第6話 クラスメイトのミゾレに胸を押し付けられる

 休み時間。

 教室の後ろにある棚の中に入っている鞄を漁りながら、次の授業の準備をしていると、


「なあ? 聞いた? あいつ……星宮と別れたんだって」

「マジで? 遠藤もったいなー。なんで?」

「さあ。フラれたのは確かだろうけど、フリーになった星宮余計にモテるだろうな」


 とか、クラスの男子達が噂している。

 女子達も、


「最初から私は遠藤君はないと思ってた」

「ええ? 言い過ぎじゃない?」

「じゃあ、あんたはどう思ってたの?」

「それは、ちょっと言えないかな……」

「ほらー、やっぱりあの二人がカップルだなんておかしいと思ってたんじゃなーい」


 何やら勝手な事を言っている。

 やっぱり俺とアイって、傍から見たら月とスッポンだったんだろうな。

 当事者である俺もどうして付き合えたのか分からないぐらいだしな。


「えっ……」


 急に目の前が真っ暗になる。


 一瞬何が起こったのか分からなくなった。

 が、


「……だーれだ」


 俺の両目を手で覆われた。

 こんな小学生がするような悪戯をするようなクラスメイトに心当たりはない。

 だが、強いてやるとするなら、一人しかいない。


「……ミゾレ、か?」

「正解」


 振り返ると、見た目からして陰キャの女子がいた。

 長い前髪と眼鏡をかけているせいで、瞳が半分以上隠れている。


 名前は霧島 霙きりしま みぞれ


 声がボソボソと小さいので、周囲の声にかき消されそうだ。

 いつもはこんなことをするようなタイプじゃないので、一瞬誰だか分からなくて本気で混乱した。


「よく分かったね」


 ミゾレはクラスの中じゃ目立たず、あまり他人と関わらない。

 でも、だからこそ、俺みたいにグループに入らない奴と話が合うのだろう。

 俺がまともに話す唯一のクラスメイトだ。


 控えめな性格と違って、自己主張が激しい胸が背中に当たったお陰でミゾレだと分かったのだが、言わない方がいいだろう。


「どうしたの? ミゾレ。らしくないけど?」

「えっ?」


 カァッと急激に紅潮する。

 自分が何をしたのか今更自覚したんだろう。


「たまにはいいじゃん」

「なんでこんなことしたんだよ」

「だって……落ち込んでいると思ったから」

「あー」


 これだけ噂が浸透しているのだ。

 俺とアイが別れたことはミゾレの耳にも入っているんだろう。

 だから、慣れないことをしてでも落ち込んでいるであろう俺を慰めたかったらしい。


「ありがとうな。でも、心配しなくていい。そんなに落ち込んでないから」

「そうなの?」

「そうだよ。というか落ち込むより、どうしようっていう焦る気持ちの方が大きいかも知れないな」

「? どういうこと?」


 どこまで話したらいいものか。


 いや、悩んでもしょうがないか。

 相手がミゾレだから素直に話してしまおう。

 こういう話は、家族よりかクラスメイトの方が相談しやすいしな。


「聴いたと思うけど、実は今朝アイが校門前で待っててさ。別れたのにどういうつもりなんだろうって思って。普通、別れた後って気まずくなるだろ? なのに、なんで普通に接してくれるんだろうと思って……。俺は普通に気まずいんだけど」

「あの人は普通じゃないから」

「まあ、そうなんだけど……」


 アイが色々と規格外なのは周知の事実だ。


 でも、普通に接してくるなんて、普通じゃないことをやって欲しくなかったのだ。

 無視――じゃないけど、廊下ですれ違う時に目線を外すぐらいのことはしそうだ。なのに、あいつは待ち伏せまでしていたのだ。

 ハッキリ言って、異常だ。


「普通に接してくるってことはやっぱり、アイは本気じゃなかったんじゃないかって、それで……その……」

「落ち込んだ?」

「……そう、なのかも知れない」


 ストン、と腑に落ちてしまった。


 流石、国語の点数で90点台を下回ったことがないミゾレだ。

 まるでメンタリストみたいに俺の心を見透かしているみたいだ。


「まだ、彼女さんのこと忘れられてないんだ」

「……うん、まあ、そう、なのかな」

「仕方ないよ。別れたのは最近なんでしょ?」

「別れたのは昨日だからなあ」

「なら、そんなに早く切り替えられないよ」

「うん……」


 まさか昨日の今日でこんな事態になるとは思わなかった。

 心の整理をつけさせて欲しい。


「もしもすぐ切り替えられるとしたら……」

「切り替えられるとしたら?」

「新しい恋人を作るとか」

「えっ?」


 落ち着きたいと思った矢先、まさか理知的な考えを持つミゾレからそんな提案がされるとは思いもしなかった。


「新しい恋人か……。今のところあんまり考えられないな」

「騒がしい周りを黙らせるためにも、恋人を作るのをいいと思う。……案外、恋人になってくれる人が――近くにいるんじゃない?」

「近く、か……。ツユとか?」

「ロリコン!? いや、シスコン!?」


 鋭くツッコミを入れられる。

 そんなつもりじゃなかったんだけど、そう捉えられても仕方ない、か。


「いや、そういう訳じゃないけど、ただ何となくツユが頭に思い浮かんだだけで……」

「……妹さんが恋人の第一候補を思い浮かぶ人も珍しいと思うけど」

「恋人というか、偽物の恋人とかを演じてくれるんだったらツユかなって思っただけだ」

「……あの妹さんが?」

「冷静に考えたら、そうだな。無理そうだな……」


 キモい、の一言でバッサリ斬られそうだ。


「他に候補の恋人とかはいないの?」

「いないな」

「そ、即答?」

「だって、俺モテたことないから」

「……うーん」


 分かりやすくミゾレが頭を抱えた。

 机に突っ伏して、まるで漫画の登場人物みたいなポーズだった。


「遠藤くんにとってモテるってどういうこと?」

「告白されることかな」

「うん、女子が告白するのは難易度高いよね。それに、彼女持ちに告白する人なんていないでしょ?」

「でも、モテるってそういうことだろ?」

「そうかも知れないけど……」


 女子から直接告白される機会は少ないにしろ、バレンタインデーでチョコ貰ったりするのがモテてるってことだ。


 俺は義理チョコしか貰ったことないからな。

 要はモテないのだ。


「遠藤くんはもっと女心ってものを勉強した方がいいと思うけど」

「そ、それは、そうかも知れないけど勉強のしようがないよな」

「それは、漫画とか、本とか色々あるんじゃない? そうだ……オススメの本あるけど」

「ミゾレは本の虫だからな」


 ミゾレは大の本好きだ。

 歩く図書館の異名を持つ文学少女であり、学年で一番本を読んでいる。


 昼休みはほとんど図書館に引きこもっているし、家に本や漫画もたくさんあるらしい。

 俺もたまにミゾレに本や漫画を貸し借りしている。


 実際、たくさん本を読んでいるミゾレの眼を確かなもので、彼女が薦めてくれた本や漫画は大抵実写ドラマ化や、アニメ化をする。


 なので、自分の知らない面白い作品を紹介してもらいたい時には、いの一番にミゾレにオススメを訊いている。


「『おいコー』とか『自衛隊三部作』とかがおススメかな。読みやすいから小学生でも読めると思う」

「う、うーん……。お、おい? 何? 最初はともかく、二つ目の作品はなんか重そうだな」

「ううん。ちょっとリアルな人間の感情描写はあるけど重くはないよ。私、内容が重い作品は読まないから」

「……じゃあ、それは?」

「ああ、これ?」


 ミゾレの机に隅に乗せてあった本を指差す。

 表紙や分厚さ的にラノベじゃなさそうだ。


「『罪と罰』」

「重そー!! 絶対に重い内容のやつじゃん!! それ!! タイトルからして内容糞重いやつだよ!!」

「大丈夫、内容は軽いから。選ばれた人間は殺人を犯しても罪に問われないって考えている主人公の話だから」

「どの辺が軽いの!? その物語の主人公、新世界の神になろうとしてない!?」


 少なくともミゾレが推薦する本から女心を勉強するのは難しそうだ。

 もっと読書初心者にも読める作品を読みたいものだ。


「ま、まあ。女心について分かる本は自分で探してみるよ」

「そう?」


 本屋にいけば、そういうタイトルの本ぐらい見つかりそうだしな。

 もしくはネットとかにそういう情報が転がっていそうだ。


 実際の現実で学ぼうと思っても、アイが普通の女子とは違うから、彼女から女心が理解できるとは到底思えないし、本から学習する方が早いかも知れない。

 いや、女性の家族が増えたんだから、女心を知るなら家族から――


「あっ……。遠藤くん、そろそろ席に着こう」


 話が一段落したタイミングで担任の先生が入って来たので、俺達は話を止めてそれぞれの席に着いた。

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