第30話 女の子の部屋でタッチする


「今日も心の中は土砂降り『雨傘レイン』です。今日の配信ではペンキトゥーン3をやっていきます!」


 訳の分からない挨拶から始まったツユの配信。

 それを俺は今日、生放送で横から見ている。


 つまり、ツユの部屋にお邪魔しているのだが、息を潜めている。

 何故なら物音一つでも立てたら、また何かリスナーにツッコミを入れられてしまうからだ。


 ――今日は配信の時に隣にいてくれませんか?

 ――いや、無理だろ。だって、音立てたら、また……。

 ――多少の音だったら、みんな慣れてます。平日にだって放送するから、絶対に音は入ってしまいますから……。

 ――でも……。

 ――お願いします。


 俺の服の裾を掴みながら、ツユはそう懇願してきた。


 ――分かった。一緒にいればいいんだな。

 ――は、はい! お願いします! とりあえず機材トラブルが無いか随時チェックと、荒らしアカウントが居ればブロックもお願いします。

 ――さ、作業を手伝えってことね?


 一人で配信をするのは大変だから、お手伝い要因として呼ばれたっていうのもあるだろうけど、やっぱり怖いんだろう。


 でも、


『配信毎日楽しみにしています。今日はやってくれますか?』

『あんまり無理しないでね。レインさんがやりたい時にやってくれればいいから』

『この時間帯に配信してくれるの助かる』


 温かいコメントもある。

 だから、配信を続けることができるんだろうな。


「この前はみんなゴメンね。今日はSランク帯目指して配信します」


 その発言があると、少しコメント欄がざわついてしまう。


『全然いいよー。気にしなくて』

『お兄さんのこと大切にするいい子なんだね。俺のこともお兄さんって呼んでいいんだよ?』

『むしろホラー配信でしか聴けないレインのいい声が聴こえたのはご褒美』


 若干気持ちが悪いコメントもあるけど、彼らなりにツユのことを応援してくれているのが分かる。


 それからツユはそれ以降、俺が乱入してしまった件について触れなかった。


 そのお陰か、コメント欄は荒れなかった。

 前の配信だと、俺が本当は恋人なんじゃないかってことで荒れていたみたいだが、意外に影響は少ないみたいだ。


 ちゃんと配信には人が集まってきているし、コメント欄も罵詈雑言というほどのものはない気がする。

 やっぱり、配信をリアルタイムでわざわざ観に聴いている人っていうのはアンチは少ないのかも知れない。


 だが、


『もっとランチャー使って』

『エイム酷過ぎ。そもそも発売してから結構経っているのにSランク帯に行けていない時点でにわか決定』

『そもそもゲームバランスが前作から酷くなっているからレインは悪くないだろ』

『武器の欠点をそのままにしているゲーム会社も悪いから』

『ゲーム会社は早くランチャーを調整しろ』

『さっきと相手一緒じゃない? このランク帯でこの弱さは忖度だろ? もしかしてスナイプされてない?』


 連敗や、負け方が酷いと、コメント欄の中で喧嘩すら始まってしまう。


 今日の配信でプレイしているのは、最近発売された人気のゲームだ。

 対戦形式のゲームで、ツユも今、オンラインで世界中の人と繋がって対戦をしている。


 その中でランキングがあり、一番上のランクがSランクであり、それを目指す配信を行っている。


 人気のゲームであり、発売されてから一ヵ月程度だろうから、強いプレイヤーであってもまだSランクに至っていない人もいる。

 だから、ツユの腕前でも負けてしまうことだってある。


「みんな、私のことは悪く言っていいけど、会社やゲームの悪口は止めてねー」


 ツユは明るくリスナーのことを諫めた後に、唇をギュッと引き締めていた。


 配信を観ているだけの人はきっと、『雨傘レイン』がこんな顔をしているなんて知らないのだろう。


 それから二時間ぐらい配信を続けていると、ゲームの中での連勝が続いていく。

 そして、ついに対戦ユーザーの目標であるSランク帯に到達した。

 すると、


『今の武器の使い方うめええええええええええええ!!』

『おめでとおおおおおお』

『俺もSランク行きたい! おめでとう!』


 コメント欄が祝福の声で埋め尽くされる。

 この瞬間ばかりは、コメント欄にアンチはいなくなる。


「やったー。みんな応援ありがとぉ!!」


 ツユは嬉しさのあまり、俺に顔を向けて両手を上げる。

 そのままの勢いでパァンと、ハイタッチをしてしまう。


「――――っ!!」


 俺とハイタッチしてから、隣に誰かいるのか、リスナーにバレてしまったのではないかと不安がある。


 だが、コメント欄は荒れていなかった。

 ただツユが手を叩いたか何かだと思ったようだ。


「……良かった」


 ツユの瞳には涙が溜まっていた。


 ただゲームをプレイするだけだったら、そこまで嬉しい気持ちにはなっていないだろう。

 だが、大勢の人間に観られているというプレッシャーの中で頑張っていたのだ。

 嬉しさは倍増しただろう。


『おめでとう。レインちゃんの彼氏として誇らしく思います』


 そのコメントに、俺は視線が吸い寄せられた。


 リスナー名を観ると『ワサビ抜き(サブ垢3)』と書かれているものだった。


 横目でツユの様子を伺うが、そのコメントには気が付いていないようだった。


『そろそろ迎えに行くので待っていてください』


 俺はすぐさまそのユーザーがコメントできないようにブロックした。



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