第7話 元カノをひと気のない所に誘い込む

 放課後。


 今日一日クラス内外から噂を言われ続けて、辟易としてしまった。

 周りの視線から逃れるようにして、俺は教室を速足で出る。


 すると、


「ひえっ」


 教室をすぐ出た廊下の角にアイが立っていた。

 顔半分を壁に隠しながらこっちをジロリと覗き見る姿は、ホラー映画のようだ。


「……ア、アイ?」

「そうだけど、何?」

「あの、なんていうか、どうしたの?」

「だ、か、ら、会って話しましょうって登校の時に言ったわよね? もう忘れたの!? 本当に馬鹿なんだから……」

「俺が嫌って言ったのをもう忘れたのかな?」


 どっちが馬鹿なんだろうか。

 相変わらず、アイは人の話をまともに聴いてくれない。


「それにちゃんと連絡しておいたのに、なんで返信もないの?」

「……連絡?」


 スマホを起動すると、確かに連絡がたくさん来ていた。


『ねえ? 今、暇? 授業何?』『私のこと好き? 好きだよね? どこが好きなのか言いなさい、直接』『もういい。電話今いいでしょ?』『何で電話出ないの?』『今日天気いいわね』『ともかく、放課後私の教室に来なさい』『連絡ないんだけど? ねえ? ちゃんと一分以内に返して』『なんでチャイム鳴ったのに来ないの? もういい。そっち行くからね』


 とか、今日だけで通知100は超えていた。


 普通に怖い。

 この光景にも慣れたけど、それでも別れたのにこれだけ送られると怖いな。


「あー。通知切ってたから気が付かなったな」

「いい加減にしてくれる? 休み時間もこの私がわざわざ会いに来てあげたのに教室にいないし」

「……やっぱり来てたのか」


 アイが来そうだったので、休み時間になる度にトイレに逃げていた。

 廊下で会わないかヒヤヒヤしていた。


「昼休みなんか男子トイレにこもってたけど、ちゃんとご飯食べられたの?」

「ああ、それは便所め――って、なんで俺が男子トイレにいたって知ってるんだ!?」

「えっ、それは……」

「まさか見てたのか?」

「たまたまよ、たまたま見かけたの。GPSのスマホ追跡機能だってそこまで正確な場所を把握できるわけじゃないんだから」

「え? なんでいきなりGPSの話?」


 例え話にしては分かりづらい。

 追跡機能なんて使い方知らないんだけど。

 あれって、俺のスマホで設定しないと使えないんじゃないのか?


 浮気をする旦那に奥さんがこっそりスマホに仕掛けるなんてシーンを、ドラマで観て知っているぐらいだ。


「とにかく!! ソラは私のことまだ好きなんでしょ? 未練があるんでしょ?」

「いや、まったくないな」

「嘘ばっかり! 私、知っているんだから! 私のことをまだ好きだってことぐらい、ちゃんと聴いてたんだから」

「え? 聴いてた?」


 確かにアイに未練はあると、ミゾレと教室で話をした。

 だが、そこまで大きな声で話していない。


 違うクラスのアイは勿論、同じクラスメイトに話を聴かれていた可能性も低い。

 なら、どうやって聴いていたのやら。


「まさか俺に盗聴器しかけてるのか? まっ、それはないか……」

「…………」

「真顔になるなよ、怖いから」


 顔が整った人が真顔になると、凄い怒っているように見えるから止めて欲しい。

 こっちは冗談で言ったんだが。


「そんな訳ないでしょ。最近の盗聴器は小型で性能がいい物が多くて、私のお小遣いでも買えるものだってあるけど、お店で買う時は怪しまれるんだから。まっ、親のクレカを借りてネットショッピングするならまだ私だって買えるかも知れないけど……。この私がソラなんかの為にこの私がそこまでする訳ないでしょ」

「滅茶苦茶早口なの、リアル感増すから止めて。超怖い」


 わざと早口で言って俺をからかっているんだろうけど、もしかしたらやりかねないっていう怖さがアイにはあるからな。


「と、とにかくここで話すのは止めない? せめてひと気のない公園とか、ファミレスでもいいから」

「はあ? ひと気のない所に連れ込んで私に何をする気!? 性欲に忠実過ぎるでしょ!?」

「そんな訳あるか!? 頭の中どピンクか!? ここじゃ話し合いができないって言っているんだよ!! 人がいるし!!」


 放課後で人通りが多い。


 さっきからジロジロと見られているが分からないのか。

 朝の校門前よりも多くの生徒に目撃されている気がする。


「私は構わないけど? ソラが私の愛を語ってくれれば、みんな周知の事実になる訳だし」

「…………」


 相変わらず大した自信だ。


 俺は一生懸命アイのことを忘れようとしているっていうのに。

 こいつは自分が褒められたり、愛されたりするのが普通だと思っているからな。


 宇宙人と話しているような気分だ。


「とにかくここじゃ話せない。アイと話すことはもうないけど、話すにしても後日な」

「はあ? 何よ。今から話し合いすればいいでしょ?」

「悪いけど、用事があるんだ」

「用事って何よ?」


 追いかけてくるアイに、突き放すように一言だけ冷たく返す。


「バイト」

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