第27話 新人VTuber雨傘レインちゃんの厄介ファンはワサビ抜き
日を改めて土曜日。
平日だとお互いに時間がないので、休日にツユの手伝いをすることになった。
ただ、手伝いをすると一言で言っても、何から始まればいいのか分からない。
こっちは素人なのだ。
だからツユに訊いてみた。
「何からすればばいい?」
「とりあえず……コメントの整理を一番して欲しいですね」
「え? コメントの整理?」
予想外の答えが返って来た。
照明やパソコンのセッティングとか、配信の企画会議とか、それっぽいことを想像していた。
だが、コメントの整理っていうのはいかにも地味そうだ。
しかも、何をすればいいのかよく分からない。
「コメントの整理って具体的に何をすればいいんだ?」
「そうですね。動画にコメントされた内容を、簡単にジャンル分けして欲しいです。ご意見、感想、感謝の言葉、後、次の配信のアドバイスとか、次に繋がるコメントをピックアップして欲しいんです」
「……そんなことでいいのか?」
コメントを観て、それを報告するだけだよな?
正直、俺がする必要性を感じない。
普通に、ツユがコメントを観て、コメントを解析すればいい。
二度手間じゃないんだろうか?
「私、配信の後のコメントってあんまり観れないんですよ。配信中に流れるコメントだったら普通に読めるんですけど」
「なんで?」
「凹んで、次の配信に支障を来たすからです」
ツユにスマホを見せられる。
そこには、
『こいつの配信つまらなすぎ。なんでこんな奴が人気なのか疑問』
『話している時間少ないよな。ゲームの腕前はプロ以下なんだから、せめてトークで盛り上げて欲しいんだけど』
『ぴこらの方がまだマシだろ。そもそも声が嫌い』
批判者のコメントがズラリと並んでいた。
「嫌なら観るなあああああああああああああああっ!!」
魂の咆哮が出た。
「大きい! 声が大きいって!」
「す、すいません」
ドアを閉めて、ツユの部屋にいて今喋っている。
姉のライカさんはいるし、いつの間にか両親が帰って来ているかもしれない。
大声を出して様子を見に来られたら、今部屋に出している配信機材をすぐに片付けなければならないのだ。
「普通の視聴者だったらまだ分かるんですよ。素直に感想を書いているだけなんで。でも、私が許せないのは同業者が批判コメントを書いている時なんです」
「同業者って? 投稿者ってこと?」
「はい。そうです。同業者でコメントする人って意外に多いんですよ」
「……へぇ。本当に意外だな」
「そうですよね。他人の配信観てコメントする暇があるなら、自分の動画のクオリティを上げる為に努力して欲しいですよね?」
「そんなことは一言も言っていないんだけど」
闇が深そうだ。
どうやら随分苛々しているみたいだな。
「配信の苦労を知らない人が批判するんだったら分かるんですよ。でも、配信や動画投稿をしていてしんどい思いをしている人が、なんで私の動画を観て批判できるんですかね?」
「ま、まあ。憂さ晴らし、とか?」
接客業の店員が、憂さ晴らしの為、接客している人に当たり散らすって聴いたことあるな。
自分が普段客にやられていることを別の人でやり返すことで、スッキリするっていう、まさに負の連鎖のお話。
それと似たような心理が働いているのかも知れない。
「私の動画の批判コメントを書いている人って、みんな私より登録者が少なかったり、再生数が少ない人ばかりなんですよ。そんなの負け惜しみじゃないですか。私に喧嘩売るんだったら、もっと大手事務所のVTuberに喧嘩を売って欲しいんですけど。書いていて恥ずかしくないんでしょうか」
「うーん」
書いている本人はそんなつもりはないんじゃないだろうか。
大手に批判コメント書いたら、それだけで裁判沙汰になる可能性もあるからな。
誹謗中傷とかで。
実際、SNSや投稿者がアンチを訴える為に弁護士を雇った話は、枚挙に暇がない。
だが、それができるのは、大手だけだ。
雇うのには大量の時間とお金を消費しなくてはならない。
そんな面倒なことができるのは、強力なバックアップがある、それこそ『企業勢』の人だけなんだろうな。
「それに、アンチの人よりも、ファンの人の方が怖い時があるんですよ」
「ファン?」
「熱狂的な人が何人かいるんですよ」
「ならいいんじゃない?」
「私も最初はそう思ってたんですけど……」
スマホの画面を見せてもらうと、そこには長文でズラリとコメントが書かれていた。
『今日はなんかレインちゃんの元気がない気がする。もしかしてあの日なのかな? まっ、理解ある俺クンとしては休んでいいって言えるけどね! 大丈夫。たまには休んでも俺クンは我慢できるから。本当だったら24時間ずっとレインちゃんの声を聴いていたいけど、身体に障ると良くないからね』
『レインちゃんにスパチャ以外で何か贈り物がしたい。俺クンの気持ちが伝わって欲しい。そしたらきっとレインちゃんビックリして泣いちゃうだろうな。喜んで泣いてくれるだろうな。バラの花束を贈ればいいかな? 俺クン女性の気持ちが分かっちゃうから、それで俺クンに惚れちゃうよね? ごめん、みんな。出し抜く形になっちゃって。絶対レインちゃんを幸せにするから』
『今日で配信開始してから30日だね。つまり俺達が出会ってから30日ってこと。つまり、レインちゃんの誕生日って言ってもいいよね? 出会いを祝福して乾杯。――って言っても、俺クンの家お茶ぐらいしかないや。レインちゃんお酒飲めないよね? っていうか何歳? 彼氏である俺クンには言ってもよくない? って、俺達付き合ってないやろーがい!(爆笑)』
気分が悪くなってきた。
自分に向けられたコメントじゃないのに、これだけ精神ダメージを与えることができるなんて、むしろこの人、世が世なら文豪なんじゃないのか?
最後に『(爆笑)』のコメントを入れたのも、芸術点に加算されますね、これは。
「どう思います?」
「……気持ち悪い」
「この『ワサビ抜き』って人、配信の度に長文送って来るんですよ。最初は反応貰えて嬉しかったんですけど、コメントが怖いし、どの時間帯に配信しても一分以内ぐらいで即コメンとしてくれから、怖くて、怖くて……」
「無しょ――いや、大学生の方とかかな? ブロックとかはした?」
こういう輩をブロックすると逆上しそうだけど、精神衛生上、ブロックした方が良さそうだ。
「試したんですけど、新しいアカウント作ってまたコメントしてくるんですよ。それを何回もやってきて、最終的にはこっちが根負けしちゃって……」
「執念だな」
好意的な見方をすれば、そういう厄介ファンがつくぐらいツユの配信が魅力的ってことだろうけど、本人からしたら嫌だろうな。
アンチと熱心過ぎるファン。
どっちも本人からしたら同じなんだろうな。
ファンの方が悪意ない分、厄介そうだけど。
「これがツユのVTuberとしての名前なのか?」
「はい。そうです。いけませんか!?」
「いや、本名にかかっていいと思うけど……」
ユーザー名『雨傘レイン』。
単純すぎるとは思うけど、視聴者に覚えてもらうための工夫なんだろう。
コメントを書き込んでいるみんなレインちゃん言っているし。
「……分かった。コメントのチェックは俺がやる」
「あ、ありがとうございます!」
俺の手を握って感謝の言葉を告げてくる。
ツユがこんなに素直にお礼を言ってくるなんて珍しいな。
それだけコメント欄に目を通すのが苦痛だったんだろう。
繊細なんだな。
そんなに心が傷つきやすいんだったら、VTuber向いてなさそうだ。
でも、VTuberってみんなそんなもんなのかな。
活動している人より、活動休止になっている人の方が多い気がする。
そのほとんどが精神的なストレスの人が多い気がする。
配信するにしても、何周年記念とか、コラボだけの時とか、特別な日にしかやらないVTuberの方が多いよな。
だから、ツユがこれだけ傷ついているのも普通なのかも。
「……それで? 俺がコメント欄を整理する間、ツユは何を?」
「ゲームです」
「遊ぶつもりか!?」
手伝うとは言ったが、作業を全部やるとは言っていないぞ。
「失敬ですね。配信の為です。今、RPGのゲーム配信をしているんですけど、レベリングしておかないとスムーズにボスを倒せないんですよ。だから、配信外でやらないといけないんです」
尤もらしいいい訳だけど、本当にそうなのか?
「配信でやってもいいんじゃないのか?」
「配信でやってもいいんですけど、それだと話すことがなくなって、話のネタがゲーム以外になっちゃうんですよ」
「? プライベートの話でいいんじゃないか? むしろ視聴者はそっちの方がメインの人だっているんじゃないのか?」
ゲームのプレイ動画を観るのだったら誰だっていい。
プレイが上手いのだったらプロの動画を、一番面白い動画を観たいんだったら、企業勢の動画を観るはずだ。
それでも『雨傘レイン』の動画を観に来ているってことは、配信している本人が気に入っているからだ。
好きな人の個人情報を知りたいって思うのは当然だろう。
だから、プライベートの話をバンバンやった方が人気そうだけどな。
「口を滑らせて、特定されそうで怖いんですよ」
「あー」
ツユがVTuberを出来ているのは、顔出ししていないからだ。
もしも実写で活動していたのなら、学校で話題になっていただろう。
家族の反対もあるだろうし、下手したらVTuberを引退しないといけないかもしれない。
「最初から顔出しをしている人もいるけど、やっぱり顔出しは無理だよな?」
「はい。クラスメイトにバレたら不登校になるかも知れません」
「そうだよなー」
メンタル強い人間だった、むしろ有名であることを友人に自慢できるだろうけど、それをツユはできないだろうな。
「分かった。バレないように気を付けるよ」
「本当ですよ。この前勝手に兄さんが部屋に入って来たせいで、兄さんの声も配信に入って色々大変だったんですから」
「それは……ごめん……。ただ、夜に配信はもうやってないだろうな?」
「やっていないですよ。チャンネル観れば分かるじゃないですか」
そうなのか。
あれからツユのチャンネルを教えてはもらったけど、実は一回も開いていない。
「……うん」
「もしかして観てないんですか?」
「身内の配信を観るのは何か恥ずかしくてな」
「私だって恥ずかしいですよ!! でも、色々と意見を貰いたいんです。できれば、観てくださいね」
「分かった」
ツユがゲームをしている横で、本人の配信映像をBGM代わりに流した。
役に立ちそうなコメントをピックアップしていたのだが、妹の配信用に作っている声やリアクションを聴きながらするのは、やはりむず痒かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます