第3話「選臨空間」

 不気味な空間に1つの扉。――これだけ聞けば、入った先は安全なのかと不安を煽られる。しかし、抵抗なしに扉を開ける少女が1人。この言葉を合わせて聞けば、不安になることはないだろう。


 扉の奥は少し大きな広間になっていた。

 蝋燭の火が温かにこの空間を包み込んでおり、外にある恐怖の対象である白い光が遮光されている。――おかげで、心を十分に落ち着かせる事ができる場所になっていた。



「ここは光が入ってこれない安全な場所。今は殆ど誰もいなけれど、光から逃げている者達はここに集まってくるわ。――因みに、他にも何箇所か似た場所があるわ。ところで――」

「な、何ですか?」

「貴方、名前は分かる? もしくは《概念》とか」


「…………。分からない、です」


「そうなのね。――だったら、貴方の事は今からフェティと呼ぶわ」

「フェティ?」

「そう、フェティ。イニシエの言語であるエイゴで『Featureless Empty』からとったもの。意味は、特徴なきカラね」


 特徴なきカラ、と表現されると自身を否定されている気分で、些か不満を持ったりもする人もいるだろう。

 しかし、少女自身はその表現に不満を持つこともなければ、フェティと呼ばれることにも違和感がなく、素直に受け入れられた。


「あの……貴方の名前は何て言うんですか?」

「私? 私の名前は、リサ。由来は特にないわ」


 リサは前髪を右手でくるくるとする。それは過去に思いを馳せてか、或いは、単なる癖か。どちらにせよ、会話が途切れるのを防ごうと、フェティは口を開こうとした。

 しかしそれは、1人の男性が扉から入ってきたことで遮られる。


「あら、おかえりなさい」

「あぁ、ただいま」


 その男性は180cmは下らない身長だが、体は骨しかないのではないかと錯覚してしまう程に細い。顔は若々しく整っているが蒼白で、髪は殆ど白髪で稀に黒髪があるくらいだった。


 男性はリサに近づくと、フェティを指差し疑問を呈する。


「こいつ、誰?」

「この子はフェティよ。光を怖がっていたから連れてきたわ」

「なるほど、ね……。俺はマリン。よろしく」

「フェティです。よろしくお願いします」


 マリンとフェティは握手を交わす。無愛想な印象を受ける容姿をしているが、内面はそうでもなさそうだった。


「ちょうどいいから説明しておくと、私やマリン、そしてフェティみたいに、この空間にいる存在の事を《虚体》と呼んでいるの。そして、私達はそれぞれ《概念》を持っている。例えば、マリンは多言語っていう《概念》ね」

「私に質問した内容にはそういう理由が……」


 自分にも《概念》が本当はあるのだろうか―フェティはふとそう思う。しかし、深く考えるよりも前に、リサは言葉を返し話を続けた。


「そういうことね。――マリンの《概念》は多言語だって話したけれど、私達はそれに応じた《特徴》を持つの。マリンなら未知の言語とかを翻訳する事ができるわ。もし、未知の言語を話す《虚体》がいたら、彼を頼ると良いわね」


 《虚体》、《概念》、《特徴》――様々な用語が飛び交い、一瞬混乱するも、数秒もするうちに何故か理解する事が出来たフェティは、自分自身に対して首を傾げた。しかし、すんなり理解できた事に対して考えても答えは導き出せず、一旦、受け入れられる自分に納得する。


 そして、考えの矛先を変えるように、フェティは「そういえば」と少し前に出会った存在の事を思い返す。

 あの時は何を話しているのか一切分からなかったが、マリンを頼れば理解できるかもしれない。 



「あら、いつの間にか結構な《虚体》が戻ってきていたのね。紹介するからついてきて」

「はいっ」

「あ、そうそう。あの巨大な光の近くにいる《虚体》は生まれることを受け入れているから、近づかないに限るわ。生まれる選択を取ることも自由だもの」


 歩きながらそう語るリサ。

 それはこの世界にきて最初に出会った存在の意味を理解する事は一生叶わないことを意味しており、フェティは顔には出さずに肩を落とした。

 

 蝋燭の火が風もないのに揺れては止まる。

 リサの目の前には何人かの《虚体》が地面に腰かけていた。新顔に興味を持つもの、興味を持たぬもの、そもそも眠っているもの、覇気がないもの――姿見だけで個性が溢れる。


「じゃあ、紹介を始めるわ。まずはこの子。名前はアルス」

「……?? あぁ。……私はアルス。……一応、よろしく」

「フェティです。よろしくお願いします」


 アルスは首をふんっと横にずらす。フェティにはあまり興味がなさそうで、寧ろ会話を嫌がっているようだった。姿がフェティやリサよりも子どもであることから、反抗的な部分があるのかもしれない。

 

 リサはアルスの行動に呆れた表情を零すも、そのまま彼女の紹介を続けた。


「《概念》は大人。だから、彼女が光に呑まれない限り、現実世界の生物に大人はいないことになるわ」

「別に……大人になる必要なんて、ないでしょう?」


「大人にならないと、世界は回らないよ?」

「…………じゃあ、何回でも滅べばいい」

「…………」


 リサはその後もこの場所にいる《虚体》の紹介をフェティに続けた。

 彼等が持つ《概念》は多種多様で、進化、歴史、季節などがあった。容姿に関しても統一感はなく、そもそも人間の姿を保有していないものもいた。


 そして、リサは最後に自分の紹介をする。



「そして、私の特徴が《争い》。争いがなければ世界は平和になるわね。だから、私は《創造》されることを拒むの。簡単な話でしょう?」

「大人になる人がいなければ、争いは起こらないのではないですか?」

「子ども同士でも喧嘩するでしょう?」

「……それは確かに」

「私に関しては、生まれないに越したことはないの。いえ、絶対に生まれるべきではないわ」

 

 これで一度説明はおしまい、とリサは手を叩く。

 そして、真剣な表情で改めてフェティの顔を見つめなおした。何かを問いただすような、それでいて、何かを求めるような雰囲気がフェティの背筋を伸びさせる。


「フェティは、ここにいる意味……分かる?」

「…………分からないです。―でも、奥で輝く光が怖いことは分かります。――だから、逃げ続けないといけないとは思います」

「なら、良かったわ。今まで一人歩きで説明してしまったことも無駄じゃなくなるもの」


 リサは安心したように安堵の息を溢し、穏やかな表情を浮かべた。しかし、すぐに真剣そのものの表情に戻り恐る恐るとフェティに尋ねた。



「この空間の外に出ることになるけれど、連れて行きたい場所があるの。付いてきてくれるかしら?」


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