第19話 集団に襲われる

 スマホに送られた位置情報の画像の場所まで来た。


 何回かのメールが来ていた。

 助けて、とか、今、この建物の何階にいるとか、そういう短い文章しかなかった。


 また悪戯の類かと疑ってしまいそうだったが、駆けつけて良かったらしい。

 どうやら間一髪のタイミングだったようだ。


 全速力で自転車を飛ばし、そしてここまで走ってきたせいで乱れた呼吸を整ると、


「……おい、アイ。帰るぞ。何転んでんだ」


 俺が強引に近づくと、男達は呆けたように道を開ける。


 ソファに仰向けになっていたアイを起き上がらせる。

 着衣がそこまで乱れていないのが幸いだが、顔が真っ青になっている。

 相当怖い思いをしたようだ。


「おい!」

「なんで……」

「お前が連絡を寄越したんだろ? ほら、あれだ。今日は佐藤さん家の庭に生えているイチゴを貰う約束していただろ? 一緒にいくぞ」

「おい!」

「な、なんの話――というか、でも……」

「おいって言ってんだろ!! 何やってんだ!!」


 さっきから五月蠅い男に肩を掴まれる。


「なんだ、女を助けに来たヒーロー気取りかあ!? お前は邪魔なんだよ!! てめえみたいな陰キャ丸出しの奴が、こいつと釣り合うと思ってんのかあ!? 精々てめぇはこの女のストーカー止まりだろうがあ!!」

「……むしろ、こっちが待ち伏せされてるんだけど」


 いきなり逆切れしてきた男は、社会の窓が開いている。

 他の連中の殺気立った視線やら、そこらに転がっている道具から、何をしようとしていたかは明白だ。


「……助けに来た? 違うな。俺は助けにもらいに来たんだ」

「はあ!?」


 こいつが、アイを襲おうとしているのは見た。


 服の上からでも隆起した筋肉が分かる。

 骨ばった手から込められる力から、絶対に腕力では勝てないと分からせられている。

 だから、


「痛い、痛いいいいいいいいいいいっ!!」

「は?」

「骨が折れりゅうううううううううううううううっ!! 骨折したああああああああああああああああ!! 誰か助けてええええええええええええええっ!!」

「ふざけんな!! そこまで強く触ってないだろ!!」


 思わず素で答えているようだ。


 どうやら困惑しているようだ。

 赤ちゃんが唐突に泣きだして、何をすればいいのか分からない大人と同じだ。


 それもそうだろう。

 男子高校生がこんなに情けない声を上げるなんて予想もできなかったに違いない。


 暴力で屈服させられるような相手じゃない。

 一対一では勝率が低い上に、多勢に無勢。

 勝てる見込みは0だ。


 負けると分かっている勝負なら、最初から敗北宣言だ。


 俺ができることはみっともなく叫ぶだけだ。


「――るせぇな!!」


 男に頬を思い切り殴られる。


 俺はそれを予想していたので、思い切り自分から飛んですっ転ぶ。

 椅子に後頭部を激突して、ウッ、と演技ではない痛みの声を訴えてしまう。


 というか、普通に痛い。

 派手に転んだ演出だったつもりが、マジで痛くなってきた。


 涙が出てきそうになる。


 だが、それを止めない。

 むしろ眼球付近の肌に力を込めて涙を振り絞る。


「お、おい!! あんまり強く殴り過ぎるな!!」


 他の男が殴った男を諫める。

 大怪我に繋がったら、病院、警察に俺が行くかもしれないという考えが過ったのかもしれない。


 ここで平然としてはいけない。

 普通であってはならない。

 アイを助ける為にはもっと狂わなければならない。


 普通のやり方でアイは助けられない。


 暴力で解決はできない。

 逃げようとしてもすぐに捕まるだろう。

 警察を呼ぼうとしてスマホを取り出しても、すぐに取り押さえられるだろう。


 だから、常識を逸脱しなければならない。


 相手は大人だ。

 こっちがやってくることぐらい、予想できてしまう。

 予想の範疇の行動をとっていたら、全て封殺されてしまう。


 だから、大人の男ならば到底できない子どものやり方でアイを救う。

 もっと頭のおかしい人間にならなければ、この切迫した状況を打破することなどできない。


「ううううううああああああっ!! 痛い、痛い、誰か助けてくださああああああいっ!! 暴力を振るわれましたああああああああああああああ。警察を呼んでくださいいいいいいいいいいいいいい。救急車もお願いしますううううううううううううっ!!」

「ちょ――」


 アイの腕を掴んで扉を開ける。

 そのまま階段めがけて全速力で走る。


「おい、待てえ!!」


 怒鳴る声が背中から聴こえてくるが、俺は振り返らない。


 建物の外まで必死になって走る。

 その間、俺は涙を流しながらも、叫び続けた。


「誰かあああああああ、助けてくださあああああああああああああいっ!!」


 不審者を見るような眼で通行人から見られようが関係ない。

 建物の影まで辿り着いて、ビルの様子を見る。


 追いかけてくる人間はいない。

 あれだけ大声を出しながら助けを呼んだのだ。

 あれが牽制となって、出てこられないんだろう。


 それとも、あれだけの奇行に走ったのだ。

 俺みたいな人間に関われないと判断したかも知れない。


 嘘泣きで濡れた頬を拭うと、


「あの女子達は?」

「え?」

「男達とお楽しみの最中だった奴等だよ。あいつらも助けるべきだったか?」

「……う、ううん。あの二人は男達とグルだったみたいだから」

「そっか。なら今すぐ警察に助けを呼ぶ必要もないか……」


 いざとなったら警察を呼ぶ可能性もあると思って、スマホの緊急ボタンで電話をかけるかどうか迷っていた。

 だが、どうやら心配ないらしい。


「連れ出して良かったんだよな」

「う、うん……」


 いつもだったら偉そうにふんぞり返っているアイが、借りてきた猫みたいに大人しい。

 どうやら本当にピンチだったらしいな。


 こういう弱ったアイは珍しいので、俺も何と声をかけていいのか分からない。

 絶対にショックだろうし。


「……とりあえず、追いかけてはきてないみたいだから、表通りに行こうか。人通りが多い方が安心だろ」


 そういった瞬間、糸の切れたマリオネットのように膝から崩れ落ちる。


「お、おい。怪我か?」

「ううん。ちょっと腰が抜けただけ」

「腰って」


 本当に抜けるものなのか。


 立ち上がろうとしないので、本当に力が抜けているらしい。


「……ありがとう。来てくれないかと思った。私、あいつらに襲われるかと思った……」


 アイは涙を流す。


 俺みたいな演技じゃなくて、本気の涙だ。

 俺は彼女の涙を隠すように抱きしめる。


 アイは立てないせいで、顔の辺りが俺のヘソに当たって少しくすぐったい。


「もう大丈夫だから」


 ポンポン、と頭に手を数度置いて落ち着かせる。


「――うああああああああああっ!!」

「お、おい!!」


 大声で泣きだしたアイに一瞬狼狽えるも、彼女の声を掻き消すためにもさらに強く抱きしめる。


 対応間違ったか?


 周りの視線をチラチラ確認しながら、俺は困惑したままアイのガチ泣きが終わるまで立ち尽くした。


 ちなみにアイの涙やら鼻水やらで、俺のシャツは濡れまくった。

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