第18話 乱れ交わるパーティー(星宮愛side)

 私が連れて行かれたのは、薄暗いカラオケバーだった。

 お酒とカラオケを同時に楽しめる場らしいが、こういう場所は初めてだった。


 メニュー表を渡されたのだが、おつまみと、そして、お酒ばかりだった。

 ジュースもあるにはあったが、ガッツリとご飯を食べるような場所ではないことは確かだった。


 それから値段が高い。

 ファミレスなんかよりよっぽど高いし、男の店長に、


「今日はチャージ料はいいよ。あと、お通し代も、まっ、全部男連中が奢るから気にしないで」


 と、聴き慣れない単語が出てきて困惑したが、連れの二人は何の疑問も差しは挟まなかった。

 むしろ、自分達がお金を払わずに飲み食いができることを喜んでいた。


 私は別世界に来たようで居心地が悪く、いつもよりも無口になってしまっていた。


 店長以外には他には三人の合コン相手の男三人しかいなかった。

 やはり、女性の店員はいなくて、狭いはずのお店が随分と広く感じた。


 足がフワフワしていて、地に足がついていない感覚。


 こんなところに、私は本当にいていいんだろうか。


「星宮ちゃんてさー。高校生なんでしょー。大人っぽいねぇ」

「そうですか……」

「アハハッ!!」


 隣にはさっき会ったばかりの男が座っている。

 成人を超えているらしく、アルコールを先程から何杯も仰いでいた。


 私にも飲み物を出されたのだが、一体何が入っているのか分からなかったので飲んだ振りをした。

 お酒が入っていないとも限らない。

 口に含んだ物はこっそりおしぼりに吐き出していた。


「あの……」

「え? 何?」

「手をどけてくれますか?」

「ああ、ごめん、ごめん……」


 男が簡単に肩を手置いてきたので注意する。

 随分と女の身体に触れているのに慣れているみたいだ。

 気持ちが悪すぎて鳥肌が立った。


 そもそも、さっきからこの男の人の距離感がバクっているのだ。

 膝と膝が当たりそうなぐらいの位置に座っている。


 コの字型のソファに、男、私、男、男、女、女の順に座っている。

 サンドイッチのように挟まれてしまって、逃げ場がない。


 仕切られていない厨房で店長が料理を作っているが、常にこちらをチラチラ見てくる。

 ここから外に出ようにも必ず厨房の横を通らないといけない。

 さっき席を立とうとしたが、


 ――どうしたの? お手洗い?


 と、言われたので、どこか動きづらい。

 私が席を立った瞬間、すぐにこちらに駆けつけたのが俊敏過ぎた。


 私は縮こまるしかなくなっている。


「私、彼氏いるんです」

「へー。まあ、星宮ちゃんぐらい可愛かったらいない方がおかしいでしょ? だから?」

「だからあんまり近づかないでください」

「アハハ。面白いねー。星宮ちゃんは。彼氏いてもいなくても関係ないのに。もっと楽しまないと。それとも意外に真面目系? いいねえ。そっちの方が俺タイプかも」


 まるで暖簾に腕押しだ。


 本気で激怒してみせているのだが、全く通じていない。

 同世代の男女ならば慄いて、私の言う事を聴くのだが、ここにいる男の人達は決して引かない。

 それだけ人生経験が豊富なのだろう。


「飲みます?」

「おっ、いいの? ありがとー。美人にお酌してもらうのいいねぇ!!」


 うるせぇ、と男の人はお友達に注意されている。


 カラオケバーで今も他の人が歌っているので、それなりに大声で喋らないと聴こえないはずなのだが、さっきから私の話し相手の人は声が大きい。


 腕まくりをしてやたらと筋肉を見せつけてくる人で、お酒に酔う前に自分が筋肉質であることに酔っているようだ。

 パツパツなシャツに、銀色に染めた髪。

 社会人ではあるだろうが、会社員ではなさそうだ。

 そもそも話し方からして、デスクワークなどやるタイプには思えない。


「……あっ、あっ。ちょ、ちょっとお……」

「いいだろ、なっ」


 照明が暗いせいもあって、他の人が何かをしていても分かりづらい。

 だが、明らかに押っ始めていそうな声が聴こえてくる。

 連れの女子が恍惚とした表情が視認出来た所で、私の精神の限界が訪れた。


「私、帰ります」

「――何言ってんの! まだ始まったばかりだよ」


 腕を掴まれる。

 言っている言葉は普通だが、籠っている握力からは圧を感じる。


 お酒を飲ませたのは判断力を鈍らせるつもりだったが、全然酔っていないみたいだ。

 肉食獣のような瞳をしている。


「私、用事があるので」

「おい!!」


 一瞬の隙をついて男の手から逃げる。

 私は速足でこの場から立ち去ろうとするが、


「待ちなよ。まだ料理作っている途中だからさ」


 店長に止められる。

 私が怯んでいる間に、両隣に男達が群がって囲まれる。

 もう逃げ場がない。


「もう少し遊んで行けって、なっ!」

「やめ――」

「いいから遊んで行けっていってんだろ!!」


 ビクッと、私は車に轢かれそうになった猫みたいに身動きができなくなる。


 こんな風に私のことを怒鳴りつけるような人間に会った事などない。

 本当の恐怖を味わっている。


「そもそも私、ムカついてたのよね。私はあなた達とは違いますみたいな顔してさー」

「そうそう中学の時から私達見下してたよね?」

「はあ!?」


 騒動があったというのに、ソファに余裕をもって座っている同中の二人が何かを言い始めた。


「み、見下すも何も! あなた達、私の視界にすら入ってないのよ!!」

「……そういう所よ。アンタのそういうところ、中学の頃から大嫌いだった」

「そうそう。そんなに偉そうな奴を嵌めても全然良心が痛まないんだけど。むしろ、清々するよね」

「ハハハ!! いい友達を持ったもんだねえ! 星宮ちゃん!!」

「友達じゃないってー。アンタ達が呼べって五月蠅いから呼んだだけだから!」


 あの二人、誘いがしつこいと思ったら、私のことを売ったんだ。

 ただただ自分達の愉悦の為に。


「うるせぇな! その代わりに今日の飯代も、使う道具とか、諸々の経費、俺達が奢ってやるって言っただろ!!」

「うっ」


 ソファに押し付けられる。

 複数の男たちから両腕を押さえつけられ、私の身体に覆い被さるように膝立ちになっている男は自分の服のジッパーに手をかける。


 他の男達は財布やらポケットからゴムや、振動する道具とか、潤滑剤のようなものを取り出していた。


 血の気がサァーと引いていくのが分かる。

 この人達、完全に慣れている。


 今までも色んな人間を罠にかけて、こうして自分達の欲望のはけ口にしたのだろう。

 それに引っ掛かったのは、私のような馬鹿だろう。


 最初から危険な香りはしていた。


 なのに、プライドが高いせいで、逃げ出せなかった。

 そんな私の性格を利用されて、こんな味方なんて誰もこないところまでノコノコとついてきてしまった。


 こんな時に助けを呼べる人間なんていなかった。

 ずっと他人を寄せ付けなかった。

 見下す気持ちはなくても、態度に出ていたかもしれない。


 唯一助けを呼べた相手には、もう嘘を一回ついている。

 私のことが大事なのか試したくて、怒らせてしまった。

 だから、もうきっと私のことを助けてはくれないだろう。


 私は私の価値が分からない。

 本当の意味で私の隣に立ってくれる人などいなかった。

 だから、どんなことがあっても私の傍にいてくれる人かどうか試しかったのだ。

 どれだけ理不尽な目に合っても傍に居てくれるのならば、それは本物の愛情の証明にもなる。

 そう、信じていた。


 でも、そのせいで失ってしまった。

 私の大切だった人を。

 私の価値を認めてくれた相手を。


 こうなってしまったのは、身から出た錆だ。


「大人しくしろよっ!!」

「うっ――」


 男達の一人に手首を強く捻られる。

 抵抗して暴れようにも手足が抑えれてできない。

 私の服が捲られそうになった時、


「誰か助けて!!」


 一縷の望みを託して大声で叫んだ。


 その瞬間、カラオケバーの扉が強引に外から開かれた。


 部屋の中にいた全員がポカンとした表情をして、闖入者に視線を注ぐが暗いせいでよく見えない。

 扉の外から僅かに漏れた光を背にしながら、男は力の籠った声を出す。


「迎えに来たぞ、アイ」

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