第10話 彼女との付き合うきっかけは文化祭の準備(過去編)

 そうだ。

 あれは、中学時代の文化祭の準備期間のことだった。


 俺達のクラスの出し物は展示だった。

 生まれた市の特徴を資料でまとめて展示するというもので、ぶっちゃけすぐ終わる出し物だった。


 他のクラスはメイド喫茶やら、劇とか楽しそうな青春の出し物を行っているみたいだったが、団結力のない俺達のクラスはダラダラと展示の準備をしていた。


「あれ? 遠藤じゃん? 何してんの?」

「そうそう。展示の準備があるんだからサボリは良くないよね、サボりは」


 クラスに帰って来ると、女子二人に絡まれる。


 俺が入ると、ビクッとなっていた。

 サボっていたのはこいつらの方だろう。


「俺は買い出しに行ってたんだ。ほら、ガムテープと、それからこれはスーパーでタダでもらったきた段ボール」

「あんたと一緒にいた買い出し組の他の人は?」

「さあ」


 買い出しに行った時は複数人だったが、いつの間にか一人になっていた。

 本来は授業中の時間に校門の外に出てはしゃいでしまったのだろう。


 きっと、どこかで遊んでいるはずだ。


「教室にいた展示係の他の人達は?」

「他のクラスの出し物の見学だって」

「へえ」


 俺は二人組の女子から少し離れた所に座る。

 その間、二人が何か話を再開し出したが、特に俺は会話に混ざらなかった。

 興味ないし、特にこの二人と仲は良くなかった。


「どこまでいったかな?」

 

 完成予定図を観ながら作業を始める。


 資料の展示だけじゃすぐ終わるので、市のジオラマを作っているところだ。

 俺は絵の具を持ってきて、河川に見立てたジオラマに水色を塗っていく。


 すると、


「ねえねえ、遠藤はどう思う?」

「え?」


 別に話しかけてなくていいのに、女子が話しかけて来た。


 暇なんだろうか。

 手を止めて話しかけている。


 まだ作業は終わっていないし、サボっていることを別に俺は咎めるつもりはない。

 なのに、なんで話しかけてくるんだろうか。

 ツッコミを入れて欲しんだろうか。


 それともサボっているのを俺に見られている罪悪感から、俺もサボリに巻き込むつもりなんだろうか。


 迷惑な話だ。

 二人でずっと話していればいいのに。


「何の話?」

「ちゃんと聞いとけてってー。星宮のことだよ、星宮のこと」

「ああ……」


 盗み聞きをしていたらしていたで、キモイとか言われそうな無茶なツッコミだ。


 それにしても、星宮か。 


 星宮愛。


 随分な人気者のようだが、正直、俺からしたら印象は薄い。

 俺には関わり合いがないからだ。

 住む世界が違い過ぎる。


「なんか調子に乗ってない?」

「そうそう。自分が一番って感じしてさー」

「そうかな……」


 星宮のことをよく知らないので適当な返事をすると、ムッとする。

 どうやら同意して欲しかっただけのようで、俺の意見は求めていないみたいだった。

 なら、なんで俺に聴いたんだ、この二人。


「星宮ってさ、男に色目使うよねー。あれってどうなの?」

「そうそう露骨だよねー。勘違いして男が寄って来てさ。マジキモいよね。なんであんな女に男って騙されるのー。男って本当に馬鹿だよねー」

「馬鹿だよね、馬鹿。いっつも馬鹿騒ぎして、教室で猿みたいに騒いで五月蠅いし、女子に対する優しさとか気遣いゼロだしねー」

「私が髪切っても気が付かない気遣いできない男子ばっか。ウチのクラスの男子って控えめに言ってクソじゃない? やっぱり男は年上がいいのかなー?」

「そうそう。本当私達って男運ないわー。私が男だったら自分のこと放っておかないもん。あんな女に騙されないもん」

「星宮ってぶりっ子っていうか、媚びているよね、男にさー」


 星宮愛が男に色目を使っている?

 よく分からないな。


 別に媚びえているような様子はない。

 むしろ、あの人は男と距離は置いているような気がする。

 なのに、男の方が星宮に話しかけて迷惑している印象だ。


「そう思わない? ねえ、遠藤」


 この言い方。

 まるで踏み絵だな。

 

 俺が星宮の悪口に同意しなきゃいけない空気を作っている。

 そして俺がここで同意しなかったら、明日から無視されるだろう。


 女子っていうのは結束力が高い。

 他の女子にも噂が回って、俺は女子全員から総スカンを喰らうかも知れない。

 だから、何をどんな行動を取るべきかは明白だ。


「全然思わない」


 でも、俺は空気を読めない。

 というか、読みたくない。


 別によく知りもしないあいつの肩を持ちたい訳じゃない。

 ただ単純にこの二人が気に喰わなかっただけだ。


「な、何言ってんの? バカじゃないの?」

「バカはあんた達だろ。男は星宮に騙されてみんなバカとか言っているのに、なんでバカであるはずの男の俺に質問してくるんだよ。本当は自分達が一番男に評価貰いたくて媚びてるんじゃないのかよ!!」

「はあ? 誰が誰に媚びてんのよ!!」

「お前らが男にだよ!! 男に興味ないフリして男の眼を一番気にしてるだろ!!」


 要はこいつらは星宮愛みたいに自分達もチヤホヤされたいだけなんだ。

 そうしてもらえないから、星宮を貶めて現実逃避しているだけだ。


「本人に直接文句を言う度胸がないなら、女子達で勝手に陰口叩いていたら? 俺に自分達の勝手な考えを押し付けるのは止めてくれない?」

「はあ? ウッザ!! 何、アンタ? もしかして星宮に惚れてるの? キッモ!!」


 なんでいきなりそうなるのか。


 恋愛脳ってやつか。


 反論しただけで星宮愛のことが好き?


 なんで間違っていることを間違っているって言っただけで、それが恋愛に繋がるんだ。


 だから、他人と関わるのって面倒なんだよな。

 俺が社会人になったら、こんなウザ絡みはされなくて済むようになるんだろうか。


「あんたみたいなブサイクが、星宮に相手されるとでも思ってんの!?」

「お前らブスに言われたくないんだけど……」

「ハアアアアアッ!? 何言ってんの!?」

「そうだよ!! 女にそんなこと言うのは最低だよ!!」


 女子二人が口角泡を飛ばしてくる。


「じゃあ、最初から俺にブサイクなんて言うなよ」


 なんで自分達は容姿についてディスっていいのに、俺は駄目なんだろうか。

 貴族かなんかこいつらは。


「お前ら星宮が可愛いから嫉妬しているだけだろ。自分が気になっている男子を根こそぎ星宮に奪われているから、気に喰わなくて陰口叩いているだけだろ!! お前らは顔がブスなんじゃない!! 心がブスなんだよ!!」

「……そ、そんなじゃないから!! 何言ってんの!! お前の方がブスでキモイんだよ!!」

「星宮はちゃんと化粧しているし、髪だってセットしているだろ? お前らは何だよ、その髪ボサボサだし、肌だって荒れていて手入れしてないだろ? 男の俺の方がまだ綺麗だろうが!! 自分が綺麗になる努力もしてない癖に、嫉妬に狂って努力している奴をバカにするなよ!!」

「うわっ、男の癖にキモイ、キモイッ!! そんな細かいところまで見てるの、気持ち悪いんだけどおおおおおお!!」


 こいつ、さっき、細かい所に気づけない男子ディスってなかったか?

 矛盾し過ぎだろ。


 とにかく矛盾していようがしていまいが、自分を肯定してくれる奴が欲しいだけなんだろうな。


 気持ち悪いというか、気分悪くなってきたな。

 こいつらと話していると。


「ねえ」


 底冷えするような声に振り向くと、星宮愛がそこに立っていた。

 俺達は固まる。


 別に俺が彼女の悪口を言っていた訳じゃないのに、何故か俺まで肩身が狭い。


「……遠藤……くん、買い出しの件で話があるんだけど」

「あ、ああ……」


 顎を引かれて、外に出るように指示される。


 俺は星宮の後ろについていった。

 すると、廊下の途中で止まった。


「別に良かったのに」

「え?」

「さっきの陰口。私、女子に言われ慣れているから」

「それは……」

「いいって。じゃ、それだけだから」


 星宮は速足で何処かへ行こうとする。

 彼女は平気そうな顔をしていたけど、本当に大丈夫なんだろうか。


 放っておいていい。

 俺とは無関係なんだから。


 そう思っていたはずなのに、いつの間にか俺は彼女の腕を掴んでいた。


「何? 痛いんだけど」

「ご、ごめん。なんか一人にしちゃいけないって思って」

「…………っ!! なにそれ。私には周りにいっぱい人いるんだから! あなたなんかと違ってね!!」

「ま、まあ、そうなんだけど……なんか勝手に手が……ごめん……」


 星宮愛はいつも誰かに囲まれている。

 休み時間なんて席から一歩も離れていないのに、人が集まっている。

 それだけ人気があるってことだ。


 でも、俺は違う。

 俺の周りには誰も集まらない。

 次の移動教室どこだっけ? みたいな最低限の会話ぐらいしかクラスメイトとはしていない。


 だから俺ごときが彼女を心配するなんておこがましい。

 それは分かっている。

 でも、勝手に腕が動いてしまったのだからしょうがない。


「……私って地味にした方がいいのかな?」

「え? なんで?」

「だって派手な格好をしてたら色々言われるから」


 ジリジロと星宮のことを観る。

 確かに他の人達と違って、制服のスカートの裾が短かったり、アクセサリーをつけていたりしている。


「……校則違反している訳じゃないからいいんじゃないか。それに、今の方がいいと思っているなら、それでいいと思うけど」

「あなたは?」

「えっ?」

「あなたは今の私のこと綺麗だと思う」

「ま、まあ、綺麗だと思うけど」

「そっか。ならこのままでいいかな」


 自分の髪の毛をイジりながら、容姿を気にしていた。


 俺なんかのぼっちの言葉でもちゃんと受け止めてくれるんだな。


「それじゃ」


 星宮はそれだけ言うと回れ右をして廊下を歩いていく。

 でも、すぐに足を止める。


「何してるの?」

「えっ?」

「今の私を一人にしていいの?」


 つまり、心細いから一緒についてきて欲しいってことか?

 誰か星宮語の翻訳をくれ。


「じゃ、じゃあ一緒に教室に帰るか?」

「うん。それで、よし」


 満足そうに笑うと星宮は俺の手を無造作に取った。


「な、なに?」

「手を繋いであの二人の前に行ったら驚くかと思って」

「そりゃ驚くだろうね。今、俺でさえ驚いたんだから」


 平静を装ってはいるが、今、俺の心臓はバクバクだった。


「だったらあの二人の嫌がらせの為に手を繋いで教室に入ろうか」

「止めてくれ。星宮さんのファンに刺される」


 俺は嫌がったのだが、星宮愛は嫌がらせの為に全力を尽くす女だった。


 本当に教室に入る時に実際にずっと俺の手を握ったままだった。


 そのまま俺達の交際関係の噂は校内を駆け巡り、そのまま付き合うことになった。


 実際にどちらかが付き合おうと言葉にした訳ではない。


 だからこそ、お互いにそっちが自分に惚れて告白したと議論になることがある。

 これが俺達の付き合うきっかけとなった出来事だ。


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