第15話 元彼女が男達に絡まれる

 メッセージには、アイが今いる位置情報の画像と、助けを呼ぶ文面が載っていた。

 その文面は、


『友達とカラオケに行ったら、男達に絡まれた』

『怖いから助けて』

『変なことをされた』

『今は逃げて、近くのカフェにいる』

『ねえ、どうすればいい?』


 といった切羽詰まったような短い文が送られた。


 今からすぐに向かう、と送ったが、既読はついても返信は来なかった。

 もしかしたら、返信すらできないような状況なのかも知れない。

 最悪の事態が脳裏にチラつく。


 ――私はどうすればいいですか!?


 ツユがそう訊かれた時は、


 ――危ないから家に帰ってくれ! もしも俺で対処できなかったらまた連絡する!! もしもの時は、警察に連絡する心の準備もしていてくれ!!

 ――私も行った方がいいんじゃないんですか!?

 ――駄目だ!! 危ないからついて来るな!!


 というやり取りをした後に俺は全速力で飛び出した。


 文にはに絡まれたと書いてあった。

 ということは、相手は複数人いるってことだ。


 三人か、四人か、それとももっとか?

 相手がヤクザなのか不良なのかも分からない。

 だが、俺一人で何ができるんだ。


 一方的に殴られるかも知れない。

 集団リンチされて、病院送りにされるかも知れない。


 だけど、窮地に陥ったアイを見捨てるなんてことできる訳がない。


 もしかしたら、アイは肉体目的で襲われるかも知れないのだ。

 だから、


「あっ、来たわね。おーい! ここよ! ここ!」


 思考が停止する。


 アイが普通にカフェテラスでパフェを食っている。

 そして、笑顔で手を振っていた。


 辺りにいる客は普通の人ばかりで、俺が想像していたような柄の悪い屈強そうな男達はどこにもいない。

 平和そのものだ。


 逃げ切ったのか?

 だとしたら返信があってもいいはずだが。


「……アイ? 大丈夫か?」

「大丈夫、っていうかソラ、汗かいてわね。少しはタオルとかで拭ったら? ……うん。合格! それだけ私のことを愛してるってことね!」


 俺が疲弊しきっているのを観察する余裕があるらしい。


 アイはスマホを取り出した。


「これ、SNSに上げてたでしょ?」

「あ、ああ……」


 SNSでツユと撮った写真を見せられる。

 俺達がカップルに見えるように偽装した写真だった。

 先程アップしたばかりのやつだ。


「デートの最中でも、私のこと助けに来てくれたんでしょ? それって、新しい彼女よりも私のこと愛してくれたってことだよね!? 私って罪な女だよね」


 ケラケラと笑って楽しそうだ。


 子どもが親に意地悪をして、それが成功して笑っているような様子だ。

 何の悪意も籠っていない、ただ純粋な好奇心を満たしているかのようだった。


 俺の握った拳を振るえていた。


「……嘘か? 全部?」

「うん、そうだよ。私が男にそんな隙見せる訳ないじゃない」


 あっけらかんと言いながら、まだパフェをパクパク食べている。

 俺が本気でアイを心配しているのに、アイにとっては取るに取らないことだったらしい。


 アイは俺がツユと付き合っていると誤解している。

 そして会っていると思っている上で、それを邪魔したのだ。


 しかも、自分が男達に襲われるかも知れないっていう最悪の嘘をついて、俺を呼び出した。


 そして、全力疾走でここまで来た俺の様子を見て、せせら笑っている。


 怒りを通り越して、最早何の感情も生まれてこない。


 本当に想定外のことが起きると、人間ってこうなるんだな。

 もう何も考えられない。


「……心配したんだぞ」

「うん。それって当然だよね。私ってソラに愛されてるんだから」


 唇がカサカサに渇く。


 と、アイが注文したであろうコーラが視界に入った。


「やっぱり妹さんなんかよりも、私の方を優先した方がいいんじゃない? ソラはやっぱり私の方を愛しているのよ。だから――」


 俺は聞くに堪えないアイの言葉を遮るように、コーラをぶっかける。


「もう二度と連絡してくるな。――お前には心の底からガッカリさせられたよ」


 それだけ言うと俺は身を翻した。


 もう、こいつとは本気で関わり合いたくない。


「な、何するのよ!? 私にこんなことするなんて!!」


 肩に手を置いて、俺のことを強引に振り向かせた。


 俺は掴んできた腕を軽く捻ってやった。


「いっ、や、やめて!!」

「俺が嫌だって言ったのに、お前は止めてくれたことがあったか?」

「――っ!!」


 俺がフッと力を抜くと、慌ててアイは腕を引っ込める。


 少しは自分がしたことの重大さに気が付いたんだろうか。


「お前と付き合ってしまったのは、俺の人生において最大の汚点だよ。二度と俺の人生に関わってくるな」


 俺が離れて脅威がなくなったと思ったら、


「なによ!! なんで私が悪いみたいになっているのよ!!」


 大声で文句を言うその哀れさに、俺はもう振り返る気力すらなかった。


 もう、アイとはもう学校以外で会う事はないだろう。

 そのことを確信しながら、俺は重い足取りで家へと帰って行った。

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