第4話 妹の友人であるシズクちゃんはスカートをたくし上げる

 桜並木を妹のツユと歩いていた。


 自宅を出てから数十分。

 霊堂北高等学校の校門が見える頃だ。


「そろそろ離れましょうか」

「……ここまできたら一緒に登校しているのと一緒だと思うんだけどな」


 自宅からこの道に来る途中に、沢山の生徒とすれ違っている。

 その中には知り合いだっていたはずだ。

 なのに今更何を言っているのか。


「一緒じゃありません!!」

「そうかな?」

「そうです!」


 兄と一緒にいる所を友達と見られたくないみたいだ。

 俺も親と一緒に買い物しているところはクラスメイトに目撃されたくないけど、ツユだったら別に羞恥心なんてないけどな。

 難しい年頃なんだろう。


「あっ、お二人さーん。今日も二人で登校ですかー。お熱いですねー」


 朝だと言うのに、横から大きめのボリュームで声をかけられた。


 ツユは見つかりたくなかっただろうに、いきなり知り合いに見つかってしまった。

 しかも、彼女はツユのクラスメイトだった。


「……早速、見つかったな」

「知りません」

「おい。ツユの友達だろ? ちゃんと返答してやったらどうだ」

「彼女への対応は兄さんに任せます」

「おいおい」


 朝からしんどい絡み方をされたからって、俺に丸投げされても困るんだが。


「ひっどいですね、二人とも。私的には二人はベストカップルなんですけどねー」

「ただの兄と妹だから。シズク、いい加減そういうイジリ方するの止めてくれない? 私、そういうの嫌いなんだけど」


 朝霞 雫あさぎり しずく

 ツユの同級生で俺の一個下だ。


 水泳部に所属しているせいか、日焼けをしている。

 快活ないい子で、年上の異性である俺にも物怖じせずに話しかけてきてくれる。


 家にもたまに遊びに来るので、俺とツユが義理の兄、妹の関係であることも知っている。


「ツユもそんなこと言っちゃってー。『兄さんは凄い』『兄さんはかっこいい』っていっつも言ってる癖にー」

「え?」

「言ってないから! ちょっと、シズクっ!!」

「ご、ごめん、ごめん。そんなに照れなくてもいいのに!!」


 ツユはシズクちゃんに拳を振り上げて顔を真っ赤にする。


「言ってませんからね!! 兄さん!!」

「わ、分かってるって」


 むしろツユは俺の陰口言ってそうだしな。

 顔を合わせるといつも憎まれ口を叩かれるし。

 と――


「わっ」

「きゃっ」


 突然突風が吹き荒れる。

 桜の花びらが舞うと共に、二人のスカートも捲れる。


「春一番かー」


 俺はサッと目線を逸らす。


「……今、見ましたか?」

「見てない」

「ま、まあ、今日はスパッツなので観られても全然平気ですけどね!」

「え? 違うだろ?」

「……見ましたね?」

「うわ! ごめん! 事故だから!」


 ツユに本気で殴られそうになる。


 なんでだ。

 別にスカート捲りした訳じゃないのに。

 たまたまピンク色のパンツを見ただけなのに。


「あのー、ツユのお兄さん。そんなに見たいんだったら、私の下着見せましょうか?」

「え? 本当に?」

「に、い、さ、ん?」

「冗談だよ、冗談。お互いに冗談言い合ってただけだから」


 俺は後退りしてツユから距離を取る。

 そろそろツユから本気の鉄拳が頬にめり込みそうだ。


「冗談じゃないですよ。――ほら」


 シズクちゃんは普通に自分の手でスカートを捲ってみせる。


「ああああああああ!!」


 ツユが叫びながら止めようと手を伸ばしたが、そんなの間に合う訳もない。

 さっきはツユのスカートの中しか目に入らなかったが、今度はバッチリとシズクちゃんのスカートの中も視認できた。

 だが、


「なーんちゃって。もう水着着てるんですよ!」


 一々着替えるのが手間なので、制服の下に水着を着て登校してきたのだろう。

 下着ではないから、シズクちゃんは恥ずかしないんだろうけど、


「いや、これは……」


 逆にエロいまであるな。


 肌にピッタリの吸い付く競泳水着と、その上には制服を着込んでいて、しかもスカートは自分の手でたくし上げている。

 異常なシチュエーションと、非日常的な光景にフェチズムを感じてしまった。


「もう、シズク、こんな往来ではしたない真似はよしてよ!」

「えー。私は別にいいのにー。泳いでいる時の方がもっと肌色面積多いよ?」

「それでもよ!」


 ハア、と疲弊したようにツユは嘆息を吐く。


「――シズク、今日は部活のミーティングは?」

「休み。だから今日ぐらいはゆっくり登校しようと思って」

「……ミーティングって、水泳部の?」

「そうです!」

「へぇ。朝からミーティングなんてやるんだ」


 いつの間にか三人で並んで会話をしている。


 登校中にたまたま会って話すのは新鮮かも知れない。

 その朝のミーティングとやらのせいで、登校時間がシズクちゃんとは被っていないせいかも知れないな。


「確か、昼休みにプールを借りれないかとかの話し合いしてたんじゃないっけ?」

「うん。まあ、それは許可が貰えたからねー。これで昼休みも泳げる!」

「放課後も泳いでいるんだよね?」

「はい! お兄さんも知っての通り、私、スクールも通っているんで、これで毎日泳ぎ放題です!!」

「……ちょっとオーバーワーク過ぎない?」


 昼休みに学校のプール。

 それから放課後に学校のプール。

 そして学校外の習い事のスクールでプール。


 まさにプール尽くしだ。

 一日何時間泳ぐつもりなんだ。


「泳ぐのが好きなんで平気です! それに部活に入っているけど、部活には参加できてないんですよ、私。だから、部活のメンバーにお詫びを兼ねて、昼休みにプールサイドの掃除ぐらいはやろうと思っているだけです! ついでに少しは泳がせてもらいますけどね!」

「え? 部活で泳げていないの?」

「はい。部活の時間とスクールの時間と重なってて……」

「ふーん。そうなんだ。大変そうだからどっちか辞める気はないの?」

「はい。部活に入ってないと参加できない大会がありますからねー」

「なるほど……」


 スクールでプロに教えてもらって、部活ではプール掃除か。

 そこまでやらなくてもいい気はするけど、本人はやる気十分のようだ。


「へえ、シズクちゃんは凄いな」

「なんで私を見るんですか、私を」

「いや、たまたま視界に入っただけだから」


 別に家で勉強もせずにゴロゴロしてゲームばかりしているツユにもっと頑張れよ、とか言ったわけじゃないのに……。

 その考えも少しは心に過ったけど。


「兄さんだって部活入ってないですよね! 少しはシズクを見習ったらどうですか!?」

「ツユのお兄さんって部活入ってないんですね? 入らないんですか?」

「うーん。今のところその予定はないかな?」

「兄さんは面倒臭がり屋だから、部活なんて入らないんじゃない」

「……ぐっ」


 確かにそれは否定できない。


 でもそれは才能がないからだ。

 勉強もスポーツもパッとしないからやる気も出ないんだよな。

 俺だって頭が良かったり器用だったりしたら文化部に入るし、運動神経抜群なら運動部に入るんだけどな。


「失礼だな! 俺だって忙しいんだよ! 部活には入れない理由があったの!」

「何ですか、それは? 家でゲームしたいからですか?」

「そうじゃなくて……」


 俺はちゃんとした理由を告げようとした。

 だが、


「あっ」


 俺が部活をしない理由の元凶たる人間が校門前に仁王立ちしていた。


「遅い!! 遅刻ギリギリじゃない!!」


 星宮愛。

 俺の元カノだった。


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