第28話 お揃いのシュシュを買って急接近

 日曜日の昼下がり。

 俺達はデパートの帰り道を歩いていた。


「ツユが買い物に付き合って欲しいって珍しいな」


 荷物持ちとして俺を指名するのだったらいつも通りなのだが、荷物が少ない。

 それに買ったものはツユ自身が持っている。


「それ、持とうか?」

「…………」


 無視、いや、心ここにあらずといった感じか。


「どうした?」

「その……」


 キョロキョロとツユが周りを見渡す。


 そういえば、今日は落ち着きがない一日だったな。

 何回かツユが同じように視線を動かしていた気がする。


「なんだか最近、誰かに見られている気がして……」

「誰かに? 何か心当たりは?」

「…………」


 押し黙ってしまった。

 俺に言おうかどうか迷っているようだ。


 もしかして、俺を買い物に誘ったのは、俺を護衛替わりにしたかったからか?


「どんな些細なことでもいいから話してくれ。気のせいだったらそれでもいいから」

「その、これです……」


 スマホを見せてくると、そこにはツユがVTuberとして配信している動画のコメントだった。


『レインちゃんの学校を特定した。可愛い制服だね。俺クンも手に入れたいんだけど、制服ってどうやって買えばいいのかな?』

『嘘や冗談でもそういうこと言わない方がいいですよ』

『冗談じゃないって。お前ら嫉妬するなよ。教えてやってもいいけど、レインちゃんと俺クンの大事な秘密だから教えてあげないよ?』

『こいつやばくない? 通報しておきました』

『ああ、可愛いシュシュだね。お揃いのやつ買えば彼女であるレインちゃんに近づけるかな?』


 誰がこんな気持ち悪いコメントをしているのかと思って、リスナー名を確認すると『ワサビ抜き』と書いてあった。

 会話しているリスナーは全員別だったが、ツユのことを特定したと豪語している奴は一人だけだった。


「これってあの厄介リスナーだよな?」

「……はい。最近買ったやつのことも知っていたので、もしかしたら本当に私のことを特定したのかと思って……」

「それは……」


 違うだろ、と気休めを言う事はできなかった。


 ツユの配信を観た。


 普通の人よりか遥かにゲームは上手いと思う。

 プレイングは面白いし、ゲームのやり方がガチ勢よりだから、本気でゲームが好きな人でものめり込めるような配信だった。


 キャラクターのCGも可愛かったし、表情も変わって可愛く見えた。

 見た目だけで好きになる人もいるだろう。


 それに、ツユはコメントをよく見て受け答えをしていた。

 アクション系のゲームをしながらでも、コメントを読んでいた。


 そのサービス精神が集客力に繋がっているんだろうけど、そのせいで勘違いをする視聴者も出てきてしまうだろう。


「このこと、他の誰かに相談はしたのか?」

「いいえ……」

「した方がいいだろ。とりあえず、親に相談しないか?」

「でも……。そうなったら、VTuberのことも相談しないといけないから……」


 実際に被害が出てしまったかもしれないのだ。

 余計にVTuberを辞めさせられるかも知れない。

 そう思っているのだろう。


「父親にでもいいから相談しよう」


 正直、俺の手に余る。

 まだ高校生の俺には何もできないし、解決策も思いつかない。


 ここは大人に相談をして指示を貰うしかないだろう。

 母親じゃなくて、父親にだったらツユも言いやすいはずだ。


「分かり、ました……」


 ツユは渋々ながら首肯する。


 それでいいと思う。

 俺達だけで解決しようとしたら、余計に問題が大きくなりそうだ。

 今の内に親を頼った方がいい。


「特定された原因に何か心当たりは?」

「やっぱり、この前の割り込みのせいで、兄さんの声が分かったんじゃないかって思ったんですけど」

「そうか……」


 だよな。


 深夜の配信中に俺が部屋でツユに声をかけて、それでツユは俺が兄だと口を滑らせてしまった。

 兄である俺の情報を与えてしまったから、ツユが『雨傘レイン』だと特定されてしまった。

 つまりは、俺のせいだ。


「先に帰っていてくれ」

「忘れ物ですか?」

「いや、一応この辺を見回ってみる。ストーカーがいるかも知れないから」

「気を付けてくださいね。この前の前の彼女さんの時だって危なかったんですよね?」

「大丈夫だって。全然平気だったから」


 幸い、家は目で見えるぐらい近づいていた。

 ツユ一人でも帰れる距離だろう。


 心配そうに何度も振り返るツユを見送ると、俺はその辺を見回る。

 といっても、ストーカーなんてすぐに見つかる訳もない。


 自分のスマホを見つめる。


 相談したい相手がいる。

 こういう時に役に立つアドバイスをしてくれそうな相手だ。

 だが、その相手は今、最も相談しづらい相手だった。


「…………アイ」

「呼んだ?」

「うわっ!」


 いきなり声を掛けられたので飛び上がって驚く。


 情けない声を上げたが、それを気にしている余裕はなかった。


 なにせ、誰もいないはずのところから、いきなり声を掛けられたのだから。

 しかも、アイの名前を呟いたら、本人がいたのだから余計に驚いた。


「ど、どこから出て来たんだ!?」


 アイの横にポリバケツの蓋が転がっている。

 そして、身体はスッポリとポリバケツの中に入っていた。


 も、もしかして、こいつ、


「ポリバケツの中にずっと入っていたのか!?」

「そうだけど、それが何か?」


 狂人は、まるで俺が変なことを言ったかのように首を傾げた。


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