脅迫めいたことだって言っているんだし」
「それでも警察は動かないでしょうね。よくて通学路のパトロール強化ぐらいじゃない? それぐらいしか警察はやってくれないから、あんまり期待しない方がいいかもしれないわよ」
「そんな……」
まだストーカーの疑いだけだ。
それだけ一々警察が動いていたら人手不足にも程がある。
それは分かっているけど、やはり身内が危険になると理解ある人間にはなれない。
「弁護士に頼んでも、基本的には加害者を忠告させるだけで終わるんじゃない? というか正直、犯人が飽き性なストーカーであることを願うしかないかもね」
「あ、飽き性って……。そんなの……」
「その原因になってSNSとかを辞めれば、そのストーカーもすぐにいなくなるんじゃないの? そのストーカーは多分、SNSの中にいる妹風情が好きなんだから」
「それは……」
そうかもしれないけど、ツユはVTuberを辞めたがらないだろうな。
俺も辞めて欲しくないと思っている。
自分の限界を感じて引退するのならいい。
でも、何の責任も負わない他人の言動のせいでツユが自分のやりたいこを辞めることになるなんてことになったら、俺は『ワサビ抜き』とかいう奴を許すことはできない。
「まっ、大人達にですら解決できない事件なんだから、まだ子どもである私達ができることなんて祈ることしかできないかもね」
そう言って、アイはポリバケツを引き摺りながら、どこかへ行った。
滅茶苦茶シュールな光景のせいで、シリアスな空気をぶち壊して。
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