第26話 声優がグラビアの表紙を飾るような時代
VTuber。
数年前から人気が出ている配信者の総称。
本人が動画や配信に登場するのではなく、ヴァーチャルなガワを身に着けている人達のことだ。
ボイスチェンジを使わずとも、本人だと特定されづらいし、二次元が好きな人にも刺さる。
実写の動画は幅広い層に受けていて、VTuberは若者の層を中心にターゲットを絞っている配信者といったイメージが大きい。
「VTuberって知っています?」
「まあ、観た事あるし」
「ほ、本当ですか!?」
詰め寄られて、思わず俺は距離を取る。
そんなに嬉しいもんなのか。
「き、切り抜きとかでしか観たことないけど」
「そ、そうですか……」
ツユが肩を落とす。
そんなにVTuberが好きなのか。
申し訳ないけど、あまり詳しくない。
クラスの人達の方が詳しいだろう。
まともに配信を丸々一本観た事、もしかしたらないんじゃないだろうか。
一度の配信で数時間配信するから、一本の動画を観ることすら疲れるからな。
それに、色々VTuberの人っていすぎて誰から観ればいいのか分からない。
だから、手を出せずにいる。
普通の人の動画や配信だったらまだ観た事あるんだけどな。
それにしても……。
「何でVTuberやってるんだ?」
「ゲームが好きだからですよ。動画を検索していたら好きなゲームを配信しているVTuberの人がいて、その人みたいに自分もなれたらいいなって思ったら、いつの間にかVTuberをやってました」
「でも、そのモニターとか高かったんじゃないのか?」
「それはお小遣いとかお年玉をやり繰りして」
「そうなんだ……」
服とか装飾品とか、そういったオシャレに興味はないかと思っていたけど、お金を貯めて配信で必要な物を揃えたのか。
それだけ本気ってことなんだな。
俺だってゲームは好きだ。
一日中やっていたことだってある。
ゲーム配信を観た事だってあるし、やっていて楽しいだろうし、やりがいはあるだろうとは予測できる。
でも、だからといって配信者をやろうとは思わない。
ゲーム配信をやるよりは、観ている方が楽だし、そっちの方が楽しめると思ったからだ。
そこはツユとは全然感覚が違うんだろうな。
「でも、人気みたいだな」
「どこがですか。私なんて全然ですよ」
「それは有名どころと比べたらそうかも知れないけど……」
VTuberの頂点がどれくらいかすら知らないけど、登録者何百万人とかはいっているのは想像できる。
そこまでいっているのは、きっとみんな社会人だろう。
動画配信を職業としている人だ。
学生をしながら、人を集める動画を配信できている時点で、天才だと思うんだけどな。
「まあ、私は有名にはなれないんですけどね」
「……頑張れば有名になれるかもしれないだろ?」
「無理ですよ。私、個人勢ですから。個人勢で天下を取った人はVTuberの歴史で一人もいないんですから」
「個人勢?」
「一人で配信をしているってことです」
「…………?」
配信者って、基本的には一人で配信しているんじゃなかったけ?
コラボで誰かと配信をする時はあるだろうけど。
「VTuberには大きく二種類あって、『企業勢』と『個人勢』っていうのがあって、『企業勢』は何かしらの企業に属しているVTuberで、『個人勢』は個人でやっているVTuberってことです」
「あー、そういうことね」
会社に属していたら、それは有名になるだろう。
配信以外のことをバックアップしてくれるのだから。
広告を打ったり、スケジュール管理をしたり、機材の発注や、予算の見積書などもしてくれたりしそうだ。
だったら、
「企業を目指す気はないのか?」
「無理ですよ。今時のVTuberは歌って踊れなきゃいけないんですから」
「え? ヴァーチャルなのに?」
「声の仕事である声優が、水着を着てグラビアの表紙を飾るような時代ですよ。今の時代、一芸じゃなくて多芸に秀でた人じゃないと上を目指すことはできないんです」
「それは……」
そうなのか?
そういう時代になっているのか?
VTuberって、別にアイドル活動を行わない企業に属している人もいそうだけどな。
でも、ツユが憧れている企業は、配信活動以外にも活動している企業なのだろう。
目標が高すぎる気もする。
「いつからやってるんだ?」
「高校ぐらいから……」
「じゃあ、前からやっていたってことだよな? なのに、なんで最近になって忙しそうにしているんだよ」
「忙しそうにしてました?」
「シズクちゃんが授業中に寝ているって言ってたけど」
「あはは。そうですか……。困ったな……」
言おうかどうか逡巡する素振りを見せたが、結局秘密を共有したいのか、ツユは口を開く。
「実は最近同接が伸びて来たから、必死になっちゃって……」
同接って、同時接続の略だよな。
リアルタイムでどれだけの人数が観てきているのかを知る為の数だ。
動画だと人気の指標は再生数で、配信の人気の指標は同接だろう。
「結構見に来てるんだ?」
「まあ何百かは見に来てますね」
「何百!? 凄くないか!?」
「凄くないですよ。トップの人達は何千を超えるんですから」
「でも、ツユの配信を、学校の一学年ぐらいの人数は同時に配信を観に来ているってことだよな? それって凄くないか?」
「そう言われれば、凄くは聴こえますけど……」
目を逸らして分かりやすく照れている。
やっぱり、好きなことを褒められると嬉しいみたいだ。
「それでも、少し控えた方がいいだろ? 生活に支障を来たしていたんじゃ意味がないんだから」
「それは、そうなんですけど……。でも、ようやく自分の本当にやりたいことが見つかりそうなんです……」
納得がいっていないようだ。
これがただゲームをするだけっていうのなら、応援は出来ない。
だけど、ゲーム実況をしていて、それを複数の人達から求められている。
そうなってくると応援したい。
これでプロを目指すとなったらまた話は変わるが、さて、どうしようか。
困っている義理の妹に、俺はどういう結論を出すか。
このことを母親に告げ口すれば、全ては終わるだろう。
勉強に支障を来たしているツユから、VTuber活動の為に必要な物をすぐにでも取り上げるだろう。
だが、
「……俺に手伝えることはないのか?」
「え?」
せっかくツユがやりたいことがあるのなら、それをサポートするのも兄の努めだ。
それに、俺とアイが別れた時に一番協力してくれたのはツユだった。
わざわざ口に出すのも恥ずかしいが、その時に受けた恩を返したい。
「今までずっと一人でやってきたんだろ? 何か俺に手伝えることがあったら、ツユの負担も減るんじゃないのか?」
「でも、兄さんも忙しいんじゃ?」
「バイトのシフトは減らしてもらったし、それに、俺はまあ、プライベートは暇だからな」
「彼女さんと別れたんですもんね?」
「――うっ」
言いにくいことをズバッと。
これだから家族ってやつは。
「それじゃ、お手伝いお願いします。兄さん」
ツユは笑顔でそう申し出た。
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