第5話 女の子に一生傍にいると宣言される

 ギャラリーが群がって来る。


 学校の校門は生徒が集まりやすい場所だ。

 それに、大声で叫んだのは学園のアイドル的存在である星宮愛だから当然と言えば当然か。


「まったく……。この私を待たせるなんていい度胸しているじゃない、ソラ。まあ、仕方ないから許してあげる。この私の海よりも広い寛大な心でね」


 風で靡いた自らの長い髪を直しながら、アイはふんぞり返る。


 集まって来た野次馬達の多さにキョロキョロしている俺とは大違いだ。

 人に注目されるのに慣れているんだろう。


「……別に待ち合わせの約束もしてないと思うんだけど」

「そうね? だから?」


 実はあれから、アイからスマホに連絡が数十件も来ていた。

 その中に待ち合わせしようという連絡もあった気がする。

 まあ、全部既読スルーしたが。


 だって、おかしいだろ。

 なんでこいつ――俺と別れる前と全く変わらない接し方をしているんだ?


「あの、なんで普通に兄さんに話しかけてるんですか?」

「何よ、妹の分際で割って入らないで。これは私とソラの二人だけの問題なんだから第三者は引っ込んでもらえる?」

「妹だからですよ。あなたこそ、もう兄さんとはただの他人ですよね? 私達の楽しい登校に割って入らないで下さい」

「ツユ…………」


 さっきまで俺と登校するのがバレるが嫌だとか言っていたのに、困惑している俺を助ける為に矢面に立ってくれている。

 周りには沢山人が集まっていることなんて意に介さない妹に、俺は感激して言葉も出なかった。


「……ただの他人ってどういうこと?」


 シズクちゃんが小声でツユに質問をするが、耳聡いアイが答える。


「私が、そいつを振ったの! 私の魅力に気が付かないから!」

「えっ? そうだったんですか? ツユのお兄さん」

「いや、それは……」


 お互いの認識がズレているけど、それよりもまず周りにまでアイと別れたことが知られた方が致命的だ。


「え? どういうこと? 星宮さんって別れたの?」

「やった!! 年齢=彼女いない歴の俺にもついに春が?」

「お前と星宮先輩が付き合う未来は一生こないから、安心して時季外れの冬を満喫しろ」

「そもそも、あの冴えない人と星野さんが付き合ってたのがおかしいよね」


 なんだか周りがザワザワと騒がしい。

 勝手なことをペラペラと喋っている。


 シズクちゃんだけじゃなく、他の生徒にも聴かれてしまった。

 注目度の高い学園のアイドルの恋愛話だから、今日一日でSNSを介して学校中に拡散されるだろう。


 アイと付き合っていた時はただでさえ教室では肩身が狭い思いをしていたのに、より一層居場所がなくなりそうだ。


「……あの、あなたが兄さんにフラれたんじゃないですか?」

「そんなことはどっちでもいいの! とにかくあなたは学年だって違うでしょ? さっさと自分の教室がある階に行ったら?」

「お断りします」


 アイが相手であってもツユは堂々と言い放つ。

 高圧的な美人であるアイに気圧される人も多いのだが、今日のツユの胆力は凄まじいものがある。


「前々から二人は釣り合っていないと思っていましたけど、さっきからのあなたの言動で決定的ですね」

「ちょ、ちょっとツユ?」


 相手は先輩だ。

 言い過ぎなのではと、シズクちゃんはツユの肩に手をかける。

 だが、当の本人は歯牙にもかけない。


「釣り合っていない? まあ当然ね。何もできない空っぽなソラと、この私が対等な訳ないわよね」

「あなたが兄さんに釣り合っていないんですよ!」

「はあ?」


 アイは不愉快そうに顎を上げる。

 こんな口の利き方をする人間は珍しいだろう。


「兄さんはあなたと付き合うぐらいなら、一生独りで生き続けた方がマシだったんです!」

「いや、それはそれでどうなんだ?」

「兄さんはモテなくても、私が傍にいてあげるので安心してください!!」

「それもそれでどうなんだ!?」


 アイは余計に険しい顔になる。


「それじゃあ、その自慢のお兄さんには何があるの? 何か夢を持っている訳でもない。人望がある訳でも友達だってまともにいないじゃない。勉強ができる訳でもなければ、スポーツができる訳でもない。何もないじゃない? それなのに、この私よりも上? あり得ない。何かソラに誰にも負けないような取り柄でもあるの?」

「それは――」


 ツユは固まる。

 しばらく時間を置くと横にいるシズクちゃんに首を向ける。


「何か兄さんに取り柄ある? シズク?」

「ツユが思いつかなかったら、私が思いつく訳ないよー」

「おい、二人とも。ここに俺がいることを忘れるなよ?」


 自分でも何もできない人間ってことは自覚あるけど、他人に言われるとキツいな。


「とにかく、兄さんにだっていい所の一つや二つあるんです!」

「……勢いで誤魔化そうとしているけど、俺の長所を一つも上げられなかったことは恨むからな」


 全員に俺がディスられているだけで終わっていないか? この言い争いは。

 誰か俺の味方になってくれる人はいないのか?


「コラー。みんな何しているの? 遅刻するよー」


 すると、ギャラリーが集まっているのを問題だと思ったのか、遠くからライカさんが声を張り上げる。

 場を収めるためにわざわざ来てくれたらしい。

 さらに後方にはみんなが嫌いな教育指導の郡山先生の影も見える。


「生徒会長……」

「姉さん……」


 第三者が現れたせいか、アイとツユは気勢が削がれたようだ。

 二人とも臨戦態勢を解く。


「邪魔が入ったわね。まあいいわ。――ソラ。また、昼休みにでも話し合いましょうか」

「……いや、話したくないです」

「――フン」


 アイと違うクラスで本当に良かった。

 同じクラスだったら逃げられなかったからな。

 昼休みと、放課後は喋りたくないし逃げようかな。


「それからそこの妹分際」

「妹分際って何ですか!?」


 アイがツユを指差す。


「二度と私達の間に割って入らないでくれる。今回はうるさい生徒会長が来たから引いてあげるけど、次は許さないわよ」

「そっちこそ、赤の他人は二度と兄に関わらないで下さいね」


 アイがただ校門で待ち伏せしていただけでちょっとした事件になってるじゃん。


 どうしてこうなった……。


 シズクちゃんは呑気な顔をして、


「なんだかみんな仲良さそうですね」

「それはない」


 冗談か本気か分からない言葉を残した。

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